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  完成したCDは、四人を心の底から満足させるものであった。蔵で、離れで、何度も何度も聴いて、その出来には自画自賛せずにはいられなかった。

 ジャケットとして挙がって来た絵も色彩を変え、3パターン程用意されていたが、いずれもその中心には少女とも少年とも見紛う人物が、風でその長い髪の乱れるのも構わず荒野の真ん中でじっとまっすぐ前を見据えているというものであった。

 「これ、朱里だっぺ。」と、大地が言うのもやむを得ない。

 顔全体は暗く判明し難かったが、でもこの中性的な姿、一見すると頼りなさそうな細身の体躯でありながらもその眼光の鋭さ、前を見据えるその力は朱里そのものだった。

 大河も頷いた。海里がどうデザインを発注したのはわからなかったが、これは完全に朱里で、しかもこの強風吹きすさぶ荒野の中でもめげずに前を見つづけている姿は、朱里のバンドに対する思いを表現しているように思えた。どんな困難があっても前を見続けていく、覚悟、決意。それらを取り巻く上空には爪月、背後に深い森。

 「かっけえな。……俺はこの青いのがいいな。いっちゃん(注:一番)クールだべ。」と言ってルアンが一つのデザインを指さした。他にも赤系統のものと金系統のものとがあった。

 「俺もそれがいいな。……朱里は?」と大河。

 朱里は驚いたような恥ずかしいような表情を浮かべていたが、同じ、と言わんばかりに小さく頷いた。

 「これを次のライブからは売ってよお、CDの店にも置いてもらえるんだべ? 凄ぇよなあ。俺ら有名人だっぺ。」大地が満更でもなさそうに言った。「こういうのずっと続けていってよお、ゆぐゆぐはあんちゃんとダブルヘッドライナーでライブさ出でよお。そのうち、朱里があんちゃんの弟だって見られるんでねぐって、あんちゃんが朱里のあんちゃんだって見られるようになったら面白がっぺ!」そう言うと大口を開けて大地は笑った。

 「そりゃあいがっぺ(注:良い)!」ルアンも手を叩いて笑う。「俺らも外国さ行っで、フェスつうのに呼ばれて出てよお、『おお、あんちゃんも来たんが。ひとづ頼みますよ。』ぐれえ言ってぶちかましてやんだ!」

 「でも、あんちゃんはCDもう5枚出してんだど? まだまだ追っ付くにはこっからだいなあ、朱里?」大河が言うと、朱里は緊張したような困惑したような面立ちで三人を見た。

 「だいじだいな(注:大丈夫だよな)おめの作曲の力があればあんちゃんなんざすーぐ、追い越せべ!」

 そうルアンに言われ、朱里は曖昧に頷く。

 「おめなら出来っぺよ! 天才だもの。頼んだど?」大地に勢いよく背を叩かれ、朱里はつんのめった。

 ――まったく、人の気も知らないで。朱里は苦笑交じりに思う。

 ーーでも。この四人なら決して夢物語でもない。そういう確信もあった。大地の持つ類稀なるエネルギー、人を惹きつけてやまない魅惑、表現力、それらはどのバンドと比べたとしても遜色ない。卓越しているのである。天賦の才、そんなものかもしれないと思った。今となってはバンドの最大の武器、ともなっている。そして大河のベース。どんなことがあっても揺らぐことはない。正確無比、確固不抜、とはまさにこのことだ、と朱里は感服している。それからルアンのドラム。シンバルを多用した華やかさがまず耳に入ってくるが、大河の影響もあり、昨今では屋台骨としての役割をきちんと果たしている。狂わない。大地と朱里の音を乗せて盤石かつ堅牢な大岩を形作ってくれる。猛烈な練習量がそれを可能とさせたのだ。

 この才を生かすも殺すも自分の曲次第ーー。朱里は大きなプレッシャーを感じてはいた。でもその一方で、この三人を更なる高見へと到達させる曲造りの面白さにも確実に、目覚めていた。

 当然、産みの苦しみというものはある。時折はリフを何種類か用意して大地に聴かせ、どちらがよいか聞くこともある。「こっちだな」、「何か、違ぇな」直観で生きている大地の答えは大体において白黒明白であったし、しかも正しかった。たしかに音楽に正誤、などというものはないかもしれないがIn Your Faceにおいては、全員が高みに上っていけること、これが正である。そこを違えることは大地の直観において絶対になかった。

 海里の尽力のおかげで、In Your FaceのCDは流通に乗り、一部のメタル雑誌やメタル専門サイトでも言及されることとなった。

 特に評価されたのが楽曲のクオリティである。Needled24/7のフロントマンの実弟による作曲、という言葉も枕詞のように付いて回ったが、朱里はもはや特に気にもしてはいなかった。今はまだ海里のお膳立てがなければ注目されることのないバンドなのだ、ということは痛いほどに解っていたから。だからこそいつかそこを脱却してみせるのだという腹積もりも、沸々と滾っていったのである。

 CDの売れ行きは想定以上で、在庫を抱え込むこともなく済んだ。一通り成功、であると言える。そうしたら次のアルバムをどうするか、次なる一手を四人は誰からともなく口にし、そしていつまでも延々と話し続けるのであった。


 翌年大河は地元の進学校に進学し、さらにその翌年、大地と朱里、ルアンは高校卒業となった。大地は実家の農業の手伝いをし、ルアンは定時制高校在学中、日中だけ働いていた工場で継続して夕方まで働くこととなった。今では朱里の離れも出て、下妻駅前のアパートで自活の道を歩んでいる。朱里は目指していた通り東京の大学に進学し、海里のマンションに住み週末だけ下妻に帰ってくる生活となった。おのずと平日は自主練習となったが、朱里はその週末に向けて新たな曲を作ってきたり、東京でのライブの情報を持ってきたりと、東京にいるメリットを最大限に生かした活動を行っていた。

 In Your Faceはつくばを拠点としながら、時折は東京でもライブを行う、そんな日々を過ごすこととなった。その中で次第に大地たちはメタルバンドとしての力を着実に身につけていった。音作り、楽器のテクニック、ステージでの振舞、客との向き合い方等々。次第に海里の実弟によるバンド、というような枕詞も消えていき、都内のライブハウスの方から出演の依頼が来ることも珍しくはなくなってきた。大河の高校卒業さえ叶えられれば、いよいよ本格的な東京進出である。

 そんな時であった。海里のバンドNeedled24/7が日本のメタルバンドを代表して(と言って過言ではないだろう)、世界随一のメタルフェス、ヴァッケン・オープン・エアに招聘されたのは。


 海里のマンションで、そう海里から直接伝えられた時に朱里は、息を呑んでそれからしばらく呆然とし、そして顔を真っ赤にして抱き着いた。

 既に内定の話はもらっていたので、海里自身はそれ程このタイミングで喜びを得たわけではなかったが、それでも普段表情をあまり出さない弟がこんなにも喜んでいる姿を見ると沸々と喜びが湧き上がってくるのを感じる。

 「これで世界に打って出られっぺよ。今まで正直何回かヨーロッパだの南米だのからフェスの話は来てだんだが、全部断ってだんだ。初の海外はメタルヘッズにとって最高の舞台ヴァッケン、そう決めでだがんな。」海里は涙ぐむ朱里を高く抱き上げ、ぐるぐるとその場を回りながら言った。

 「世界のメタルバンドらと肩を並べて演奏できんだど! このチャンス、死んでもモノにしなきゃなんねえ! ……そうだ。」

 海里は急に冷静になって、朱里をそっと下ろした。

 「おめも来るが?」

 朱里はきょとんとして海里を見た。

 「勉強がてら。……もちろん、おめがあくまでも自分のバンドで行きでえっつうなら無理は言わね。でもヴァッケンに身内が出るっつうのもなかなかねえ体験だべ? おめがいづが(注:いつか)自分で出る時のイメージトレーニングっつうやづも出来っかもしんね。」

 朱里はしばらく考え込んで、それから笑顔で大きく一つ頷いた。

 「行ぐが! よし、じゃあ一緒に行ってんべ!」

 朱里は笑顔で何度も何度も頷いた。 

 世界中からのメタルヘッズが集まるヴァッケンは、毎年八万人の観客を集める超巨大フェスである。出場するだけでも、否応なしに世界中のメタルヘッズの耳目を集めることになる。

 そこに、日本で唯一Needled24/7が出場を果たしたのである。メタルヘッズの中では大きな話題となった。

 実兄がヴァッケンに出場する、ということは朱里の胸に一種の興奮と歓喜とを産み、それから少しばかりの嫉妬、を芽生えさせたのも事実であった。

 ――いつか必ずIn Your Faceでも行く。それは必定だ。でもその前に世界の舞台に立つ、愛する兄の雄姿を見届けたいし、そこに大地と、大河と、ルアンと、それから自分の立つ姿もしっかと想像しておきたい。だから行く。兄についていく。今はまだ追いかける立場でしかないけれど、この四人なら必ず追いつける。否、追い越せる。朱里はそう確信していた。


 海里たちのヴァッケン・オープン・エアへの出場は下妻に帰った朱里を通じて、大地、大河、ルアンにも伝えられた。三人の喜びたるや大変なものである。

 「さっすがあんちゃんだべ!」「世界のあんちゃんだべ!」「下妻の洟垂れがヴァッケンに行ぐなんて、凄すぎだべ!」

 ――でも、私たちも行くよ。

 すかさず朱里がそうスマホに打ち込んで、三人に突きつけるようにして見せた。

 「当たり前だべよ。あんちゃんだけにいい思いはさせねえ。」大地が答える。

 「あんちゃんと同じ風景さ見んだ。」ルアンも決意を込めてそう言った。

 ――私が先に見に行ってくるから。

 「おめも行ぐのが?」大地が問うた。

 朱里は頷く。「観客としてだけど」そう入力されたスマホの画面を見せて恥ずかし気にうつむく。

 「俺も行ぎでなあ。……」大地はしばらく考えてから「でも、いいや。」ときっぱりと言った。「俺はおめらと行ぐがら。……絶対ぇ、行ぐがら。」

 「ほだよ(注:そうだよ)。俺らだって、いづまでも砂沼のほとりで燻ぶってるわげにはいがねえ。来年には東京、そんでヴァッケン。」ルアンはそう言って腕まくりをする。

 「朱里は、一足先に行って見てきちくろ。ほら、俺らがヴァッケンまで電車だのバスだの間違わねで行げるように、ちゃあんと下見して、ほんで(注:そうして)行ぐ時にはこっぢで乗り換えだっつって案内してくれ。」大河が言い、朱里は力強く頷く。

 「ほしたっけ(注:そうしたら)練習だ、練習!」大地がギターを掲げ、肩にかけた。

 「一年でも早くヴァッケンさ行がねど。またあんちゃんに差つけられっちまう! ほれ、練習だべ練習!」

 大河もルアンも期待に満ちた眼差しでそれぞれの配置についた。


 いよいよ出立の日ーー。

 朱里は海里の腕に自分の腕をしっかり絡めて、空港を歩いた。白いニットのワンピースに、ポニーテールにお気に入りの白いレースのリボンを付けている。その姿は一見花嫁のように見えなくもない。

 言葉を発しないはずの朱里が、ヴァッケン・オープン・エアが楽しみでならない、全身でそう語っていた。

 大地、大河、ルアンも海里たちを見送りに空港にやって来た。

 「行ってぐっがら」

 そう搭乗口の前で三人に向き合った海里は、既にその頬に自信をのぞかせている。世界のメタルバンドと肩を並べるその機会の到来に、不安の翳は微塵もなかった。

 「おめもしっかり勉強してくんだど!」大地は朱里に少々の羨望を込めてわざとぞんざいに言い放った。「おれらも近々行くごどになんだからよぉ。」

 朱里が小さく微笑む。

 「まあ、土産話待ってでぐろよ。たんまり、すんげえ話、持って帰ってくっから。」海里はそう言って横並びになった三人の頭を順繰りに撫でまわした。

 朱里がするり、と海里から腕を離した。そのまま何の迷いもなく、大地の唇に自分の唇を押し付けた。

 呆気にとられる間もなく、今度はポケットから一通の手紙を取り出し、大地の前に突き付けた。

 大地は「え?」と不思議そうに朱里と手紙を交互に見てから、自分宛ということに思い至り、慌てて受け取った。

 朱里は満足げに頷く。当然初めてであった。朱里から手紙なんぞを渡されるのは。なぜこのタイミングで? 何が書いてある?

 疑問が絶え間なく浮かぶ中、朱里はひらりと身をひるがえし、再び腕を絡めて海里と共に搭乗口へと去っていく。大地は呆然としながらその後姿を見送った。

 残された三人は口数も少なく飛行機の見える窓の前まで歩くと、誰からともなくゆっくりとベンチに腰を下ろした。

 「……おめ、朱里から何貰ったんで?」

 大河に問われて、大地はポケットからピンクの封筒を取り出した。

 そこには「大地へ」、とあった。

 妙な緊張感と共に、ゆっくりを封を開ける。一瞬、ラベンダーの香が広がった。


 大地へ

 いつもありがとう。幼稚園で初めて会った時から、ずっとずっと感謝しています。

 もし大地がいなかったら、今みたいな人生は歩めていなかった。海里のことも大好きだけど、大地のことも同じぐらい好き。今は選べないけど。ごめんね。でもしょうがないでしょ? 筑波山の山頂はふたつあるんだよ。私たち小さい頃から筑波山見て育ったじゃない?

 ヴァッケン、絶対一緒に行こうね。私頑張るから。大地の歌大好き。信じてる。私の曲を誰よりも素敵にしてくれてありがとう。大好き。


 「熱烈なラブレターでねえべか。」ちらと覗いて、大河がぼそりと呟いた。「さすが大地の嫁っこだんべ。」

 目の前で海里と朱里を乗せた飛行機が、ゆっくりゆっくりと動き出す。そしてそのまま勢いを増すと、ドイツの地に向けて一気に飛び立っていった。

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