捜査本部
数日後、警視庁に調場が立った。調場とは、捜査本部が設けられたという事だ。
『毒物殺人事件捜査本部』と書かれた垂れ幕に、その前に立っていた松野が戸惑っていた。
「殺人事件? それも毒物。あれは過失じゃなかったのか」
そう呟いた松野だったのだ。それもその筈、松野は別の事件を捜査する為に他所の県に出向いていたのだ。そして、今朝戻ったばかりだったのである。
部屋に入った松野の前では、二十人近くの刑事が椅子に座っていた。そして、ホワイトボードの前には数名の警部の姿と、この事件を担当する管理官が座っていた。それを横目に松野が椅子に座ると、
「それでは、捜査会議を始める」
一人の警部がそう叫んだ。その声の後に、
「ちょっと、質問があります」
そう言って立ち上がった松野だった。そして、警部が松野に目で合図を送ると、
「戸坂八重子の件ですが、あれは店主の過失ではないのですか?」
と問い掛けていた。それに、
「松野の言っている事に対して、今から説明を行う」
そう答えた警部は、隣の白衣の男に指示を出していた。その男とは、科捜研の竹下だった。竹下は、警部の指示で立ち上がると、
「ええ、今回の件ですが」
そう言って話を始めた。それを見ていた松野だったが、再び警部に目をやると、警部が手を出して『座れ』と指示を出していた。それに応える様に座る松野だった。
それを見た竹下は、一度咳払いをすると説明を始めた。
「今回の戸坂八重子の死亡原因ですが。彼女は、食した物の食中毒で死んでおります。
戸坂八重子を司法解剖した結果、胃の中から出て来た物はその店で食べた料理だけでした。薬物の形跡は全くありません。
そして、食べた物を検出した時に解った事は、キノコを食した事が死亡の原因だったとみられます。まあ、簡単に言えば、毒キノコを食べていたという事ですな。
彼女の食べた料理は、キノコのサヴァイヨン。キノコをほんのりと焼いた上にサヴァイヨンソースをかけた、とっても美味しい料理です。しかしそのキノコが、謝って毒キノコを使っていた。
この手の間違いは、起こり易い事です。ただ、死亡するまでには至っていない事が殆どですが、今回は死んでしまった。
キノコの種類は、スギヒラタケとツキヨタケが発見されました。何れも毒キノコです。ツキヨタケだけの物であれば、命を落とす事が無かった。まあ、嘔吐や痙攣で、救急車の中で吐かせれば助かるケースですな。しかし、スギヒラタケが厄介だった様だ。これは肝臓に疾患のある者が食すると、脳障害を引き起こし死亡する事がある。戸坂の肝臓に疾患が見られた。それが原因ではないかと思われる」
竹下の長い説明の中で、松野が立ち上がった。
「ですから、過失ではないでしょうか?」
その言葉に、竹下が怒鳴った。
「話は最後まで聞かんか!」
そう言って、再び刑事達の方を見ると、
「これまでの事実をみると、松野の言った通り過失になるかもしれない。だけど、もう一つ同じ料理が作られておる。その料理に使用されたキノコは、毒キノコではなかった。その上、その料理からは青酸カリが検出されたとなれば、これは殺人の臭いがするんだな」
その言葉に、松野は言葉を失った。その表情を見て笑みを浮かべた竹下だった。そして、松野に言い放った。
「こんな事がないと、捜査本部なんぞ開かんじゃろう」
そして椅子に座る竹下だったのだ。
その後、警部が立ち上がって写真を手にした。戸坂八重子、戸坂清弘。そして朝倉誠二と、三枚の写真をホワイトボードに張り付けた。そして戸坂八重子の写真の下には、八重子の食べた料理の写真が貼られた。
その写真には、『緑のライン』の入った皿が写っていた。
「戸坂八重子の食した料理からは、毒キノコの成分が検出されている。そして、もう一つ同じ料理が運ばれているが、その皿からは青酸カリが検出された」
そう言いながらもう一枚の写真を貼る警部。その写真には『黄色いライン』の入った皿が写っていたのだ。
そう、清弘は『黄色いライン』の皿に盛られた料理に、青酸カリを注入していたのである。それも、八重子がそれを食べると思っていたからだ。
しかし、八重子はそれを食べていない。『黄色いライン』の入った皿の料理は、店員が別の客に運んでいたからだ。尚且つ、その料理が置かれた机に、驚いて立ち上がった清弘がぶつかった事で、その『黄色いライン』の皿が床に落ちてしまった。その為に、その料理は誰も食べる事が無かったのだ。そして、店の中の物を全て調べた鑑識官によって、それに青酸カリが入っていた事が判明したのだ。
だが、八重子は死んでしまった。毒キノコを食して。
その後、警部が真実を語った。
「この黄色の皿からは青酸カリが検出されたのだが、この料理に使われたキノコは毒キノコではなかった。即ち、二つの料理は、別々に調理されたと言う事になる」
警部の言葉に、その横で頷いている竹下だった。そして、驚愕の表情を浮かべていた松野だった。
これは、調理を行った者の過失ではなかったのだ。列記とした殺人事件だったのである。
犯人は、敢えて八重子を殺そうと考えて、その料理を調理した。
その犯人とは……。