多頭飼い不可
私はザック様と距離を置きながらも進む事にする。
モンスターがいれば狩るのが仕事だが、いなければただ歩くだけである。
「思ったよりいないなぁー」
つまらなさそうに彼は言う。
「モンスターを狩るのはストレス発散になるけど、いないのが一番でしょう?」
王都の安全。それが第一だ。
「そうだけどさー。あー、やっぱり今日はあいつと一緒にフェンリルを探しに行けばよかったなぁ。」
あいつ?
ああ、リュド様のことか。
「そうすればよかったんじゃ?」
「そうだけど、ずっと空振りで、凄いストレスだったんだよなぁ。
仮に見つけても……楽しめないだろうし…」
猫被りしてるものね。
「ならどうして私達の前では大人しくしててくれないの?」
「お前も俺側だろ?俺側の奴が楽しんでるのに俺が楽しめないなんてありえねぇな。」
はっ!と小馬鹿にしたように言う。
「それにスチールと偶然とはいえあの女がいないところで会えたんだ。
口説くのは当たり前だろ?」
「…貴方そっちのケがあるの?」
おそるおそる聞く。
アリスに惚れてるのは知ってるが世の中には男も女も恋愛対象という強者がいることを私は知ってる。
「………考えた事もなかったなぁ。」
言ってザック様はまじまじとスチュワートの顔を見る。
「………泣かせてみたくはなるなぁ…」
その言葉を聞いた瞬間さっとスチュワートはザック様から距離をとる。
あの無表情なスチュワートが心底嫌そうな表情を浮かべた。
「貴方の愛情表現は歪んでる。」
「そうかな?そうかもなぁ。うん、惚れた女がいるが…笑顔も悪くないが泣き顔が一番みたいなぁ。」
ぞわっ!
アリス!超逃げてーーー。
「だってそうだろ?笑顔なんて誰でも見れるものより、俺しか見れない顔の方が価値があるだろ。」
私の微妙な顔を見たザック様は不思議そうに言ってくる。
「好きな子が笑ってると幸せじゃない?」
世間ではそうと聞く。
「勿論、誰よりも笑顔にしてみせるさ。
だけど、それ以上に泣かせたいんだよ、俺は。
…わかるだろ?」
「ごめん、わかんない」
即答しておく。
「スチールはわかるだろ?御主人様だけにしか泣かされたくないって気持ち。」
「はい。」
「え?」
「…なんでもありません。」
あー、びっくりした!
スチュワートったらうっかり変なところで頷かないで欲しい。
「スチールにとってあのお嬢様は理想通りの御主人様か?
なあ、物足りないようなら俺にしておかね?」
「お断り申し上げます。」
「そっかぁ。リズは?」
「へ?」
なんで私?
「お前は間違いなく俺側だ。」
なんでそんな自信をもって断言してくるのだ。
「そんなお前を屈服させてみるのも悪くねぇだろ?
毛並みもいいし?可愛がってやるぜ?」
「やれるものならどーぞ?問答無用で吹っ飛ばしてあげるわ。」
「ほー?呪文を唱え終わるより早くお前を斬り伏せる事が俺には出来るぜ?」
「呪文なんて一瞬で唱え終わるわよ?」
「…試してみるか?負けた方が勝った方を御主人様として一生忠誠を誓うというのはどうだ?」
「んふふ。悪くないわねぇ?貴方みたいな噛み癖のある駄犬を私好みに調教するのも楽しそうだわぁ。」
スチュワートは出会った当初から従順だった。
私の言うことに一切の不平不満を言わないまさに忠犬。
躾ける手間がない良い子だった。
…ザック様のような犬を躾けるのも楽しそうだ。
「もう一匹くらいなら飼えるしねぇ?」
ザック様が剣を抜こうとする。
私は呪文を唱える。
「リズ!」
その時、スチュワートとは思えない激しい声を聞く。
振り返れば、そこにはいつも通りのスチュワート。
「…リズさん。」
「な、なに?」
いつもと同じ無表情なのにいつもと違う様子のスチュワート。
なんとはなしに距離をとる。
「…………モンスターです。」
「へ?」
スチュワートが指を指したその先に壁を這う大蛇。
可愛らしい小さな蛇ではない。
私の足ほどの太さと私以上の長さを誇る文字通りの大蛇だった。
「麻痺蛇だな。噛まれると即死だ。」
「じゃあ魔法で…」
「なに言ってるんだ?あの蛇は首を落とされてもなかなか死なない、甚振りがいのある奴なんだ。
魔法で一発なんてもったいないことさせるか。」
「さっき貴方…」
バババババーーーン!!!
空高く煙も火花が散る。
その音に驚いた蛇は壁の向こう側へと去ってしまった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「今のって…!」
「発煙筒ですね。」
「あの三人の方に強いモンスターがいたか!?」
ニヤッと笑顔になる。
そしてすぐさま走り出した!
「ちょっと!」
「早くいかねぇとモンスターが逃げちまうだろうが!」
「そこは、早くいかないと彼らの身がっていうところでしょ!?」
「そんなことよりもモンスターだよ!
弱いモンスターを甚振るのも楽しいが強いモンスターを甚振るのも楽しいんだよ!
やっべぇぇえ!!興奮してきたぁぁあ!」
舌舐めずりをしながら彼は走っていってしまった。
凄い速さである。
「急がなくてよろしいので?」
「あのスピードに貴族令嬢は追いつけません。」
きっぱり言い切った。
走ること即ち競歩な私じゃアレには追いつけない。
「どうされます?」
「一応、行くか。」
発煙筒を使ったのは間違いなくツバイク達だ。
見知った顔が出すSOSを無視出来るほど私は鬼畜ではない。
「行ったところで全て終わってる可能性もありますが。」
十中八九終わってるな。
だけど、おっとり刀とはいえ行くのと行かないのとでは受ける印象が違うだろう。
「助けに行きましたという事実が大事よ。」
「…畏まりました。ところで…」
言葉を切り私をじっと見つめてくる。
「私以外の犬を飼うのですか?」
…?なんの話だ?
「あのような躾けのなっていない犬はお嬢様には相応しくないかと。」
…ああ!
ようやく私はピンとくる。
「いやいや、飼わないよ。」
「………本当ですか?先程は飼ってみたいと仰っていたではありませんか。」
スチュワートはらしくもなく言い募る。
「売り言葉に買い言葉よ。」
言って私は歩きだそうと一歩足をだした。
しかし、ローブの端を遠慮がちに掴まれる。
私は振り向きスチュワートを見る。
無表情だし、何故私のローブをそんな風に掴んだのかわからない。
「私以外の犬は飼わないでください。」
「!」
私は大きく目を見開く。
スチュワートが何かを願うなど初めてだ。
しかし、最初の願いがそれってどうよ。
私は目を細める。
私の態度が悪かったのかスチュワートの瞳が揺らぐ。
「ダメですか?前に私の願いをなんでも叶えると仰ってくれたではありませんか。」
言った。
確かに言った。
でも、願いがそれでいいの?
一抹の不安が胸を過ぎる。
叶えてはいけない。
そんな気がした。
胸騒ぎとでもいう何かだろう。
根拠は全くない。
しかし、確かに以前約束したし、秘密を握られている以上下手な誤魔化しもできない。
…うん、きっとこの胸騒ぎは気のせいだ。
この程度の望みでいいなら寧ろ安上がりじゃないか。
「わかったわ。貴方以外にペットは飼わない。
これでいい?」
「はい。私の不相応な願いを必要以上に聞き届けて頂き光栄です。」
「うん?」
必要以上?
はて、なんのことか。
しかし、まあ時間も押してるし行きますか。
私達は発煙筒が炸裂した辺りに向かって歩きだした。




