仮面舞踏会開催〜アリスと私の違いと暗闇でのワルツ〜
会場から出て案内されたのは控えの間。
我が家の応接間程度の広さであった。
私達はソファに座る。
そして、給仕係が着替えのドレスを二着持ってきてくれた。
「染み抜きの間こちらにお召し物をお取り替えください。」
二着の白いドレスが用意されたので、そちらに着替える。
王家に取り置きされているドレスなだけあり、白という地味な配色ではあったが、凝ったレースと刺繍が施されていた。
「あの、染み抜きにはどのくらい時間がかかりますか?」
黒髪縦ロールが給仕係に問いかける。
「それが最速でも舞踏会が終わる頃とのことでして…」
「そんなに時間がかかるのですか?」
「舞踏会出席者に白のドレス着用のご令嬢が多くおり、汚されてしまう方が多く、現在洗濯部が立て込んでおりまして…。」
「そ、そうなんですか…」
彼女の声は浮かない。
「何かお困りなのですか?」
「いえ、このドレスは私の恋人から贈られた物でして。」
…恋人?
私の顔が自然とひきつる。
ここは殿下と高位貴族令嬢とのお見合いの場。
後々トラブルに発展すると面倒なので恋人持ちは除外されているはず。
ここに恋人持ちがいるとしたらそれはたったの一人しかいない。
お前がアリスか!
「今日の舞踏会に絶対に着てくるようにと厳命されていたのです。」
「…恋人はこの舞踏会に出席されてる?」
「はい」
「まだ会えてないの?」
「ええ、思ったより人が多くて…」
「見つけて貰えてないのね」
「はい、私も探してはいるんです。でも…」
「仮面をつけていたらわからないわね。」
私の言葉に彼女は首を横に振った。
「いえ、見つける手筈はあるのです。」
「え!?どうやって!?」
思わず身を乗り出す。
「ネクタイです。」
「ーーあ!」
思わず声をあげてしまう。
テレサ様に課題で提出したネクタイ。
あれを殿下は身につけている。
…但し私の作品かアリスの作品かいずれか一方を。
「で…恋人は私が刺繍したネクタイをつけていくと言っていましたので、それを目印に探せば見つけられる筈なのですが、人が多くて….!」
「会場も広いですものね。」
私は適当に頷く。
そして私は彼女が着ていたドレスを見る。
…ヤバい、私、ものすごくまずいことをした!
「おそらく、恋人は私に贈ったドレスを目印にして私を探すつもりだったと思うのです。でも…」
そのドレスは私がダメにしてしまった。
悪気は一切なかったが本当にすまない。
「うっうっう…」
仮面の奥ですすり泣く音が聞こえる。
「舞踏会が開かれると決まった翌日からでん….彼がデザインを一から書き起こしてくれた特別なドレスだったのに…!」
「本当にごめんなさい」
私は心の底から謝った。
そういえば、殿下は舞踏会が決まった時からちょっと休んでいた時期があったけど、それってまさか彼女のドレスの図案に時間を割いていたから!?
彼らは今日の舞踏会が仮面舞踏会だと言うことを知らなかった筈だ。
それでも王家に認めてもらえるようにと心を尽くしたドレスをアリスに着て貰う為殿下はそれこそ寝食惜しんでドレスを作ったのだろう。
それを私がぽしゃった。
本当にごめんなさいとしか言いようがない。
「いえ、私も恋人を探すのに夢中で貴女に気づかなかったの。
貴女が悪い訳じゃないわ。」
快く彼女は許してくれた。
「お詫びに私も貴女の恋人探しを手伝うわ。」
「本当ですか?」
「ええ、それでどのようなネクタイをしているの?」
「金糸でドラゴンの刺繍がされてます。」
「なんでその柄を選んだかな!?」
思わず突っ込む。
ドラゴンは我が家の紋章だ。
実は私のファンか、お前は。
「恋人はドラゴンのように雄々しい方だからです。」
雄々しい?
そんなタイプか、あれは?
まあ、いい。
しかし国を滅ぼす災厄を殿下に渡すとは相変わらずのようだ。
いや、刺繍をしていた頃はまだ無知だった頃。
ならば許容範囲…か?
これはテレサ様が仕掛けた罠の発動の可能性が高まった。
「なるほど、ドラゴンを探せばいいのですね。
見つけ次第ア…薔薇のご令嬢たる貴女にお知らせすればいいですね。」
「あ、私の名前はアリ…」
私は彼女の言葉を制する。
「今宵は仮面舞踏会。互いに名乗るのはご法度です」
「あ、そうなのですね?…私、普通の舞踏会の作法はわかるのですが、仮面舞踏会は…」
そうか、テレサ様が教えたのは普通の舞踏会でのマナーのみ。
仮面舞踏会の作法は学習外だったろう。
今日まで学んできたことはあまり役にたっていないのではなかろうか。
ここでは、政治や経済、趣味についてなんて話したりしない。
あるのは色事のみ。
いかに好みの男を手に入れるか、気に入らない男を言葉巧みに退けるか、それだけだ。
男のあしらいかたなど学んでいないであろうアリスは全てを馬鹿正直に相手して結果殿下との再会が出来ずにいたのではなかろうか。
思わずため息をもらした。
「はあ、では参りましょう。」
「はい」
私達は連れ立って控えの間をでる。
後ろで大きく息を給仕係は吐いたのだった。
会場に戻るとダンスフロアが盛り上がりを見せていた。
休憩場でも中々親密そうな雰囲気を醸し出す令嬢令息が複数いた。
そしてダンスフロアから少し離れたところでは令息達が令嬢達をそこかしこで口説き令嬢達はクスクスと可愛らしい笑い声をあげていた。
そんな中を私達は二手に分かれて殿下を探す。
ドレスという殿下から発見可能な目印を失った今、私達が見つけない限り二人は出会えない。
とはいえ、ネクタイの刺繍などそこまで大きい訳じゃないうえに、必ずしもドラゴンの刺繍が施されているとも限らない。
アリスは自分で作った刺繍のネクタイをしてくると信じているが、私の作ったデザインのネクタイを締めてくる可能性もあるわけで二種類ともの図案を知ってる私は見落としがないよう、一人一人じっくりと見て回る。
その時突然誰かに髪を引っ張られてつんのめる。
何を!?
驚いて後ろを向けば黒いハットを被り同色の仮面を身につけた令息が私の長い髪を掴み唇を落としているところだった。
「な…!?」
なんて無礼な!
「失礼、レディ。あまりに綺麗な髪でしたのでつい。」
「ふざけないで頂けます!?」
私の言葉に彼は口元を笑みの形に歪ませた。
私は自分の髪を引き寄せる。
彼の手から容易に髪はすり抜けていく。
「貴女があまりに私をじっと見つめるので気があるのかと思ったのですが、違うのですか?」
「違います!」
私はイラつきを抑えきれずに言う。
「では何故そのように私を見ていたので?」
「貴方を見ていたのではなくて、貴方のネクタイを見ていたのです。」
「ネクタイ?」
言って彼は自身のネクタイを指先で持ち上げる。
白地に孔雀の柄が描かれていた。
「ええ、目当ては貴方ではありませんの、失礼。」
私はさっさとその場を離れるべく踵を返す。
しかし、孔雀の令息は私についてくる。
うわぁ。
内心げんなりする。
「そうですか、目当ての令息は見つかりそうですか?」
「今必死に探してますから邪魔さえ入らなければ見つかるでしょうね。」
お前が邪魔だと遠回しに言ってみる。
「そのようないるかいないか…仮にいても他の令嬢と良い時間を過ごしているかもしれない男よりも私との時間を持ってみませんか?」
「お断りです」
即答する。
「その男より貴女を楽しませる自身がありますよ。」
言って私の手を引き抱き寄せた。
「!!!」
「ああ、君のように気が強い女を鳴かせたくて堪らないよ。」
すぐ耳元で男が熱い吐息と共に囁いた。
それと同時に背中に寒気が走る。
「貴方、この私を…」
誰だと思っているのか!
仮面舞踏会での名乗りはご法度ではあるとわかってはいても名乗らずにはいられない。
しかし、名乗るより早く。
「そこまで!」
私達の間に一人の騎士が現れて私達を引き離す。
「何を!?」
騎士は儀礼用の騎士服を纏い腰に剣をさした通常通りの装いではあるが藍色で右側に紫の羽根飾りがある眼鏡タイプの仮面をつけていた。
どうやら、トラブルの匂いを嗅ぎつけて仲裁に来てくれたようだ。
騎士達も使用人同様全く同じ仮面を身につけて個性を限界まで殺していた。
「令嬢側が不快に感じられている様子。
今宵は仮面舞踏会ではありますが、ここは王城。
あまりに礼儀に欠けた行いは御前の前でありますので厳に謹んでください」
「…っち!」
これが普通の仮面舞踏会ならば、強引に令嬢を攫いモノにするのもまたありなのだが、この仮面舞踏会は特別。
そのような行為は許されない。
それを悟った孔雀の令息は舌打ちをして去っていく。
残された私と茶髪の騎士。
「…危ないところをありがとうございました。」
私は淑女の礼を騎士にする。
しかし、騎士は私をじっと見ており何も返してこない。
「…騎士様?」
「はっ!」
私が呼べば騎士は我に返った。
「あの、本当に助かりました。」
再度軽く一礼する。
「それでは私はこれで…」
私はその場を去ろうとする。
しかし
「お待ちください!」
「はい?」
呼び止められて私は足を止める。
「あ、その…」
用があるのかないのか口ごもる騎士。
「あの、用がないなら失礼しますね。」
いつまでも助けてくれたとはいえ騎士なぞに構ってはいられないのだ。
「お待ちください!」
悲鳴のような声を騎士はあげる。
だからなんの用なのだ。
なかばイラつきながら彼の出方を伺う。
暫し逡巡した後、騎士が私に手を差し出した。
「お嫌でなければ私と一曲踊って貰えませんか?」
「…はい?」
私は聞き返した。
私を助けた騎士が今度は私を口説きにかかるとは何事か。
「貴方、仕事があるでしょう。」
「一曲!一曲で構わないのです!!」
一曲くらいならばそこまで仕事に支障はないかもしれない。
先程助けて貰った恩もある。
私はため息まじりに彼の手を取った。
そしてフロアに出る。
彼はあまり踊りなれていないのかかなりぎこちなかった。
さして得意でもないダンスだというのに不必要に体に力がはいっていて益々うまく踊れない状態となっている。
体が密着した時、騎士が大きく息を鼻から吸い込んだ。
………え?
この人、今、私の匂いを嗅いだ?
孔雀の令息も嫌だったがこの騎士も大概嫌である。
「あ、あの….?」
「ふはっ!」
彼は笑った。
「この匂い…!ようやく会えましたね、リズさん!」
言われて私は目を大きく見開いた。
仮面のせいでそれは相手には伝わらないのが幸いだ。
騎士の手が強く握られる。
そして、腰を強く抱きしめ、私の肩に頭を持たれかける。
「やっと会えた….!ずっと探していたのですよ?」
「……貴方!ナグ!?」
「はい!そうです!!」
ロバートと入れ替わるようにお別れした騎士が目の前で私とダンスをしている。
「なんでここに!?」
「あれからリズさんを探していたのですが見つからず、そうこうしているうちに休暇が明けてしまい王都に戻り、今日は舞踏会の護衛騎士として任務についております。」
「…そうだったの…」
「リズさんこそ、あの時からどういう経緯を経てここにいるのです?」
「えーっと、あの後色々あって目的を達成して王都に帰ってきて今日は招待されていた舞踏会に来ていたのよ。」
「…貴女も殿下目当てですか?」
「…だとしたら?」
「貴女は王都でも私と会ってくださると言っていらした。
あの言葉は嘘でしたか?私を弄んだのですか?」
責めるように言われたが嘘というかアレは勢いであった。
ついでに言えばはっきり言って弄びました。
「私は本気です。生まれて初めて恋に落ちたのです。
どうか、殿下などという殿上人ではなくて私を選んでは頂けませんか?」
ここに招待されたという時点で殿下が殿上人とは必ずしも言えないとは気づかないのだろうか。
それとも現実逃避をしているのか。
「森では退屈していたこともあって貴方と話したりもしたけれど、私は貴方に対してそこまで思い入れがあるわけじゃないの。」
ここで音楽がやむ。
「…約束の一曲が終わりましたわね。
もう話すこともないでしょう。失礼致します。」
彼の手から抜け出して私は固まる彼から視線を背けるようにして踵を返した。
しかし、離れようとする私の手を彼は掴む。
「嘘ですよね?なら…私のこの想いはどうすれば….!?」
「申し訳ありませんが…」
そう言う途中で再びナグは私を抱き寄せ仮面を顎の部分のみ取り外し口元を曝け出す。
え?
何を…?
そう思う間も無く彼の顔が近づいて…
まさか、キスされる!?
避ける、逃げるといった選択は不能。
パニックに陥った私はぎゅっと目を閉じて…
びしゃ
「うわっ!?」
ナグがびしょ濡れになって声をあげる。
「!?」
私は目をあけて事態を把握しようと努める。
ナグは頭から氷水をぶっかけられて水を滴らせていた。
その横にいたのは使用人。
纏うオーラが、絶対零度なのは気のせいか。
「申し訳ありません、手が滑りました。すぐにお召替えを!」
言って強引にナグを引っ張って退場される。
そもそも何故彼は氷水など持ってダンスフロアにいたのか。
ここはダンスをする為の場所でありドリンクは不要の場所。
しかし彼は氷水がはいったグラスを持っていた。
これはどういうことだろう?
はてなと首を傾げながら仮面を直していると数人の令嬢が私の側に集まってくる。
「あら、貴女濡れていましてよ?」
「え?」
そう声をかけてきたのはネクロスラーズ嬢だった。
しかしどこが濡れているのか。
自分ではわからないのだが….?
「こちらにいらして。」
「拭いて差し上げるわ」
「え?」
有無を言わせず彼女達は私を回収していく。
人目のある会場内では私を間に挟み笑顔を振りまくが会場から出た途端その笑顔が消え失せた。
…既視感。
どこかで見た光景。はて、どこで…?
彼女達に連れられて来た先は控えの間ではなくて真っ暗な王城の裏庭だった。
明かりもなにもない閑散とした場所。
冷たい夜風がふいている。
「貴女、何様のつもり?」
ネクロスラーズ嬢が開口一番そう切り出した。
「へ?」
何様ってお嬢様ですが?
「貴女先程からたくさんの殿方に愛想を振りまいて舞踏会の風紀を乱してますわよね?」
愛想なんて振りまいた覚えはない。
「貴女みたいなあばずれはこういう場所だからチヤホヤされるのよ!」
「明日には誰も見向きもされないから!」
ばん
私はネクロスラーズ嬢に押される。
とっさの事でふんばりがきかず、ずさっとたおれる。
「やだー、わざとらしく倒れちゃって!」
「まるで私達が悪いみたいじゃない!」
『ねー』
ねーってどう考えても貴女方が悪い…と言おうとして漸く気づいた。
この既視感。
私がかつてアリスにやった事と全く同じだ。
取り巻き令嬢を引き連れて学園の裏でアリスを罵った事がある。
それと構図が似てる…というより全く同じなのだ。
台詞までほぼ同じだし、自分の倒れ方もアリスと全く同じだった。
気味が悪くなり背中に冷たい汗が流れる。
「髪の色も敢えて目立つように金髪のままなんて!」
貴女方が示し合わせたように染めただけでしょうが。
地毛で参加して何が悪いのか。
「どれだけ男に媚びを売れば気がすむのかしら?」
「貴女、これに懲りたら殿方達に…当たり前ですけど殿下に泣きついたりしたら承知しませんことよ!」
言うだけ言って彼女達は去っていく。
最後の最後で私の知る展開とは違う筋書きを描き、ほっとするような悔しいようなそんな鬱々とした気分にさせられる。
彼女達がいなくなった後、私はゆっくりと起き上がる。
白いドレスが泥だらけになってしまった。
替えのドレスはあるだろうか。
また使用人をとっ捕まえてなんとかしてもらわなくてはならない。
自分が酷く惨めであり、涙がこみ上げてきた。
突き飛ばされて痛くて涙が溢れるんじゃない、彼女達の言葉に傷ついた訳でもない。
最後の最後で私の知る展開とは違う道筋を辿ったことが殊の外堪えたのだ。
何故アリスと私ではこうも違うのか…!
しかし、泣いても仕方ない。
私は仮面を取って目をぐしぐしと擦る。
まずはドレスを直してその後会場に戻って殿下を探さなくては。
そして、隙をついてあの令嬢どもにリベンジかます。
私とアリスが違うなら私は私の方法で乗り切らなくてはならないのだ。
私は仮面をはめ直して一人で戻ろうとした時。
視界の端に人影を見つけた。
足音を聞いた覚えがないのでもしかしたら最初からここにいたのかもしれない。
人影は私に見つかった事に気づくとすぐさま私に近寄ってきた。
今更来ても遅いんだけど。
そんな事を思いつつ私は警戒する。
会場から適度に離れた誰もいない裏手側で佇む人影程怪しいものはない。
暗闇の中から現れたのは使用人だった。
仮面をつけているので間違いなく舞踏会で働いている人だろう。
私はほっとする。
しかし何故こんなところにいたのだろうか。
謎は残るがとりあえず警戒は解く。
「貴方丁度いいわ。躓いてドレスを汚してしまいましたの。
控えの間に案内して新しいドレスを用意してくださらない?」
彼は私の言葉に上着を脱いで汚れを隠すように腰に巻きつけてくれた。
そしてそっと手を出してくる。
私はその手を預けた。
その手はとても暖かく妙にしっくりときた。
パズルのピースがぴたりとはまるそんな感じだった。
途端、拭ったはずの涙がこみ上げてくる。
私は自分で拭おうとしたが、使用人はその手を制して自身の手で優しく目元を拭ってくれた。
「…ありがとう」
「何故…」
使用人が問いかける。
「何故、この程度の事でお泣きになるので?」
言われて私は不快に眉を顰める。
この程度っていうけど普通の令嬢ならトラウマものだと思う。
まあ、私は普通の令嬢ではないから別の事で涙をこぼしているのだけれど。
「………私もね昔彼女達と全く同じ事をしたことがあるの。」
正直に答える必要はない。
無言を貫くのも嘘をつくのでもよかった。
でも胸に燻るものを吐き出すように私は告白する。
「その時の相手はね、途中で助けが来てね、結局私の方がやり込められて退散する運びになったのよ。」
そう。それがアリスと私の違い。
アリスにはピンチを救う王子様がいるが私にはいない。
私はやられる一方なのだ。
殿下を愛していた昔の事を思い出し胸が締め付けられるように苦しくなる。
「だけど私には助けてくれる人はいないのだなと思ったら悲しくなってねぇ…」
「貴女は…その方を今でも愛していらっしゃるのですか?」
私は彼の質問に首をふる。
「彼の助けが羨ましいんじゃないの。
私にもそういう…愛している人からの手助けが欲しいと浅ましくも思ってしまったの。」
しかし、それは無理な話だ。
私は誰も愛してなどいない。
故に愛している人からの助けなどあるわけがないのだ。
一番希望に近い助けをくれそうな人は今宵はいない。
「でしたら…。」
使用人が立ち止まり言葉を紡ぐ。
「もし今後貴女が窮地に立たされるようでしたら、私が貴女を全力で助けましょう。」
私は一瞬ぽかんとする。
「…ふ、ふふふ…」
そして思わず笑ってしまった。
「出来もしない事は言わない方がよろしくてよ?」
「いえ、私は…」
「それに、誰でも良い訳じゃないの。」
「と、いうと?」
「私が助けて欲しい人はただ一人。
いつも近くにいる愛想のない人なのよ。
だから、ごめんなさいね、貴方の気持ちだけ受け取っておくわぁぁ!?」
すごい勢いで使用人に抱きしめられた!
ちょっ!?何!?
「…申し訳ありません、気持ちの昂りが抑えられませんでした」
すぐさま私を離して謝罪するが彼の呼吸は荒い。
私も自然と呼吸が荒くなる。
薄っすらとどこかで嗅いだことのある香りがしたような気がしたが気のせいだろう。
「何故に…?いや、いいわ、行きましょう。」
「静かに!」
しっと彼が指を口元に近づける。
何事かと口を閉ざし耳を澄ませる。
「聞こえますか?」
「…何が?」
「音楽です。」
…それは聞こえる。
風の向きが変わり音楽が耳をすませれば常人でも聞こえるようになったのだ。
しかし、それがなんだというのか。
「今宵は仮面舞踏会。誰が誰と踊ろうとも許される夢幻の一夜。
私も夢を見とうございます。どうか、御慈悲を。」
私と踊ろうと手を出してくる。
一瞬戸惑った。
しかし、彼の手はとてもしっくりくる手でずっと繋いでいたくなるのだ。
その手の誘惑に私は抗えない。
そう、今宵は仮面舞踏会。
誰もいないこの暗闇に乗じて夢を見るのも悪くない。
私は彼の手をとる。
一拍置いて彼は私の腰に手を据える。
曲はワルツ。
優雅に互いの呼吸を合わせて踊る。
気が合わないと足を踏んだりしてしまうが、意識せずとも私達の息はぴったりだった。
仮面がなければ互いの息がかかるほど近い。
何故だろう、体が熱くなる。
鼓動が高鳴り煩い。
この鼓動、彼にも届いているのではなかろうか?
今宵はたくさんの男性と踊った。
その中で一番私の心を掴んだのは間違いなく彼だろう。
曲が終わらなければよいのに…。
そんな事を夢想した…。
そんなことを思っていたからか。
私は夜風に紛れた何かを見逃してしまったし、使用人が佇んでいた場所のすぐ近くの草むらにある何かに私は気づかなかった。




