在事
意外な事である。こいつにもあるのかと、驚くべきところであった。
「くーっ…………くーっ………」
バードレイも眠る。三矢の膝の上で眠るという光景。逆にさせてくれ。
人間らしさをやっているのか、どうか。
"終焉"で睡眠した過程を終わらせて、疲労を回復させることなど容易く、確実にできる。
それでもしないのが、飽き飽きするまで
「楽しんでるってわけか」
無礼かもしれないが、三矢は自分の膝の上で眠るバードレイの髪を撫でてやる。
ドゴォッ
「ふごっ」
うざかったのか。それで目が覚めたのか。
バードレイの寝相で顎を撥ね上げられる。ザマァミロ。
「……今の内にこいつ。殺せる?」
「無理だろう。つーか、止めろ。大人しくこっちも休んでおけ。俺が監視するって言っただろ」
ライラと夜弧が三矢の前に、複雑そうな顔でやってきていた。
「手は出さないでくれ。今は俺達も、春藍とアレクのタイムマシンに賭けているわけだ。待つだけさ」
「ですけれど」
夜弧は出てくる。
相手がこうして無防備に眠った姿を晒してくれているのだ。"トレパネーション"を発動させるためには、黒ずんだ両手の内、どちらかを対象者と接触させておく必要がある。
あれだけの瞬間移動と、攻撃力、防御力を込みで考えれば、バードレイがなんらかの影響で動けないという、絶好の機を待たねばなるまい。それが今であると本能が言っている。
「あなたの立場も含め。私は審議をしたいところです」
「…………ライラを連れているのはそーいう保険か。本人、乗る気じゃねぇぞ」
「話したいこと、話したくないこと。あなたからでも、記憶を吸い出せます」
"本音"の力で、知れることは三矢にしか分からない。
何を得ていたのか。何を知っていたのか。次第によっては、やはり三矢を
「殺す、他ないです。元々、管理社会を生み出した一人であったのは知っています。あまりにも先の長いこと。そこの"時代の支配者"の計画に、あなたの力が加わっていたら、私達はあなた方に付き合っていた事になる」
「嘘が色々混ざってるぞ。よーは、俺の記憶を読ませろって事だろ?それとバードレイの記憶も!まどろっこしい!」
隠れている内側を知れる者は2人いた方がいい。
1人だけであると、例えそいつに強さというものがなくても、多くの嘘な真実を伝えられる。
「悪いが拒否する。プライバシーぐらい護れや。全てを引き出そうとする気だろ」
「それぐらいの事だと思います。人類が"時代の支配者"に打ち勝てというのなら、あなたはそのための機密事項を知り尽くしているはず」
「知らん。それは間違いねぇ。言いがかりだ」
疑われる事。
随分と孤独に過ごしてきたから、その苦痛を久々に知ってしまう三矢は。正直、ウンザリの顔。
仲間に疑われるってのは少々堪える。
拳銃を向けられるなどの、明確な敵意は苦手だ。
「ま、その言葉も。私には判断できるので、力ずくが良いですか?降参してくれますか?」
「あーあーあー。女はいけねぇな。武器にすぐ頼るからよ」
三矢は両手を挙げて
「俺がもしここで死んでも、残留思念でも読み取って、辿るんだろう?かっこよく死ねないな」
夜弧の念入りな準備に戦うすら許されない、失格を自覚した。
だが、絶対に自分の記憶やバードレイが得た"本音"を、夜弧達に知らせる気はまったくなかった。
別に夜弧達に敵対しているわけでもない。ただ、バードレイと敵対しているわけでもない。むしろ夜弧の方が珍しく、正義という傾きに達した者。三矢は思っている。
自分のように常時、真意を掴める者が矛盾、対義と出くわした時。中立に立つのは神ではないからだ。
「ま、死なんが読ません」
ガダァンッ
それは抵抗というにはあまりにも未熟なものである。
夜弧の力ずくに抵抗がなく、モロに"トレパネーション"を浴びての調査をされる。
「何を隠しています?"時代の支配者"について……弱点とか、あります?」
質問に答えられるという事はなくても、脳を弄られて奪われるという悪夢。
「へへっ」
「三矢さん。隠している事があるんですよね?」
「…………自分で見ろよ。見れるならよ」
操れるなら操ればいい。
道の半ばで倒れるのも、悪くねぇのかも。仲間に裏切られるのもな。
「何を知っているんです」
「………………」
助けは要らない。きっと同じくされる事であるからだ。
だが、想う一念は夜弧と同じか。似ているものではある。
◇ ◇
シンシン……シンシン……
「"時代の支配者"は生まれたんだ」
故に世界が救われる。時代は終わる。
「だから……、私は……」
その頃。
倒れる藺兆紗の前には天国へ誘う白い粉が降り注ぐ。
"SDQ"がクォルヴァの制御から外れ、周辺を飲み込み、崩壊させようとしていた。藺兆紗に動く力も、助かる力もない。それでも吼える。
「死ぬわけないだろうがあああぁぁっ!!!」
何をすれば助かった?そんな後悔よりも今を抗う。
「死んでたまるかっ。私はっ!人が成るべき人になる、その時代を作り上げる者!!」
バードレイにすらプライド捨てて、生き残りを選んだ男だ。
誰よりも己の命を大切にする。その生きる目的に、掲げるは時代。
執念に差があるか。矜持に濃さがあるか。
バードレイの時代などに興味はない。だが、彼女と並んだと思えるだけの熱きものがある。自負する。
行動というものをして来た。尽きるわけにいかない。
死を目前とし、ハッキリとした過去が、視界と雑音を生んでいく。
山奥にある村の墓地。
まだ小さな自分と友達と、女の子。包丁という調理器具を女の子に向ける自分。友達も止めない。
女の子は振り返って、悲しく笑っている顔を向けていた。
「どうしてっ……」
『私だったの?私にはできないよ』
「どうしてっ……」
『ただみんなと遊んでいたかった』
「どうしてっ……」
『殺してでも、生きて。藺』
「私とあなた達の夢、でしょう?」
『あなたなら叶えてくれる?人が自由に、色々な人に成れる。そんな世界や社会を築いてくれる?』
……………
「夜弧」
ドスウゥッ
腹が減って、腹が減って。
誰でも良かったんだ。
だけど、お前が村を出て行かされる事を知って、止めようにも止める手段がこれしかなくて。
私が生きたくて、お前を殺して、食って、生きて。
お前を食べたいんだよ。
憎しみもあって、羨ましくあって、健気で選ばれた事に戸惑って、
ステキな君が私の知らないところで苦しむのを見てられなくて、一緒に、ね。
「…………彼女に会うんだ。止めてやるんだ」
人が成るべき人になる。そんな時代に君が生きているところまで、私のサダメ。
君に再会するための……
ドバアアアァァァッッ
藺兆紗の体は"SDQ"に呑まれ、意志も体もぶっ潰されるのであった。