進歩
はぁっ……はぁっ……
お腹の痛み、眩暈、足の悲鳴。人の限界を迎える。それでもそれは個体の限界。
そーやって告げられる。
ヤバイ奴が、先頭を歩いている。
「休めないわ。謡歌」
「……バードレイ、あなたは何をするの?」
生き伸び続けること。それではダメだ。だからって、何をしている?
ぼやぼやしている目でも分かっている。それは謡歌も、後ろからついてくる……
「…………」
ヒュールも同じようにやっている。
そう、
「歩いて、どうするのです?」
「歩くだけよ」
人は利便性に慣れすぎてしまっている。今、バードレイが言ったことが面倒臭いとかあるかもしれない。しかし、それは距離や目標が見えているからだ。そんな考えになる。
バードレイには目標あれど、あまりにも無限のことだ。少しずつ"SDQ"を黒く染め上げて消しているところを見て、知る。
直接、バードレイが触れないと"SDQ"は消えない。クォルヴァが増加を止めて、バードレイが消すという作業。そう簡単じゃないのは分かっているが、途方もないが先に来る。このフォーワールドだけならともかく、バードレイはそれでもやる気だ。
「世界中を歩くの?」
「ええ。正確には"無限牢"の中、全部。くまなく、ね」
言葉には、行きたい場所や行く理由を全て粉砕していることだった。
「私だけが出来ることでしょうね。全部、"SDQ"に包まれているけど」
これまで数多くあった異世界の全てを歩く。夢みたいで素晴らしい事だけれど、そこに観光目的も、楽しさもあるとは良い難い。もう景色なんて、どこも同じだろう。飽きというか、死にたくなる無駄ばかりだ。それでもそれは、イカレていても行動だ。文字通りの進歩だ。
「私ね。死にたいなら、そんな感じで。やりたい事の中で死にたいの。選んで死ねるくらいの強さが欲しいわ。持つべきモノよ」
オカシイよ。
分かってたけど。分かるけど。
じゃあ、それは
「あなた1人でやるの!?」
「ええ」
そんな惨いことを刑や罪と思わず……。
そして、おそらく。クォルヴァのようにわずかながらだ。本当にわずかながら、
「叶わないのなら、私でもそれまでだったのね。何が足りないのかしら?友達?共通の仲間かな?」
「……じたばたしないでって、良い事だと思いました」
「じたばたでもないわ。管理人がいては世界を自由には周れなかった。世界旅行なんて、誰だって夢の1つに入るでしょ?」
「こんな白だらけになって、住めない場所ばかりなった時に!それが夢だったなんて!答えてしまうこと!!どー考えてもあなた、おかしいです!!あなた、なんで……」
イカレている。
常識が通じないってレベルじゃない。
なにがそうさせている。なんでそんなことを思う。これから、あなたの時代が作られるとしたら、あなたのような人は生まれて欲しくない。そう願いたいことだ。
願うついでだ。
「バードレイが思っている世界は、どーいうものなんです」
「さぁ?流れに身を任せるわ」
「流れに?」
「ゆっくり考える時間はあるじゃない。どんなときでもね」
「…………」
はぐらかされているのか。本当に何も考えていないのか。
分かっているのはこんな惨状だからこそ、その答えが人間のそれではない事だろう。生きようという気概なく、寿命など見向きもせず。バードレイのゆっくりは様々な時代を指していると、謡歌にも分かるくらいだ。絶対的な強さと引き換えになってしまった代償なのか?そうでなければ、いけないことだったのか。
それでも正しいことは、バードレイはバードレイなんだろう。これが事実だ。
自分本位なのは間違いない。
だからって、
「どーしてこーなるまで、居たんですか!?」
それを正しいと伝えてしまってはダメだ。
そして、謡歌も分かったんだ。
全人類はバードレイに救われていた。
ではない。
バードレイが全人類の敵となって、人類を救ってきたことを。
「隣に誰か居なかったんですか!?あなたの声を拾ってくれる人!あなたを慕う人!独りでこれからを過ごすというのですか!?そんなに凄い力を持っていて、これから長く独りでいるのはあんまりです!!あんまりだよ!」
管理社会を産むキッカケは、この"時代の支配者"の存在だ。
かろうじて、人類がそこから奇跡的な再建を始めたのだ。そして、こうして懸命な会話をして分かる。彼女は凶悪ではあるが、純真としたものではない。飾られている悪なのだと。
悔いれば、
「あなたを早く知りたかった。意地悪だけれど、分かってくれる人でいて欲しいよ」
時代の波がまた襲う。人類が滅ぶと、繰り返してくる波だ。
その波を一度ならず、また今度も、その力で跳ね返す。
だが、波は大きくなって、今度は自分が人類を滅ぼそうとする物語。
人類が行なう、歴史最大の挑戦である。
ドタァッ
「…………戦っちゃ、ダメ」
謡歌は衰弱しながらも、歩き続けていた。
転んだとき、死が直前と思った。
それでも声と言葉は、意志と同じことだった。
「お兄ちゃん……」
けれど、願いは叶わない。
人類は形が違えど、繰り返してきたことであるから。これから先も変わらず。
ただ、"時代の支配者"という最大の敵だけは消えず……。変わらず、君臨していた。