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第三九話 隠しきれない不器用さと想い

 老人が、ギルドを去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、テーブル席は、再び、興奮の渦に包まれた。


「養成所!すげえべな!」「どんな、可愛い女の子が、いるんだべか!」

「アホ!絶対、イケメンじゃ!クールで、ミステリアスな、天才魔術師に、決まっとるわい!」

 またしても、じんたとゆうこの、妄想合戦が始まってしまった。


 しかし、店がだんだんと、混み合ってきた。

 じんたも、マジシャンとして、他のテーブルを回らなければならない。

 三人で、話を続けようとしたが、店内の喧騒で、お互いの声も聞こえにくくなってきた。


「……場所を、変えるか」

 龍也の提案で、一行は、一度ギルドを出ることにした。


 そういえば、夕食がまだだった。


「俺の店で、何か、食っていかないか?」

 そう言って、一行を、『HEAVEN'S HELL』へと、案内した。


 ドアを開けた瞬間、一行は、盛大な歓迎を受けた。


「あらー!タツヤ、ゆうこちゃんたち!いらっしゃーい!」

 ママが、ゆうこの元へと駆け寄り、その手を取って、心配そうな顔をした。


「大変だったんですってね、ゆうこちゃん!もう、大丈夫なの?」

 その、心からの、温かい言葉に、嬉しくなったのだろう。

 ゆうこは、「おう、任せときんさい!」

 と、いつもの、本領を発揮し始めた。

 あっという間に、オネエ様たちの輪の中に、飛び込んでいき、ドンチャン騒ぎを、始めてしまう。


「やれやれ」

 厨房に入ると、腹を空かせた、店中の人間に、配れるようにたんまりと、例のスタミナ炒めを、作り始めた。


 一方、シンジは、オネエ様たちに、完全に、囲まれてしまっていた。


「あら、いい男じゃないの」「ちょっと、そこの筋肉、触らせてちょうだいよん」

 その、猛烈なアプローチに、シンジは、困り果てていた。

 ふと、彼が、「新宿の、バイオレットさんにも、世話になりました」と、口にしたその瞬間。

 オネエ様たちの目の色が、変わり、さらに、距離を詰めてきた。


 その、あまりにも、辛そうなシンジの姿を見かねて、龍也は、大皿に盛った、スタミナ炒めを手に、その輪へと、割り込んだ。


「はい、お待ちどう!腹が減っては、戦はできん、ですよ!」


 そして、シンジに、そっと、耳打ちする。


「カウンターの、ゆうこの隣が、空いてるよ」

 シンジは、救われたように、その場を離れ、カウンター席へと移動した。


 龍也は、カウンターの中から、ゆうことシンジに、料理を出してあげた。

 ゆうこは、すっかり、この店の空気に、溶け込んでいた。

 食べながら、あっちのテーブル、こっちのテーブルへと、顔を出し、騒ぎまくっている。

 その、あまりの、コミュニケーション能力の高さに、シンジも、感心しているようだった。


 そこへ、ママが、シンジに、声をかけてきた。


「ねえ、あんた。さっき、バイオレットの名前、言ってたけど、知り合いなの?」

「はい。新宿で、特別に、世話になりました」

「……あの子にはね、医者の、素敵な彼氏がいるから、横恋慕は、ダメよん」

 ママの、牽制とも取れる、その言葉に、シンジは、きっぱりと、真顔で、言い放った。


「そのつもりは、ありません。俺には、心に決めた人が、いますから」

 その、あまりにも、ストレートで、誠実な言葉。

 ママは、一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに、満足そうに、微笑むと、シンジのグラスに、酒を、なみなみと、注いでくれるのだった。


 したたかに、飲んだ。

 さすがのシンジも、オネエ様たちの、怒涛の歓迎を受け、その目は、少し、トロンとしてきている。

 龍也は、

「そろそろ、帰ろう」

 と、まだ飲みたそうにしている、ゆうこに声をかけた。


「えー!まだ、これからじゃろうが!」

 不満げなゆうこだったが、


「明日、魔法使いを、見に行くんじゃないのか」

 と、龍也に言われ、しぶしぶ、といった様子で席を立った。


 帰り際、店中が別れを惜しんで大変な騒ぎになったが、なんとかそれを振り切り、三人は夜の道へと出た。

 シンジが、軽い千鳥足で、少し危なっかしい。

 龍也は、そっと、その肩を貸してあげた。


 前の方を、ゆうこが、上機嫌な鼻歌を歌いながら歩いていく。


 その、静かな夜道で。

 シンジが、まるで、寝言のように、ぽつりと呟いた。

「……俺は、あんたたちのこと、応援するよ」


 その、あまりにも、唐突な言葉に、龍也はぎょっとした。

 しかし、シンジは、それ以上、何も言わず、ただ、静かに、前を向いて歩いている。

 龍也は、その肩を支えながら、小さな声で囁いた。

「……、ありがとう」


(……なぜ、皆が、知っているんだ)

 そんな、疑問が、龍也の頭をよぎった。ゆうこへの、自分の、秘めたる想い。

 それは、誰にも、話したことは、ないはずだ。

 だが、もう、この関係が、これ以上、発展することはない。

 それは、自分自身が、一番、よく、自覚していることだった。

 だから、不思議と、不安には思わなかった。


 ただ、一つ。

 シンジには、いつか、ちゃんと、弁解を、しなければならないかもしれない。

 なつみという女性に対し一途に思う誠実さ。

 その真面目さが誤解したままになって勝手に発展しても困ると思った。


 前を、陽気に歩いていく、ゆうこ。

 彼女は、まだ何も知らない。

 皆が知っていることを、彼女に知らせる必要は、ないのかもしれない。


 澄んだ夜空を、見上げた。

 無数の星が、ただ、静かにきらめいていた。

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