1話 お父さんの秘密
遥か昔。
世界をたった一人で滅ぼした化け物がいた。その名はヴァルグリアス。
彼は気の向くままに人々を殺し、国々を蹂躙して残虐の限りを尽くした。
だが、そんな怪物も私と部下たちによって倒され、封印された。
「そしてその魂はーー」
「ふわあ〜あ……」
大きなあくびが静寂を破った。
「……おい、ノヴァ」
隣に座っていたセトが、呆れたように弟を睨む。
「フッ、構わん」
アンゴルキアは苦笑した。
「こんな夜更けまで付き合わせてしまったのは私の方だ。すまんかったな」
「いえ」
セトは姿勢を正し、軽く頭を下げながら言った。
「こちらこそ、夜分遅くに失礼しました」
「構わん。だが、なぜ急にこんなことを聞いた?」
アンゴルキアの視線が鋭く突き刺さる。
心の奥まで見透かしているような眼差しに、セトは思わず息を呑んだ。
「……たまには、歴史を知るのも悪くないと思いまして」
「ほう、そうか」
わずかにアンゴルキアは口元を緩めた。
「おいノヴァ。そろそろ帰るぞ」
「ん、分かった」
二人は一礼し、静かに部屋を後にした。
扉が閉まったのを確認した途端、セトは大きく息を吐いた。
「はぁ………」
アークライト・アンゴルキア。
彼はアンゴルキア王国を統べる王であり、セトとノヴァの父親だ。
常に冷静で、誰よりも国民のことを第一に考えている完璧な王として
知られている。そのため、彼の政治に不満を持つ者はほとんどいない。
「う〜ん……」
ノヴァは眠そうに目を擦っている。時刻は既に十時を過ぎている。
いつもなら二人とも、とっくに寝ている時間だ。
「兄さん、そろそろ寝ようよ〜」
「そうだな。今日の調査はこの辺にしよう」
調査。
全ては半年前のあの夜から始まった。
その日、偶然アンゴルキアの部屋の扉が少しだけ開いていた。
「珍しいな。父さん、まだ起きてるのか」
セトは、何気なく扉の隙間から中を覗き込んだ。
「……ククッ、どうした。今日はやけに抵抗するではないか」
そこには当たり前のようにアンゴルキアが椅子に腰掛けていた。彼はどこか
楽しげにワイングラスを傾けている。
「それにしても貴様の息子……いや、私の息子と言った方が正しいか。
奴らは駒として使える」
「……何だ、どういうことだ?」
セトは息を潜め、耳を傾けた。
「私の計画は順調に進んでいる。後は完全に貴様を消し、本来の肉体を取り戻せば終わりだ」
月明かりに照らされ、アンゴルキアの瞳が赤く光る。
「まだありがたく体を使わせてもらうぞ、アンゴルキア」
「っ……!?」
セトは思わず後ずさりをした。
「む、そこに誰か居るのか」
ドクンと音を立てて心臓が跳ねる。セトは慌てて自室に戻り、ノヴァに
このことを話した。
「お父さんが変……?」
「……ああ。あれは父さんだが、父さんじゃない何かだ」
ノヴァはごくりと唾を飲み込んだ。
「な、なら今まで僕たちと接していたのは………」
「恐らく、父さんじゃない」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
彼らが生まれる前からなのか、つい最近からなのかは分からない。一つだけ言えるのは、
アンゴルキアの中には何かが居る。それも、人知を超えた邪悪な何かが。
「俺は……父さんを、アンゴルキア王を救いたい」
「でも、どうやって?」
セトは一呼吸置いてから言った。
「まずは聞き込み調査だ。兵士や側近にここ最近、アンゴルキア王におかしな所が
無かったか聞く」
その日から今まで、二人はアンゴルキアに気づかれないよう、密かに調査を続けていた。
しかし、未だに有力な情報は得られていない。
「……セト兄さん」
「ん、どうした」
セトが視線を向けると、ノヴァは布団を被ったまま天井を見つめていた。
「もしさ……お父さんが本当に化け物だったら、兄さんはどうするの?」
「……話を聞いてから殺す。この国とこの国に
住む人たちのためにな」
「そっか」
ノヴァは寂しげに呟いた。
「僕は殺せないかなぁ。どんな化け物でも、僕たちをここまで育ててくれた人
なんだからさ」
「……どうだかな」
そう言って、セトは静かに目を閉じた。




