闇お嬢様と闇執事
痛そうな表現あり。
血が苦手な方は回避推奨。
リュド様が帰られ私は部屋に戻った。
明日は何が起こるのか。
魔法とは無縁に生きてきた私である。
単なる魔力コントロールとはいえドキドキだ。
しかも教えてくださるのはアーミオン侯爵様!
緊張する…!
私はベッドに寝転び枕を抱えてゴロンゴロンしていた。
その時私の耳が少し急ぎめの足音を捉えた。
「失礼します。」
そこにスチュワートが入ってくる。
リュド様をお見送りした足で部屋に来たようだ。
しかし何をそんなに急いでいるのか。
「どうしたの?」
「…お嬢様、少々その寝姿はいかがなものかと。」
言ってスチュワートは後ろを向く。
私は自分の格好を見てみる。
ネグリジェが一部はだけて足が膝まで見えている。
おー、確かに!
これは淑女として…いや、淑女でなくても恥ずかしい!
私はむくりと起き上がりスカートを直した。
「スチュワート、何の用かしら?」
ベッドの上に腰かけて何事もなかったかのように彼に問う。
「….先程の二人の会話で気になった点がございます。」
「気になった点?」
「まず…お嬢様は殿下とご結婚されるのではなかったのですか?
お二人の話を伺っているとそうは思えなかったのですが。」
言われてそういえば彼にはまだ何も言ってない事を思い出した。
まだ私の中の計画段階だし、使用人に話せるレベルにないと口を閉ざしていたのだ。
そして、現在もそれは変わらない。
詮索無用と切り捨てるか。
それとも陣営に引き込むか。
何せ彼は私専属の執事。
今後色々雑用のあれこれを頼むことになるだろう。
と、言うか既にひとつ頼んでる。
前回は幸運にも黙らせるだけのものがあったが毎回そうはいかない。
頼む度に詮索無用で押し通せるか…。
結構突っ込んだ会話をリュド様としてしまったし詮索無用で押し通すのも無理がある。
問題はお父様に告げ口しないかどうかのみ。
いくらお父様が私のお人形でもさすがに嫁ぐ気0と知ればなんらかの手を打ってくるだろう。
彼を確実に味方に引き込めればなぁ…。
答えに迷っている私に焦れたスチュワートが何かを胸から取り出した。
銀色に光るそれは…ナイフ!
護身用のナイフだ。
常に私と同じ馬車に乗る彼は万一賊に襲われた際、私を守る最後の護衛として胸にナイフを仕込んでいる。
今、それを取り出したのだ!
一気に場の空気が変わる!!
私の体が恐怖で固まった。
何せスチュワートに恨まれる覚えなら腐るほどあるのだ。
答えいかんによっては殺されてもおかしくない。
心臓が煩く騒ぐ。
冷たい汗が流れ落ちる。
「お、落ち着いて、スチュワート!」
まずはそれをしまおう、そして話し合おう。
今ならうん、多分分かり合える。
しかし、スチュワートはナイフを翳して無表情に見つめる。
怖い!暗殺者だってナイフを持つ時は多分もう少し感情を見せると思う!
私の恐怖を他所にナイフから視線を外して私を見た。
びくっと体が跳ね上がる。
彼は手のひらでナイフを翻した。ナイフの剣先が彼に向く。
…?
バン!
大きな音をたてて自身の左手をドアにぶつけ、次の瞬間ナイフを左手に突き立てた!
は?
自分で見たものが理解出来ずただ呆然としていた。
夢幻かと現実逃避を試みる。
しかし、流れる赤い血潮がそれを許さない。
彼の左手がドアにナイフで縫いとめられ、身につけていた白い手袋が赤く染まっていった。
「何を!?」
飛び跳ねるようにスチュワートに近づく!
振り向いたスチュワートは無表情。
その無表情ぶりに恐れをなして私は足を止める。
ここまで徹底して無表情なのは驚愕を通り越して気味が悪い。
「お嬢様が命じればこの通り血を流す事も厭いません。」
いや、命じてないし、出来れば厭ってください。
「さらに命じてくださればもっと深く刺す事も、このまま手のひらを切り裂く事もやってみせましょう。」
命じません!
口をパクパクさせる。
「命じてくださらないのですか?
私の忠誠心をまだお疑いで?
どうすれば信じてくださいますか?」
「……って……」
「はい?お声が小さく聴こえません。
いつものようにご命令を。」
「やめて!」
悲鳴混じりの嗚咽のような声が出た。
「畏まりました。」
彼は手のひらのナイフを抜き去った。
左手が自由になる。
床に血の雫が一滴二滴と落ちる。
「この通り、私はお嬢様にお仕えしている執事です。
お嬢様の命令ならば死ぬ事も出来ましょう。
守れという秘密があるならば墓場まで持っていきましょう。」
何を言っているのか…
いや、彼が自分で言ってる。
自分の忠誠はお父様ではなく私にあると。
それを示したに過ぎないのだ。
彼にとってこれは大したことないのだ。
主人の信頼を得るための必要なプロセスに過ぎない。
私は暴れる心臓を鎮めるため深呼吸をした。
視界の端でチョーカーがうっすら赤くなるがこれは仕方ないと思う。
落ち着け自分。
異常に落ち着いた使用人の前で主人が正常に取り乱しては無様だ。
「スチュワート。その言葉信じるわ。」
「は」
これで裏切ったら一周回って諦めがつくというもの。
裏切り者は処分してやると思う私だが今日の事を評価して彼だけは裏切っても許してやろう。
私は自分を強く持つ。
「まず、その血を止めなさい。」
「は」
彼はナイフをしまうとポケットから小瓶を取り出し手袋を脱いでぴしゃっと中身をふりかける。
それって…
「…ポーション?持ってたの?」
「昔の支給品です。」
うち、そんなものを使用人に支給するんだ。
「本当に血がとまったの?みせて。」
「は。」
スチュワートは私に近づき手のひらを見せてくれた。
傷はぱっと見治ってなかった。
しかし、血は止まったようだ。
私はポーションを初めてみたし、その効果も生で初めて見た。
しかし…
「案外治らないものなのね。」
治りきってない傷に指を這わせて確認する。
痛いかなって思ったけど、刺すに比べれば全然だろう。
「下等品ですから。」
「下等品?」
「ポーションには下等中等上等特等の四種あるんですよ。
値段的に支給品など下等レベルです。」
「因みにお幾ら?」
「下等でしたら金貨一枚ですね。」
一般的な平民の一ヶ月分の給料ときましたか。
「またお父様にお願いして渡すように言うわ。」
「これの支給者は旦那様ではありません。」
「え?」
「前の職場の方です。」
「あら、そうなの。」
つまり支給品をちょろまかしたのか。
とはいえ昔の職場は随分羽振りがよかったんだな。
でも、そんなものを支給しなくちゃならないような職場は危険だろう。
…でもうちも似たり寄ったりか。
我が振りを見直し思い直す。
「それで信用して頂けましたか?」
「ええ。」
私は大きく息を吐いた。
「では、お嬢様、殿下との結婚をどう考えていらっしゃるので?」
「…ここでの会話は他言無用、いいわね?」
「まだお疑いで?」
「大丈夫そうね…。そう、私は殿下と結婚する気は無いわ」
スチュワートが纏う気配が少し変化した。
驚愕したのだろう。
「…何故また…」
スチュワートが声を絞り出した。
「追って縋っても振り向いてくれない殿方を追うより貴族としての立場をとりましたの。」
「何故嘘をおつきになるのです?」
ぎくっ
私の心臓が跳ね上がった。
何故わかる?
「お嬢様がそのような事を考える性格ではありませんし、考えるならばもっと早くに見切りをつけていたと思います。」
「…」
ごもっとも。
しかし一つ訂正させてくれ。
「…はあ、確かに嘘よ。でも一言言わせて。
何度も殿下を諦めて貴族としての立場を取ろうとは思ったのよ?
でも、好きで好きで堪らなくて結局出来なかったの。」
「………で、本当は?」
「嫌いになった。」
「は?」
私の心の内の吐露を無視して問いかけてきたので正直に言ったら変な声を出してきた。
「ご冗談でしょう?」
「いや、本当。とにかく関わりたくないのよ。
あの阿呆二人…いや、ザック様とリュド様含めて…ああ、それも違う、ありとあらゆる他人と私は関わりたくないの。
私は人間が嫌いなのよ。」
自分との関わり具合に関係なく他人というだけで拒否の対象だ。
「冗談ですよね?」
「こんなこと冗談で言うと思う?
まず一番関わりたくないのが殿下とアリス、そしてリュド様ザック様。
彼らと関わらなくてすむ最大の方法は殿下とアリスをくっつけること。
この二人がくっつけば私は王妃にならずに済むし国の中枢に関わる彼らは忙しくなって私に関わらなくなるわ。
その後私は悪役として表舞台から姿を消して幽閉でもしてくれれば最高の一生よね。」
幽閉。
今言ってみたが本当に理想の絵姿だ。
殿下とアリスに断罪してもらい幽閉して貰えるように動こうか。
「…………幽閉………確かに最高ですね」
おや?
幽閉の素晴らしさがわかるとは彼も人嫌いか。
「なるほど、だから私に男爵令嬢の養子先を探させていたのですね。」
「そうよ。」
「畏まりました、お嬢様のご希望に添えるよう動きたいと存じます。
代わりにお嬢様、どうか私めに隠し事はなさらずに。
流れ的にリュド様とザック様は仲間でしょうがあわよくばを狙うハイエナのようでもあります。
損得感情で動いているようですし、完全に信じてはなりません。」
「それはわかってるわ。」
既に一度リュド様の演技に騙されているのだ。
スチュワートの忠告は痛いほどよくわかる。
とりあえずこの件に関しては嘘はついてない。
何をどう考えているのかわからないが。
「もう本当に嘘や隠し事はありませんね?」
念を押された。
「なんで念を押してくるのかな?」
私はスチュワートの迫力に気圧されて一歩二歩と下がる。
下がれば一歩二歩と前に進んでくるスチュワート。
心臓がもたない…!
チャリっと音をたてて私のチョーカーに触れた。
「色が変わってますね。純金だったものが青へ、黄色へそして今は赤。
これの意味を教えて頂けませんか?」
「魔力をコントロール出来ない私はこのマジックアイテムで魔力を抑えているのよ。
そして魔力の抑え具合で色味が変わる。」
「それは….」
「勿論赤が一番危険。」
貴方がたった今赤く変えてくれました。
文句を言いたいが怖くて言えない。
「大丈夫なのですか?」
「幸い明日午前中アーミオン侯爵とお会いして魔力コントロールを学ぶ予定よ。」
「一日で終わるのですか?」
「…」
その可能性は考えてなかった!
何日もかかるようなら多分死ぬ。
「そ、その時はその時よ!」
私はやけっぱちになって答えた。
「しかし、これは異常なことですよね?
魔法関係で私に秘密があるのでは?」
ぎくっ
どうして私の心臓に負担をかけるのか。
イジメか?
「全て教えて頂けないのは私の忠誠心をお疑いになられているのですね?
でしたら次は、そうだ、旦那様を仕留めて参りましょうか。
その死体を見ればお嬢様も安心なさるでしょうか」
「やめて!」
人道的理由ではないが止めた。
お父様はお父様で私的にも国的にも役に立つ存在なのだ。
消されては困る。
これは本格的に偽証は不可能。
優秀な執事は無能な主人をとことん追い詰めどうしたいのか。
「実は属性が闇だけではないの。」
「複数属性ということですか。」
「七属性持ってる。ついでに二種類の加護持ち。」
「………すみません、仰ってる意味がわかりかねます。
まず、属性は全部で六ですよね?」
「言い間違いでもないし数え間違えでもないのよ。
未発見の属性があったのよ。」
「それは…また…お嬢様の希望に添えない事態ですね。」
「そうなのよ。」
「さらに二種類の加護持ちですか?
普通の加護すら持つ者は珍しいというのに、二種類とは…ここまでくると呪われているかのようですね。」
「さらっと酷い事を言う。」
「因みにその二種類はなんでしたか?」
「不明。」
「不明?ということは、神の可能性もあると…」
「はは…ははは….」
私は乾いた笑いをスチュワートに送る。
なんか色々限界だ。
「ねえ、スチュワート、私なんかしたかな?」
色々したけどこの際棚上げだ。
「私は誰とも関わらず一人でひっそり暮らしたい。
なのに、その為には殿下と男爵令嬢をくっつけるという不可能事業をこなさなくてはならなくて、更には誰にも言えない魔法的負荷まである。
もう本当に嫌なの…!
時々何もかもほっぽり出して逃げてしまいたくなるのよ!!
でもどこに逃げても殿下の嫌われ婚約者と皆知ってるから逃げ場所もない!!!
私の願いってそんな滑稽な話かな?
ねえ!答えてよ!!」
私はスチュワートの胸ぐらを掴んで言い募る。
頭の中で英雄様が空気読まずにモンスター狩ろうとうるさく言ってくる。
煩わしい!煩わしい!!煩わしい!!!
殿下もアリスもリュドも!!!
魔法なんていらないんだよ!
そして英雄、お前は少し黙れ!
「落ち着いてくださいお嬢様!」
「無理!もー、毎日毎日気が滅入る!
頭がおかしくなりそう!いや、もうなってる!」
私はスチュワートから手を離して頭をかき乱す。
絶叫、慟哭。
抱えていたストレス全てを吐き出すかのよう。
でも言葉じゃ足りない。全く足りない。
もっと直接的に何かしないと心のバランスが取れない!
心がばらばらになるような痛みが走る。
「まずい!」
スチュワートが何か言った。
私の耳なら充分聞き取れるはずなのに聞き逃した。
と、同時に首につけていたチョーカーが弾け飛んだ。
それを見た瞬間、体も心も燃えるように熱くなり何もかもが押し流されるような感覚に陥った。
しかし、その痛みさえも快感と捉えるより早くスチュワートの手が私の首に触れた。
瞬間、首が締まり呼吸ができなくなる。
血管が圧迫され、私は意識を消失した。
だから私は知らない。
「全て私の責任だ….!」
スチュワートの悔恨の言葉を。
私は知らない…




