仮面舞踏会開催〜不法侵入者現る〜
ワルツの曲は長い。
私達はまるで恋人同士のように密着しながら踊る。
真っ暗な中、足元もおぼつかない状態なのに、注意を払わなくても転んだり相手の足を踏んだりしない。
それは彼も同じであり、不思議でもあった。
何故こんなにも息が合うのだろうか?
やがて音楽が終わる。
もっと踊っていたい…そう本心から思った。
こんなにも居心地のいいダンスを知ってしまったらもう後戻りは出来ない。
きっと今後彼以上のパートナーは見つからないだろう。
しかし、曲は終わった。
夢の時間は終わったのだ。
このダンスは暗闇が気紛れに見せた泡沫の夢…。
しかし、私が離れようと動くのを彼の手がそれを拒む。
「…まだ。」
「え?」
「まだ、音楽はなっております。」
「え?」
私は耳をすます。
しかし、音楽は聞こえない。
私の耳で聞こえないならそれは間違いなく音楽が終わったことを意味する。
しかし…
「ーーそうですね、まだ聞こえます。」
未だ夢から醒めたくないのは私も同じ。
私も彼に合わせて幻の音楽に合わせて踊る。
きっと私達は同じ音楽を聴いているのだろう。
音楽がなくても私達に乱れはなかった。
しかし、所詮夢は夢。
必ず終わりはやってくる。
誰かの気配を察して私達は自然と夢の終わりを悟り離れる。
「もし…」
「はい?」
「私に貴女と釣り合うだけの爵位があったとしたならば、貴女は私の事を考えて頂けましたか?」
「それは…」
逡巡する。
本当は逡巡など不要だった。
即答出来る簡単な問いかけだった。
しかし、『もし』など存在しない事も分かっていた。
そんな意味の無い問いかけに答える意味はあるのだろうか。
そういう意味合いで逡巡した。
しかし、彼はどう取ったのだろうか?
「……申し訳ありません、出過ぎた問いかけでした。お忘れください。」
「いえ!あの!!私は…!」
私は…この先、何を言えばいいのだろうか。
素直なこの気持ちを伝えてもいいのか。
しかしこの気持ちさえも暗闇が見せた夢かもしれないではないか。
「……人がこちらに来ますね。」
言われて気づく。
足音がこちらに向かっていることを。
考えてみればここは逢引に適した場所でもある。
そういう男女がやってきても不思議ではない。
もう、これ以上二人ではいられない。
「….もし、また同じ問いかけをする事が出来ましたら、その時は答えて頂けたら幸いです…」
そう言い残し、名も知らぬ使用人は去っていった。
取り残された私は彼の背中を見送り呆然としていたが近づく足音に我にかえり、逃げるようにその場から離れる。
離れた先で別の使用人を捕まえてドレスを着替えてようやく夢から覚めた。
そう、あれは夢。
忘れてしまおう、きっと彼も忘れている…。
「お疲れのご様子ですが、大丈夫ですか?」
使用人に聞かれる。
ちっとも大丈夫ではないが、私はここに遊びに来た訳ではない。
「問題ないわ。」
私は立ち上がり紫のドレスをなびかせ控えの間からでる。
そう、私が最初に来てきたドレスは染みが小さかったこともあり洗い上がりは早く済んだのだ。
そして、気合いを入れ直して会場に入る。
ざっと見渡すが、やはりどこに殿下がいるかはさっぱりわからない。
仕方なく私は最初と同じ方法で一人一人ネクタイを見ていく。
とんとん
肩を叩かれ振り向けば薔薇の仮面を被ったアリスがいた。
「よかった、見つかって。」
アリスは声を弾ませて言う。
「もしかして見つかりました?」
私の問いに彼女は悲しげに頭を振る。
「いえ、一人一人丁寧に見たのですが、誰もドラゴンのネクタイをしていませんでした。」
「…そうですか。でも見落としがあるかもしれません。
今度は私がそちらを探すので、薔薇の方はどうぞあちらをお探しください。」
「…はい!…あの!」
「はい?」
「…ありがとうございます!!」
「いえ、お礼を言われるようなことは…」
「いいえ」
アリスは首を横に振る。
「誰も手助けしてくれない中貴女だけが助けてくれましたから!」
仮面で見えないが彼女はきっと微笑んだのだろう。
「殿方はネクタイをじっと見ているととても嫌そうに私を追い払いますし、女性の方々はそんな私を笑うのです。
笑わず手伝ってくださったのは紫の方のみでした。
…仮面舞踏会が終わったら是非お友達になりたいです!!」
「…いやですわ、薔薇の方。」
私は笑ったように見せかけた。
「私達はもうお友達じゃありませんか」
「…!そうでしたね!本当にありがとうございます!!」
彼女は駆け足で去っていく。
こらこら、令嬢たるものいついかなる場合でも走ってはいけないと…
そう言いそうになり口を噤む。
彼女と話しているどうも調子が狂う。
これも仮面が見せる夢なのか。
全く、この私がその場しのぎとは言え友達などよく言ったものだ。
私はため息をつく。
しかし、殿下はどこにいるのか?
彼女はドラゴンのネクタイをしているものは一人もいなかったと言った。
彼女が見落とした可能性もある。
しかし、私も探したが見当たらなかったのだ。
これはもしかしなくても殿下はテレサ様の罠に掛かったのではなかろうか?
つまり、殿下はドラゴンのネクタイをしていない。
私が作ったネクタイを締めている。
「とんだ阿呆ですわね。」
アリスは著しい成長をしているというのに肝心要の殿下がダメだ。
そのうち愛想つかされるぞ。
女が顔と地位だけで靡くと思うな。
そう一人ごちりながら私が作ったネクタイの柄と念の為ドラゴンの柄を探す。
しかし、そう簡単にネクタイの柄など見えず中々殿下を見つけることは出来ない。
まさか、見ず知らずの令嬢とダンスしてたり、休憩所でアリス以外の女を口説いていたりしないわよね?
そんな訳ないと思いつつ半ば心配になってくる。
女性より男性の方が圧倒的に人数が少ないのだ。
なのに見つからないとは…?
段々イライラしてくる。
なんとかならないものだろうか。
「紫の方!」
アリスが声をかけてきた。
どうやら一周しきってしまったようだ。
私も同じである。
「見つかりましたか?」
「いいえ。」
仮面越しでもわかる不安の気配。
そこに高らかになるファンファーレ!
まさかもうフィナーレ!?
時計を見ればいつの間にやら真夜中だった。
「嘘…!?」
悲しげなアリスの声がする。
「もう…会えないのかな….?」
弱気な発言にイラっときた私は彼女の背中を思いっきり叩く!
「何、弱気になってるの!見つからないくらい何よ!
大事なのは貴女の振る舞いよ!振る舞い!
今日一日貴女何か失敗した!?
してないでしょう!?
陛下が何を言おうとも堂々としていればいいのよ!」
「…貴女、気づいてらしたのですか…!?」
アリスの驚愕の声がする。
「ったく、殿下はどこにいるのかしら!?
こんなに長い間レディを放っておくなんて、浮気されても文句は言えなくってよ!?」
「…私は浮気なんてしませんよ?」
「言葉の綾です!」
「ふふふ…」
漸くアリスが笑ってくれた。
そうでなくてもうざいのだ、まだ笑っていてくれた方がマシというもの。
ふんっと鼻息を強く吐き出しそっぽを向く。
そうこうしているうちに陛下と妃殿下が大人数の貴族を伴いフロア中央に現れる。
舞踏会開始から今まで姿を見せなかったが、明らかに年齢が私達より上…父親世代くらいだ。
そして人数はさっと数えて十五。
…上院議員だ。
今までは別室で私達を観察していたのだろう。
そしてフィナーレを迎え結果発表という事で出てきたのか。
目に見えてアリスが緊張する。
「さて、今宵の仮面舞踏会はどうだっただろうか!?
楽しまれたというのならば、幸いである。」
「しかし、ここまでの時間はあくまで余興にすぎません。
これより本題に入りたいと思います」
「皆の者も知っているだろう、我が息子ランバルトが婚約を破棄し別の貴族令嬢との婚約を望んでいる!」
「しかし、その令嬢は王家に嫁ぐには品位が欠けております。」
「そこで一月の間王家に嫁ぐという意味を理解して貰う猶予を与えた。」
「今宵はその成果を見る場でした。」
「さて!まずは本日の主役、アリスリーザ・ベルガーネット男爵令嬢、前へ!」
名前を呼ばれてアリスは怯える。
「ほら!行きなさい!」
「で、でも…」
周りの雰囲気はあまりよろしくない。
この場に噂の令嬢が姿をあらわすと好奇の視線がフロアに集中する。
その中に飛び込むのだ、いかなアリスとて足が竦むというもの。
「よいこと?貴女は王妃を目指すのでしょう?
ならば、この程度でビビってはダメよ!
外交、議会、女というだけでナメくさってくる貴族王族。
王妃になればこの程度の視線日常茶飯事!
慣れなくては王妃になんてなれなくてよ!」
「うっ!」
「いつもいつも隣に殿下がいると思わない!
一人で戦える時は一人で戦うのよ!」
「…はい!」
ぐっと前を向いて彼女は一歩前に進む。
「胸を張って堂々と!未来の王妃は貴女なのだから!」
「はい!」
胸を張り堂々と前に進む。
まるで戦争に赴く戦士のような気迫に押され、野次馬根性丸出しの小物な貴族令嬢令息は道を譲る。
貴族令嬢令息が左右に避けて彼女が進む為の道が生まれる様はまるで海を割って道を作ったとかいう神話のようだった。
「仮面を取るがよい」
言われて彼女は仮面をとった。
少し汗ばんだ彼女の素顔が晒される。
『あれが?』
『殿下を唆した。』
『まあ、あれのどこにそのような魅力があるのでしょう』
「ふむ、臆さずここまで来たとは、己を知らぬというべきか、それともその勇気を讃えるべきか。」
アリスは静かに頭を下げる。
テレサ様が言った通り最低限の作法が身についている!
一月前なら陛下の許しもなく口を開いて何か言っていた!
「あらあら、すっかりおとなしくなってしまったのね。つまらないわぁ」
妃殿下が言う。
「続いて、我が息子、ランバルト!前へ!」
陛下の声がかかる。
どこにいたのかこれで答えがでる!
しかし…。
場が静まり誰かが進みでる気配はない。
「ランバルト!前へ!」
少々焦り気味に陛下が再度声を張り上げる。
しかし、やはり殿下は現れない。
まさか。
殿下はこの場にいない?
ちょっとまて!主役だろ!?
私だけでなく周囲すべてが動揺する。
それは陛下や妃殿下、議員全てであり、例外はなかった。
「ランバルトはどこだ!」
陛下の怒りの声が会場に響いたその時…。
バン!
会場のドアが大きな音を立てて開いた。
一瞬殿下かと思いそちらを向く。
皆もそう思って振り向いたのだろう。
しかし、それは違った。
開いたドアから雪崩れ込むようにしてたくさんの人が入ってくる。
皆、白い犬型の仮面を被っていた。
頭から被るタイプであり、髪の色さえわからなかった。
『!?』
彼らが何者か答えを知る者はいない。
だが、愉快な仮面を被っていた為、一瞬陛下による舞踏会の余興かと思ってしまった。
違うと知ったのは明るい火を見たから。
『火よ!』
数人の貴族令嬢令息が発火し黒焦げとなる。
一拍おいて悲鳴があがった。
そして逃げ惑う令嬢令息。
その合間を縫うようにして侵入してくる犬型仮面集団。
「殺せ!」
『火よ!』
またも火が燃え上がり黒焦げ死体が出来上がる。
しかし、私達もただ不法侵入者を見つめているだけではない。
この会場を守るべくいる騎士達が剣を引き抜き侵入者を押しとどめるべく進みでる。
ギィン!
剣と剣がぶつかるような音がした。
しかし、不法侵入者は剣を持っていない。
では何が剣とぶつかって音が鳴ったのか?
私の位置からは見る事は出来ない。
不法侵入者は想像よりも多くいた。
後から後からなだれ込んでくる。
私達は逃げ道を失った。
「殺せ!目標はすぐそこだ!」
侵入者が叫ぶ。
目標…。
普通に考えて陛下だ!
そう気づいた時には既に侵入者は陛下のすぐ近くにいた。
『火よ!』
「水よ!」
陛下を狙った魔法を阻止したのは議員紅一点、紫の眼鏡タイプの仮面を身につけた、アーミオン侯爵!
魔法師団長の魔法は数人でかけた発火魔法を凌駕した。
この国一番の魔法使いの名は伊達ではない!
そこに、大剣を引き抜き風の如く駆け抜け発火魔法を放った数人を一瞬で屠ったのは現役騎士団長ウォルコット侯爵!
我が国の戦力の頂点二人が陛下に侍っているのだ、そう簡単に陛下は殺されたりしないだろう。
「王太子はどこだ!」
「王太子を殺せ!」
侵入者が叫び血眼で殿下を探してくる。
だが、この場にはおそらく彼はいない。
これは侵入者にも予想外だったらしく舌打ちをする。
そうこうしているうちに、私達も落ち着きを取り戻してきた。
そうなってくると、状況は変わってくる。
何せここにいるのは皆高位貴族の令嬢令息。
高位貴族ともなれば令息は剣が扱えて当たり前だし、令嬢は誘拐防止に簡単な護身術を身につけていたりもする。
さらには地方から来た令嬢令息。
彼らは森を越えるという危険を冒す為、親からいざという時用にと護身用のマジックアイテムを手渡されている者もいる。
つまり。
彼らは狩られるだけのか弱い存在とは限らないのだ。
誰かがマジックボックスを開き複数の剣を取り出し適当に配り始めたのを機に反撃に転じる!
そこかしこで乱闘が始まる。
私はというと、戦力外ということにして他の何も出来ない数少ない令嬢達と共に後ろに下がる。
アリスもここにいるべきだが、あいにく完全に陛下の命を狙う連中との戦いに巻き込まれ、こちらに来ることは不可能だろう。
「ひっ!なんなんですの!?」
ガダガタと震えているのは、ネクロスラーズ嬢とその取り巻きども!
まさかの再会である。
「こ、こんなことがあるなんて…!」
仮面でわからないがおそらく顔色は青いのだろう。
「わ、私達はどうなるのでしょう…!?」
取り巻きの一人がそう呟いた時。
さっと数人の侵入者が私達を取り囲むようにして上から降ってきた。
全員黒装束に白い犬型仮面。
個性など何処にもない。
彼らは武器らしい武器を持っている様子はない。
しかし、殺気を感じる。
それはネクロスラーズ嬢達も同じだったようだ。
『ひっ!』
「いや!」
「こないで!」
腰が抜けたか四つん這いになり逃げようとするネクロスラーズ嬢の退路を断つかのように侵入者の一人が立ちはだかる。
「ひっ…!」
助かりたい一心で何かないかと周囲を見回し、私と目が合った。
「こ、この人!」
そして私をびしっと指差す。
「この人なら殺しても犯してもいいわ!
でも、私は、私は助けて!!!」
涙ながらに命乞いをするが、勝手に貴女の身代わりに私を差し出さないでください。
「悪いが俺達はここにいる国の要たる貴族全てが憎いのだ。
我らの復讐の為に死ね!」
そう言ったかと思うと侵入者が右手の指を鉤型にする。
爪が鋭く長く伸びた。
これが騎士の剣とぶつかって音が鳴ったのか!
「いやぁぉぁ!」
ネクロスラーズの絶叫が鳴り響いた。




