1.転校生が来た
なにか、大切なことを忘れているような気がした。
「ぼくにはね、ねがいをかなえるちからがあるんだって。」
そんなわけないだろう。じゃあ、そうだな、ぼくをおかねもちにしてみせてよ。
「わかった、いいよー。」
そこで、ぼくのいしきはとぎれた。
夢を見た。
一体何時のことだったか、まあ遥か昔のことを夢に見たようだ。この続きはどうなるんだったかな、なんて考えながら部屋を出て、階段を降りる。
「あ、やーっと起きてきたか。あんたもっとはよ起きんか。夜更かししなんかするからそんなことになるんや。」
あー、おはよう母さん。朝から元気だね母さん。
挨拶は大事だ。人間関係を差し支えない程度にうまく回すコツの一つだな。めんど。
「そんなんいいからはよ顔洗ってご飯食べ。私もう仕事で出るからね。」
聞き流しつつ洗面所へ向かう。鏡を見る。うん、今日も変わらず不細工だな俺は。しかも不愛想だ。
顔を洗って朝食をとって、支度をしたらもう七時半か。そろそろ家を出なきゃ歩いて登校とはいかなくなるな。まあ自転車乗ればいいしそれはいいか。多少遅くなっても仏壇だけは世話しとこう。
生憎ながら一緒に登校するような仲のいい奴はうちの近所にはいない。だからこそ登校時間を早くも遅くも自由にできる。まあ仲がいい奴なら、言えば合わせるくらいしてくれるだろうけどそれはそれ。ない袖は振れない。ん、なんか違うかな。
学校への道のりを自転車で走る。うん、いい天気。お、そういえば今日新刊発売するんだっけ。帰りに行きつけの書店行こーっと。周りには同じ制服をまとった人がちらほら。今通っているのが学校にも駅にも近くの商店街で比較的人通り多い所だし、俺の通ってる中学ってやっぱマンモス校なのな。それでもやっぱり田舎だからか、建校された時点で既に学校が統合されてるみたいなもんだったって大人はよく言ってたしなー。
自転車に乗ったまま校門をくぐり、そのまま自転車小屋へ。見知った顔もちらほら。でもあいさつはしない。親しくはないからな。……別に俺はぼっちじゃないからな。なんて考えてると見たことない知らん男が急に俺の顔を見つめてくる。なんだこいつ怖っ。目つき悪っ。なんで若干寄ってくんだ。なんか怖いからさっさと教室に行こう。逃げるみたいで負けた気分になりかけるが、まあもし面倒なことがあったら嫌だしな。退散退散。
2-4教室に着いて一息。わずかに違和感を覚えながらも机に突っ伏す。あ、歯ブラシ忘れたわ。まーなんでもいーわ疲れたわー。それはそうと周りの女子がやかましい。制汗剤うんぬん。やかましい。若干くさい。なんであんなにスプレーしまくってんだろうな。そういう文化なのか。わけわからんね。
それにしても学校に着いてなきゃいけない時間と始業時間、なんでこんなに間が空いてるんだろうな、なんて突っ伏しながらも考える。……これはあれだし、仲いい友達が軒並み他クラスだったってだけだから。ぼっちじゃないから。突っ伏してんのは眠いからだから。違うから。それはそうと今日はなんだか教室が騒がしい。なんかあるのかな。机に突っ伏しながら聞き耳を立てる。
「誰か転校生でも来るんじゃね。」
あ、そうなの。でもなんでそんな話が出たんだろう。なおも聞き耳を立てる。
「いや席増えてたくらいでそんなことなくね。ほら、ここ担任がゆかちゃんだし。」
そっか、よく見てなかったけど違和感はそれが原因か。教室の中の机が増えてたんだ。でも、だから何。転校生とか会ってから話したらいいじゃん。どんな人か予想したって何にもならないっしょ。興味を失った俺は、そのまま考えるのをやめてじっとすることにした。俺は岩だ……。
「きりーつ、れー。ちゃくせーき。」
うちのクラス名物、委員長の気の抜けた号令だ。こんなもん何が名物だと思うが、国語の先生がこーいうことをやたら他クラスに言いふらすもんだからそうなってしまった。
「はい、おはようございます。五月もそろそろ終わり、だんだん暑くなってきますね。というよりもう暑いですね。水筒持参が許可されるのは来週からですから、今週いっぱいは水道で我慢してくださいね。あと……」
いつも担任のゆかちゃんは話が長い。優しく丁寧な話し方でやたら長い。正直聞いてていつもしんどいから聞き流してしまう。タレ目でおとなしそうな顔つきなのだが、化粧が若干きつく顔の肌にキラキラした粉っぽいのが見えてる。そんな化粧なんていらんと思うんだけどな。むしろあったら教育に悪いのでは。まーそんなことどうでもいいやな。長くて興味もない話されてると、ついついどうでもいい所が気になってくるな。いかんいかん。窓の外でも眺めてるかあ。雲ってあんなに存在感あるのにほとんど湯気と同じって不思議だよな。そういえば水蒸気と湯気は明確に別のものなんだ。湯気は極小の水滴で、水蒸気は気体なんだよな。
「……くん。羽田くん。」
ん、俺呼ばれたのか。朝だからってぽけーと腑抜けていた。話を聞き流してるとこういうことがあるから困る。とりあえず返事か。
はい、なんでしょうか。
「呼んだら反応くらいしてください。次は羽田くんの番ですよ。」
なにがですか。
「聞いてなかったんですか。ちゃんと話を聞いてください。転校生が来たから全員の自己紹介です。羽田くんの番ですよ。」
自己紹介は苦手だな。自己を紹介って何を言えばいいんだ。冴えた人、コツを教えてくれ。すぐ実践可能なやつ。無理か。まあでもわかってるのは、朝だし下手に長いのは違うことくらいか。
どうも羽田です。職業は中学生。こう見えてそんな長くは生きてませんしイキってません。どうぞよろしく。
「私は佐野紗也です。よろしくお願いします。」
俺の自己紹介は滑ったらしく、後ろの奴の自己紹介に移られてしまった。しかも自己紹介って名前だけでいいのかよ。あれ、そういえば転校生の名前聞いてないや。まあいいか。
「はい、全員の紹介が終わりました。みんな中原くんと仲良くしてね。中原くんも、まあ全員をすぐには覚えられないでしょうけどみんなと仲良くしてね。」
転校生は中原っていうのか。顔は……目つき悪いな。あ、今朝自転車小屋で見た奴だ。記憶力に自信がないからアレだが、目つき悪い知らん奴だから多分こいつだろう。ちょっと近寄り難いぞ。まあどうでもいいけど。関わらんだろうし。
「せっかくなので席替えもしましょう。その方が早くクラスに馴染めるでしょうし、ね。」
ゆかちゃんがなんか言ってる。なんかにこやかだ。めんどくさ。まあ俺自身が平和ならそれでいいけど。俺が自己紹介で滑ったのはよくないがな。後ろ指さされたり陰で笑われたりとか嫌だぞ。
結果として、転校生こと中原は俺の左斜め後ろの席になった。
「羽田くん、だよね。よろしく。」
あーなんかあいさつしてきたよめんどくせーなおめーの話で騒がしいんだから寄ってくるんじゃねえよめんどくなったら嫌だろホントに。とはさすがに言えないな。でも少しだけ刺々しくしとこう。
よろしく。あとなんで俺に言うの前後左右だけでいいだろ。
「いやあ、男女が市松模様みたいに並ぶじゃん。男子同士のが気ぃ楽だもんね。仲良くしてよ。」
学校ってやつはめんどくさいよな。なんでたかが席順でこんな縛りがあるのやら。いや、たかが席順だからか。
別に構わないが、しばらくは距離とるからな。転校騒ぎで他の奴がやかましそうだから。
「それでいいよ。でも、たまの会話くらいはいいでしょ。」
ああ、と返事をするより先に他の奴の方を向いて話しかけていた。……なかなかコミュ力あるな。目つき悪いってだけで距離を取られやすいと思うんだがようやるわ。うらやましくなんてないからな。大変なことの方が多そうだし。
「羽田君、隣だね。よろしくね。」
隣の女子に話しかけられた。
ああ、こっちこそよろしく。えっと、名前は……。
「坂井さちだよ。」
授業などでよく発言したりクラスのまとめ役を進んでやったり、けっこう目立ってる女子だな。顔整ってる気の強そうな美人さんだな。目の下にクマあるけど寝不足か。名前はとっさに出てこなかっただけで、別にわからなかったわけじゃないぞ。ほんとだぞ。
わかるよ、名前覚えるのが苦手だからとっさには出てこなかったけど。クラスでも目立ってるしね。あ、俺の名前は……。
「いやいや、それくらいわかるよ。さっきいったじゃん羽田くんって。」
あ、そうか。ってか、俺のこと知ってたほうが意外だった。俺坂井さんとほとんど関わりないし、この学校の生徒多いじゃん。
「いやいや、そっちは有名人だし(笑)」
なにわろてんねん。煽ってるのか。ああでも美人さんが煽る様子はそれなりに様になるな。あと俺有名人て、やっぱ浮いてるんだな……。なんでじゃ。なんもしてないぞ俺。
「これから仲良くしようね。隣だし。」
美人さんつえー、つい頷いちまった。でもなんか裏ありそうでこえーな。ああでもなんかかわいい。くそう、容姿に恵まれたやつはいいな。なんて思ってたら方向転換して他の人と話し出してた。はいはい、勘違いなんてしませんよ。授業準備しよ。
「坂井さんに話しかけられてよかったな。」
急に後ろから声かけてくるな。俺はお前が苦手なんでな。とは、言えない。というかもう名前覚え始めてるの早くね。俺まだ坂井さんの苗字しか覚えられてないぞ。まあこれも言いはしない。
なんでもいいだろそんなこと。
「えー、まあそっかー。でさ、ここ授業どの辺まで来てるの。」
茶化されなかったようだ。まあ俺はそうそう表情は変わらないから思ってることはバレはしないだろ。それにしても授業のことをすぐ聞くとか、真面目な奴なのか。
ここのこのあたりだな。でも最初は復習から入るから大丈夫だとは思うぞ。
「ふーん。ありがとう。」
とまあこんな感じで、席替えの結果美人さんの隣になれたのはよかったが、多分会話することはほとんどないだろうな。中原が近くの席なのは明確に不運だしこいつとも会話はしないだろう。そして予想は当たり、この日実際俺が周りと会話することはほぼなかった。
給食やら休み時間やら掃除やら長ったらしい授業やらが終わり、部活の時間になる。まあ、行かないんだけど。といっても内緒でサボタージュするわけじゃない。帰宅部でもない。というか帰宅部はない。この学校は部活動を強制される。じゃあなんでかって、まあ、ウソついてごまかしてんだな。普段から幼い従弟を預かってて、世話しなきゃいけないから早く帰らなきゃなんだ、ってね。親に確認の連絡もしないゆる~い先生が顧問をしているゆる~い部活に入ってるからな、バレたらまずいけど多分バレないだろう。俺がやりたいことはまだないから、やる気を取っておくために低燃費で生きてくにはちょうどいいだろ。帰り支度をして教室を出る。でかい声で生徒を急かして、何エラソーにしとるんじゃあの教師はと何部かは知らないが運動部の顧問に思う。焦る生徒たちを尻目に、俺は悠々と学校を出ていく。
「あ、帰るのかな。奇遇だね。どっち方面なの。途中まで一緒に帰らないかい。」
後ろから声をかけられたらしい。振り返ると転校生がいた。見た目にちょっとビビる。仕方ないだろ。俺はチキンだぞ(開き直り)。
お前、部活は。
「僕はまだ部活決めてないし、今週は自由だって言われたから帰るんだ。一緒に帰ろうよ。」
そりゃそうか。どんな部に入るにせよいきなりってのは難しいか。それにしても、一緒に帰るだと。んん、まあ一人ならうるさくもないし面倒くさくもないだろ。
まあそれぐらいは。
「いきなり踏み入ったこと聞くけど、なんで友達作らないの。」
いきなり失礼な奴だな。なんだよいきなり。
ほぼ初対面にこんなこと聞いてくるとかすげー精神力だな。ちなみに友達はちゃんといる。いるぞ。人よりは少ないだろうが確かにいる。クラス外に4人な。そんなこと言わないが。
「いや近くだからずっと見えてたけど、人当たり悪くないのにあんまり仲良さげな人がいなかったから。周りよりもキミ自身がそうしようとしているように見えてね。」
あー、そういや席近いんだったな。道理で。そうだなー、親しくない奴に話しかけられたら迷惑じゃないか。
ずっと見えてたって言ったって、興味ないことには気づかないもんだ。ってことは、俺は興味持たれてるのか。ええー、なんかキモッ。目つき悪くて真面目でキモいってなんだよ。
「それは違うでしょ。親しいから喋るのもあるけど、親しくなるために喋るのもたくさんあるじゃん。」
これ以上踏み込まれるのは面倒だ、話を変えよう。
そんなことより、オマエ転校初日ってことで話しかけられたり先生から当てられたりと散々だったな。
「別に、そんなことくらい大したことじゃないよ。それに僕は平均よりは賢いと自分のことを思ってるから当てられても苦じゃないし。」
こいつ何気なく腹立つこと言ってくるな。しかも俺も似たようなこと思ってたから倍腹立つ。
「それはそうと、お前って呼びかけるのやめてもらえる。名前覚えてないならいくらでも言うよ。」
おーそりゃすまんな。で、お前。名前は。
「また言ったね。それで最後にしてよ。で、僕の名前は中原内太だよ。」
ナイタか。ずいぶんへn……かわっ……個性的な名前だな。
「さっきから何。喧嘩売ってるの。別に買いはしないしどうでもいいけど、正直不愉快ではあるよ。」
いや、そんなつもりじゃなかった。すまん。
こういう時は引くに限る。そして速攻で謝る。なにかしらあったら嫌だしな。俺はチキンだからな(二回目)。
「それで、僕の名前。若干変だけど、キラキラネームとまではいってないと思うのにその反応は失礼じゃないかな。名前の由来は父さんがナイター、あ、夜間試合のことね、が好きで、ちなんだ名前を付けたんだって。」
かなりそのままな名前だよな。どうしよう、名前に関してはちょっとかわいそうに思えてきたぞ。でもまあ、確かにキラキラネームではないかもな。
お前の親変わってんな。
あ、マズったかな。親けなしたみたいに聞こえたかも。どうか深く考えていませんように。
「おかげで僕前の学校ではショッカーってあだ名がつけられたよ。」
流してくれた。助かった。それにしてもショッカーか。何がどうなってそんなあだ名に。
その心は。
「ないた、からCRY、CRYから位、位から、イー、イーからショッカー、ってことらしいよ。」
変わりすぎだろう。なるほどね。
わーどうでもイー。とは言えん。これ以上機嫌を損ねたらあとが怖いもんな。俺はチキンだからな(ダメ押し)。
「まあこれだけ言えば名前覚えてくれたでしょ。で、それはそうとどこ行くの。なにか用事あるから帰るんでしょ。」
こいつ、またなんでも聞いてきやがって。デリカシーとかないのかよ全く。家庭の問題だった場合どうすんだよ。踏み込まれたくねえだろそんなの。問題なんて何もないけどな。しかしほんとのこと言っていいのか否か。考えるだけ無駄か。俺それなりに頭の回転と嘘には自信があるし、大したことにはならなさそうだしそのまま言うか。
いや、書店よってそのまま帰るけど。ほぼほぼ直帰だけど。
「ふ~ん。じゃあそれに付き合ってもいいかな。」
あ、なんかめんどくさそうな雰囲気。ついてくんなよ。まだちょっと怖いし。ってかさっきちょっと煽ったのに付いてくるって何なの変人か。でも明確には断れねえよなあ。やだなあ日本人気質。
まあついてくるのは勝手だとは思うけど。
「けど。」
ああいえなんでもありませんどうぞご自由に。
こいつズイズイくるしなんか苦手だわ。悪い奴ではなさそうだが、面倒なのは変わりない。まあこの程度なら大したこともないだろうけど。
そんな感じでしぶしぶ向こうの話に付き合いながら少しの寄り道をし帰宅した。回想がめんどくさくなったから描写を省いたとか省略したとかそういうわけじゃない。断じて。転校生中原内太は人を振り回しはしないが根底が自分勝手な人間だということはなんとなくわかった。あと新刊は買えた。それなりに面白かった。