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演技か本気か

リュド様が帰った後、淡々と時間は過ぎて夜。

とりあえず仮の趣味である刺繍をしてみた。

一応、王妃教育の一環で一通りの技術はある。

最初は本でも持ってきてモチーフを選ぶかと思ったが最終的にはゴミになるのだしと、適当にやることにした。

ウサギーーー。

ラブリーな奴ーーー。

横にお花ーーー。

本当に簡単だし、ハンカチに刺繍したからすぐに終わった。

出来上がりは子供が持ってそうなハンカチという評価が正しそうだ。

まあ、ストレス発散になったかと言えば疑問だが寝る前の一仕事にはもってこいかもしれない。

そう考えていると、スチュワートがホットミルクを持って部屋にやってきた。

「失礼します。」

「ああ、スチュワート、丁度いいところに。」

言われて彼は私を見る。

無表情なので彼の心のうちは読めないが何か頼まれるのかとでも思っているのではなかろうか。

「これ。」

ぺらっとハンカチを渡す。

先程の子供が使ってそうなハンカチだ。

「…これは?」

「適切な処理よろしく。」

「…………………は」

随分と長い間を挟み彼はハンカチを受け取った。

なんだぁ?

まさか本当に渡されるとは思わなかったとか?

それとも想定を超えて出来が悪いってか?

「私の目に触れないように処理しておいてね。」

最終的にゴミ箱いきとわかってはいても捨てられたウサたんハンカチを見るのは忍びない。

「…………善処します」

返ってきた答えは随分と頼りなかった。

まあ、いいかと思い直して私はスチュワートからホットミルクを受け取る。

これを飲んだら寝よう。

「本日の御用は以上でよろしかったでしょうか」

「ええ、ご苦労様」

私は頷きスチュワートを視界から外す。

しかし、スチュワートはその場から動かない。

……?

「……何か?」

逆に私が問いかける。

「……いえ、その……」

歯切れが悪い。

「何よ?はっきり言いなさいよ。」

私は若干のイラつきを覚えた。

寝る前にイラつくのは実に不愉快だ。

「申し訳ありません。」

彼は頭を下げるがそうじゃない。

「なんなの?言いなさい。」

私は命じる。

「………………日課が………」

「日課?」

言われてすぐに思いつく日課はスチュワートを鞭打ちして、出来た傷を数えるって奴だけど…。

でも、打たれる側のスチュワートが自ら言い出すのはおかしいよね。

だがほかにこれといって思い当たるものはない。

「体調が万全でないなか申し訳ありませんでした。

失礼致します。」

私が無言で考えていると、スチュワートは何を思ったのか逃げるように一礼して去っていった。


…なんだったんだ?




腫れ物扱い。

今の私はまさにそれであった。


今日はきちんと授業に出る為朝から学園のクラスにいた。

そしたらすごい遠巻きにされたのだ。

わかってましたよ、そうなるのは。

彼らから見て私は殿下に捨てられた意地悪令嬢。

何一つとして間違ってない。

誤解があるならまだしも、一片の曇りなくまさにそれなのだ。

部外者から見れば私はスキャンダルそのもの。

さらに殿下とアリスがくっついて結婚ともなれば私の行く末も気になろうというもの。

「…やだ…あの人学園に来てる…」

「昨日の事知らないのかしら?」

「ううん、それがルナ嬢から聞いたら昨日学園にいて一部始終目撃したらしいのよ」

「ええ?それで学園来るって面の皮厚すぎ!」

ひそひそ声が聞こえる。

彼女達は小さな声で囁くようにして話している為普通の人なら誰が何を話しているかなどわからないだろう。

しかし、後天的魔法使いとなり聴力が上がった私には通じない。

「…今後どうなるのかしら?」

「一応公爵令嬢ですもの…取り潰しは免れるんじゃない?」

「本人は?」

「さあ?修道院とか?」

「あの我儘なご令嬢が?贅沢大好きなご令嬢が?」

「クスクス…言い過ぎよ…」

あちらこちらで私を孤立させてチラチラ見てクスクス笑う令嬢、子息達。

「おい、お前、今なら公爵家に恩を売れるんじゃないか?」

「勘弁してくれ、下手に近づいて厄介ごとを押し付けられちゃたまらないよ」

「そうだな、下手に近づいたら次期国王様に睨まれて今後の生活が成り立たなくなる」

「そうそう、それにさ…」

「なんだよ?」

「あの我儘で高慢な女が男爵令嬢に媚売る姿見て見たいじゃないか」

「お前性格悪いな」

「だけどお前も見たいだろ?」

「まぁな」

さてさて今後彼らの期待するような展開が待っているのかはアリスの出方次第なんだけどな。

私をあざ笑う声に混ざって待ち人の足音が聞こえてきた。

どうやら登校してきたらしい。

『で、殿下!やはり恥ずかしいですっ!』

『諦めろ、どうせ皆知ってる』

『でも、せ、せめて、こ、こ、この手を…』

『うん?どうした?』

『きゃーー!お顔が近いですぅぅ!』

なんかラブラブ登校しているらしい。

まだ見えてないのにどういう状況かありありと浮かんでくる。

そんな彼らの少し後を歩く二つの足音。

カツカツとふみ鳴らし周りを威嚇するような足音は多分ザック様。

対するリュド様は静かな足音。

気配を殺しているともいえる。

そして、彼らが教室に入ってきた。

「きゃーーー!アリス様ぁぁぁ!!

おはようございます!」

「殿下、ご機嫌麗しく!」

「昨日のお二方、この目でしかと見届けました!」

「お二人はお似合いカップルです!」

「学園公認のカップルなんて羨ましいです!」

「え?え?えええ??」

教室に一歩入った直後クラスメイトからの熱烈な歓迎に戸惑いの声をあげるアリス。

そりゃそうだろう。

かつて彼女がこんなにクラスメイト達から歓迎されたことがあっただろうか?

寧ろ皆冷めた目で見ていた。

虐めとかではない、挨拶くらいは皆普通にしていた。

しかし、遠巻きにされていた。

下手に関わって私の逆鱗に触れたくないという日和見な考えもあっただろうが、単純に半分平民の彼女を貴族達は馬鹿にしていたのだ。

血統主義ではない人もこの流れには乗っていた。

それはアリスの学力や礼儀作法の拙さも多分に関係していたと思う。

昨日までのアリスの評価は『半分平民なだけあって野蛮でお馬鹿さん、クスっ』だったが今日からは未来の王太子妃という箔がつき野蛮という評価は天真爛漫、学力の足りなさは努力家と、変化したのだ。

貴族の変わり身の早さは凄いのだ!

「お前ら、昨日まで…」

「まあまあ、殿下。皆殿下達を応援しているのですよ。」

リュド様ナイスフォロー!

味方が少ないのだから今のうちに取り込める貴族は取り込んでおかないと!

敵に回す発言はNGだ。

「そうか?」

頭の中お花畑な殿下は応援の一言で黙ってくれた。

そして、視線を泳がせ…私と目が合う。

人にこれだけ囲まれているのに後ろで静かにしていた私をわざわざ探して見つけ次第睨んでくるとはいい度胸だ。

私は席を立った。

そして、殿下に近づく。

人の垣根がばぁーっと割れた。

殿下はさりげなくアリスを庇う位置に移動した。

「うわ!早速対決!」

「負け犬の遠吠えが聞こえるぜー」

「クスクス…」

素敵なBGMを聴きながら私は殿下と対峙する。

そして優雅に一礼。

「おはようございます。殿下」

「ああ、おはよう。」

「昨日の大立ち回りは観劇として大変優れておりましてよ。」

クスクスと私は笑う。

「観劇?」

ピクリと片眉が跳ね上がった。

「ええ、殿下は役者として大変優れた才能をお持ちのようで…」

「どういう意味だ。」

「そのままの意味ですわ。ただ私は殿下と長い付き合いですから、ほんのお遊びとわかりますが…」

ここで私は周りをゆっくりと見渡す。

そして最後にアリスをひたっと見つめる。

「勘違いする輩が多くいるということですわ。」

「あれは演技や舞台ではない。私は本気だ!」

教室中に響き渡る殿下の声。

しかし、この程度で怯む私ではない。

「まあ、ですが私という婚約者がいますのよ?

まさか、そこの小娘を愛人として囲うおつもり?」

「私はそのような不誠実な真似はしない!」

「婚約者がいるのに他所の女に手を出す方が誠実とは!」

ほほほほほと高笑い。

「お前との婚約は親が勝手に決めたもの。

そこに私の心はない。」

「心があろうがなかろうが現状私達は婚約をしておりますの。

そして、その婚約が生きている以上不誠実なのはそちらとお分かり?

今なら冗談で済ませることができますのよ?」

「ふっ!そう言っていられるのも今のうちだ!」

「どういうことですの?」

「昨日の件はすでに父上の耳に入っている!」

「それで?」

「父上はお前に王城まで来いとおっしゃられた!」

「おー!」

周りが感嘆の声をあげる。

「私はその場で婚約破棄を願い出るから覚悟しておけ!」

「つまり、その場にはアリス様もいらっしゃるのですね?」

「何故アリスが行かなくてはならない!?」

「勿論当事者ですもの。寧ろ何故来なくていいとお思いなのか教えて頂きたいですわ。」

私は高飛車にアリス様を見る。

殿下が何か言うより早くアリス様が口を開いた。

「リナさん!私達お友達ですよね!?

なのになんで私達の事を認めてくれないんですか!?」

その一言に私は立ちくらみを起こしかけた。

…相手がわかりやすい悪女たる私だからいいけどさぁ、そうじゃなかったら貴女自分が寝取り女って事わかってるのかな…。

わかってないんだろーな…。

自分の気持ち最優先だものね…。

「アリス様、ええ私達はお友達ですわ!」

にっこり微笑んだ。

「ですから、私の殿下を貸すのも吝かではありませんの。

ええ、でも差し上げる気はありませんのよ?」

「そんな!?殿下は物じゃないんですよ!?

気持ちのある人間ですよ!?」

「その通りですわ!しかし、殿下は国をその背に背負うお方。

時に気持ちより優先すべき事がございます。」

「愛より優先されるべきことなんてないです!」

きっぱりと言い切るアリス様。

ふと、王妃教育を施してしまったら彼女の良さが死んでしまうのではという思いがよぎった。

私は目を細めて彼女をみつめる。

いや、彼女の場合は良さではない。

無謀であり愚かなだけだ。

「貴女はまだまだ子供なのですね。」

「愛より何かを優先することを大人と呼ぶなら私は子供でいいです。」

「子供では王妃にはなれなくてよ?」

「なってみせます!私は私のままで!」

暫し私達は睨み合う。

周りが固唾を飲み私達を見守る。

「その言葉に嘘偽りは?」

「ありません!」

「では」

ニヤリと私は笑う。

我ながら意地の悪い笑みだと思った。

「殿下、彼女は王妃を目指すようです。

ならば、やはり当事者として陛下の前で名乗りをあげるべきでしょう。」

「しかし…!」

「殿下!私は殿下のおそばにいたいのです!

殿下に守られているだけも嫌です!

殿下の隣に並ぶに相応しい人間になりたいと昨日申しました!

その覚悟をお見せしましょう!」

「アリス!」

「殿下!」

暫し二人が私を無視して二人だけの世界に旅立っていく。

「ごほん!」

横でリュド様が咳払いをして、強制的に帰還させる。

「では、王城でお会い出来ることを楽しみにしてますわ」

「勿論です!私と殿下の仲を認めてもらいます!」

高らかな宣言を待っていたかのように、授業開始の鐘が鳴る。

私は踵を返して教室に戻る。

後に続くようにしてクラスメイト達も教室に戻っていく。

しかし、ざわめきは鎮まらない。

私を詰る声、アリスを応援する声、様々な声が耳に届く。

「演技…じゃないだろ…」

そんななか、リュド様の囁きが耳にいつまでも残ったのだった。

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