祭囃子
秋のお祭りにはぴったりな晴天だ。朝晩は寒いが日中は汗ばむほどの陽気だ。
そして近くの神社での例祭が始まる日でもある。
妻は朝からウキウキしている。妻は神輿の担ぎ手なのだ。
濃紺に白い神社の紋が染められている印半纏を羽織り、短い白い股引きをはいた。
まとめた頭に豆絞りをキュッと締め、ちょっと気取ったポーズが、姿見に映し出された。
「良いじゃないか」
僕は妻の姿に感心する。
「そう」
担ぎ手の妻は、僕より先に神社へ向かった。
「あとで合流だね」
「かっこよく撮ってね」
そう言って、浮き立つように玄関を出た。
鳥居を潜る前から、景気の良い太鼓の音が響いている。
境内の手前には屋台が並び、焼きそばの匂いや綿あめの甘い香りが混ざり合い、子どもたちの声も弾んでいる。
出発前の神社は騒がしいが、太鼓の音は、まだ始まっていないはずなのに妙に速い。
僕は妻を探すようにキョロキョロした。
男神輿と女神輿が揃って左右に鎮座している。
その中では、男性と女性の担ぎ手が交わって、朗らかに笑い声を立てている。
これから始まる例大祭に気分も高揚しているのがわかる。
だが、そこには妻の姿は見えない。
その中――「女性の担ぎ手が倒れたぞ」
そんな声を聞いた僕は、突然胸騒ぎを覚えた。
『まさか』
人をかき分け救護場所へ向かう、と苦悶の表情を浮かべ、救護ベッドに横たわっている妻を発見した。
「幸子っ!?」
僕は叫んだ。「どうしたんだっ? 一体何が?」
揺すってみたが、妻は無言で苦しげな表情だけで言葉を発することはない。
救護の半纏を身にまとっている男性が、僕に尋ねてきた。
「お連れ合いさんですか」
「僕の妻ですっ。どうしたんですか!」
「突然倒れまして……ああ、救急車が来ました」
サイレンを止め、赤色灯を回転させた救急車から、救命士が三人、飛び出してきた。
一人が脈を取り、血圧を測る。
もう一人は男性に事情を聞いている。
何故こんなことに……?
僕の心臓は高鳴り、気が動転した。
「妻は……妻は……」
僕は、救急隊員にむしゃぶりついた。
「原因はまだわかりません」
救命士の言葉が、無情に響く――
騒然とする境内。不安そうに取り巻く人々。
「いち、にっ、さん」
三人はタイミングを合わせ、ストレッチャーに移動させた。
ストレッチャーで運ばれる際にも、妻はただ揺れに任せ、微動だにしない。
「ご主人も一緒に」
そう促され、僕も慌てて救急車に乗り込んだ。
扉が閉まる瞬間、太鼓の音が一拍だけ止まった。
「総合病院の救急センターと連絡が取れました。搬送します」
それを聞いた僕は、さらに取り乱した。
玄関を出るときはあんなにウキウキしていたのに、僅かな時間で、こうなるとは……
「幸子っ……わかるか、僕だよっ――返事してくれ、幸子っ」
「出ます」
サイレンが鳴らされ救急車がゆっくりと走り出した。
祭りの関係者が群衆を左右に分け、救急車を送り出す。
「どいた、どいた――」
妻の身体には、測定機だろうか……いろいろな管や配線が接続された。
境内を抜けると、救急車は速度を上げた。
「幸子~っ」
僕は妻の体を揺らした。もしかしたら、気がついてくれるかもしれないと思ったからだ。
「ご主人、ご心配なのはわかりますが、危ないですから、奥様には手を触れないようにしてください。大丈夫です」
救命士の言葉は、なんとなく気休めのように、僕は聞こえた。
その時──スマホが鳴った。
『こんな時に誰だよっ』
表示名を見て切ろうとした――しかし僕は総毛立った。
『そんな、馬鹿なっ』
発信者『幸子』
僕はガタガタ震えだした。どうにも止められない。
スマホにかけてきたのが幸子なら、ここに横たわっている幸子は――?
ここにいるのが幸子なら、電話主は?
誰だ一体? とめどなく、恐怖が溢れ出る。
「電話、鳴ってますよ、遠慮なさらず、出てください」
救命士は促す。
サイレンの音……スマホの着信音……
渾然一体となり、怪音となって、僕の耳に渦巻く。
出るに出られない――僕の耳には永遠に響きわたるようだ。
どうしていいのか解らない……
「心配されて電話かけてきたんでしょう、出てください」
再び、救命士の声がかかる。
救命士の顔がぐにゃりと歪むように見えた。
「さあ……どうぞ……」
救命士に促されるまま、僕は思い切って電話に出た。
「何処にいるの? 神輿が出ちゃうよ」
その声はまごうことなき幸子の声だ。悪寒が、さらに増幅した。
「写真、撮れた……ねえ、聞いてる?」
僕は気が狂いそうだ。
その声は幸子――苦悶の表情をしているのも幸子――
その時、僕の意識が飛んだ……
意識が飛ぶ瞬間、僕には祭り囃子の音が聞こえた……
完
初めて一人称で書いてみた短編ホラーです。いわば実験笑説ですが、いかがでしょうか




