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——雪崩。
ルアンの激しいドラミングとそこに絡み合うベースで曲は始まる。
もうその一瞬で、大地の血は沸騰した。目の前の大山の如き黒い群衆を睨みながら、地を這うようなグロウルで曲のベースを作った。地が揺れる。ライトがさんざめく。
朱里は冷たく客席を見降ろす素振りを見せながらも、指は正確にメロディラインをなぞった。その姿は他三人との比較もあって、確実に目を引いた。
ーーあのクールな女の子はなんだ。その中には、——胸元を飾る逆十字のネックレスに注目した者も少なくなかった。あれはKAIRI愛用のネックレスではないか。あの子はKAIRIの何なんだろう。ずいぶん若く見えるから恋人、というような存在ではないだろうが、妹であろうか。弟に加え妹もいたのか?
それにしてもテクニカルであることは間違いないし、どこかKAIRIを感じさせるプレイでもある。観客は将来のメタルシーンの明るさを感じ、ほくそ笑んだ。
曲は次々と展開していく。その都度観客のボルテージは確実に上がっていく。拳を突き上げる者、ヘッドバンキングをし始める者、心臓を引っ掴んで高揚させるメロディを次々に生み出す朱里の前にはサークルピットさえ生じた。
大地は力の限りがなり続ける。鬼神の如くに。
客席最後尾で見守っていた海里は面白くてならない。ーーいつの間にこんなに説得力を持ったろう。ここで音楽をやるのが必然、という有無を言わせない説得力。音楽をやるために命を与えられた。音楽をやるためにここに立っている。これがバンドマンにとって最も大切であることを海里は知っていた。
いつか必ず肩を並べる日がやってくるだろう。そして自分の喉元に喰らいついてくるだろう。海里はその日を思い浮かべて一人鼓動を高鳴らせた。
オープニングアクトの時間が終わる。
ーー成功だった。
四人は深々と辞儀をしてステージを去る。オープニングアクトとしては考えられないような大歓声を満身に浴びながら。
自分たちのライブが終わると、KAIRIの出番まで全てのバンドのライブを大地たちは最後方から見つめていた。それは心底刺激的な体験だった。今まで見たことのないバンド、というばかりではなくその曲、パフォーマンス、客とのやりとり、全てが自分たちにはないものばかりだった。大地は食い入るように見つめては、自分も次はこうやろうああやろうと全てを吸い込みつくすように記憶に刻んだ。朱里も昨今東京で人気のあるバンドがどのような曲を作っているのか、即座に分析してみせては自分に足りない部分を補おうと一音一音を頭に刻み込む。また近々東京のライブに来て様々なことを吸収したい、そう痛切に思った。
そして最後に満を持して登場したのがNeedled24/7である。観客の熱は最高潮に達した。
海里は余裕の笑みでライブハウス全体を一瞬で支配する。
先ほどまで隣でニコニコと話をしていたあんちゃんが、一旦ステージに立つとまるで存在感が威圧感が、迫力が違ってくる。大地は否応なく体が震撼するのを感じた。最初に観たライブがあんちゃんだったからこそ、自分たちはここまでやってきた。そして引力のように絶対的な力で自分たちをひきつけてくる。そしてどうにか、自分たちも東京のこの同じステージまでやってきた。
曲が始まる。圧倒的な音圧、怒涛、脅威。
隣でおとなしく観るはずだったルアンが、もう耐えられないとばかりに客席の前方へ繰り出す。大地も続いた。さらに朱里も大河も続いた。
客の何人かがオープニングアクトのバンドメンバーだと気づいた。快く前に送り出してやる。勉強しておいで。君らが今度はメタルシーンを牽引していくのだから。そんな温かさもあった。
四人は残っていた全ての力を尽くして大暴れした。サークルを踊りまわり、ステージからダイブを決め、腕やら脚やらにいくつもの痣を付け、アンコールでは客の頭上をごろごろと転げまわり、もはや自分がどこにいるのか上下も左右も何もかもわからなくなった。完全に自分が音楽に溶けて形を失い、古今東西何もなく全て真っ新になったところでライブが終わった。
ーー最高だったべ。大地が誰へともなく言う。
ーーまだ東京さ来んべ。今度はあんちゃん頼りでなくって俺らの力でライブ出んべ。とルアン。
ーー東京さでやりでえ。もっといっぱいのお客さんに観でもらいでえ。楽しんでもらいでえ。大河も切々と語った。
四人はライブが終わると海里の家に招かれた。海里からの申し出で海里のマンションに一泊させて貰い、その翌朝に下妻へと帰ることとなったのである。
それに何よりも喜んだのが朱里である。子供時代のように、海里のベッドで一緒に眠りにつけるということはこの上ない幸せであった。
順番にシャワーを浴びた後、広いリビングのソファーに毛布を敷いて、大地、大河、ルアンが身を横たえる。もう疲労はとうに限界を越しており、三人はすぐに深い眠りに入っていった。
寝室ではキングサイズのベッドに海里と朱里が横になっている。
「母ちゃんがさ、もしおめが東京の大学さ行ぐんならここから通えってよ。」
そんな言葉を聞くと、朱里は天にも昇るような気持ちになる。朱里には上に兄が四人いるが、一番年の近い海里と最も仲が良かったし、その分慕ってもいた。
「部屋も余ってるし、駅も近いし結構便利なんだど?」
そんなことはどうでもいい。なんなら部屋は一つでもよいと朱里は思う。
「どうすんで? 大学は考えてんのが?」
考えてはなかったが、今そうすべきだと天啓が下りた。朱里は何度も頷く。
「ほが。じゃあ、待ってっかんな。」
朱里はあまりに嬉しくて海里の肩に額をぐっと押し付けた。
「でもバンドはどうすんで? 大河が高校出るのはおめよりの二年後になっがんな。それまでは、……おめが週末だけでも下妻さ通うか? こっからだど、二時間ぐれえかかっど?」
朱里はしばし考える。
バンドは続けていく。それは確定事項だ。だとしたら大河の卒業を待つことも厭わない。大事なメンバーだ。
朱里は頷いた。
「ほが(注:そうか)。俺もそれがいいと思う。おめ(注:お前)のバンドはバランスいいど。今日初めて観でみで思った。大地の歌、ありゃ面白ぇ。一気に客引き込む力を持っでる。ああいうのは、練習重ねてどうこうなるもんでもねえんだ。生まれ持ったものっつうのかな。それが大地にはある。あいつをフロントにしときゃあ、バンドはいぐらだっででかくなる可能性あるど。あとルアンな、あれも一時は心配したもんだが、しっかりしてきだもんじゃねえが。地に足付けてやっでるのがよぐわがる。音もいい。力も付いだ。大河もな、あれは相変わらずだな。地道にやってんのがよぐわがる。ああいうのがバンドにいねえど、バンドはすぐだい(注:だめ)になる。大河んごど、大事にしろよ。そんで、おめも……」と言って海里は朱里を見つめた。
「さすが俺の弟だ。曲が全部な、あいづらを生かし切る曲んなってる。あれはあいづらをガキの頃から一番近くでよぐよぐ見できたおめにしか作れね。それでいで、おめの内側にずっとしまい込まれでだ心が」と言って朱里の薄い胸を人差し指で軽く小突いた。「音になって表さ出てきでる。今まで俺はおめごど理解できでながっだ。おめが曲作って初めてわがっだ。面白ぇごども悲しいごども、怒りも喜びも全部全部吐き出しちめ。みんなそれを待ってる。」
朱里はうっとりと目を閉じた。海里は全てわかってくれる。世界で一番の理解者だ。唯一無二の存在。私の、私だけの世界一の兄。
一日も早く高校を卒業して海里と一緒に住むのだ、そう考えるだけで自分の将来が、輝きに満ち満ちた素晴らしい宝物に思えて仕方がなかった。生まれてきてよかった、誇張なしにそう確信されたのであるが、それがにわかに失墜するのはわずか数時間後のことである。




