伊賀
「で、出来上がった……」
むしろ、出来上がってしまった。そっちの後悔が強いかもしれない。藺兆紗ですらだ。
それは当人。偶然の産物であると、理解しなければならないことだった。
藺兆紗が彼女の蘇りを見たとき、感じた溝がさらに深まり、底の見えないところから見えてしまったのは
「宇宙の誕生だ」
バードレイが異空間から舞い戻れば、藺兆紗への礼もなく。子の心配でもして、足早に向かうかと思えば、お化粧を始めた。お腹が空いたから食べ物を探して、転がる人の死体を生のまま食い漁った。それで化粧が崩れてショックな顔を出す。そんな顔をまた潰すように、流れている水に体ごとダイブして洗い始める。裸のまま、服を探しにいき。ドレスではなく、破れた衣類の繋ぎ合せで満足し、きっと春藍達のところへようやく向かったんだろう。
という、なんなのあんた感。
余裕というか、平和的というか。
猟奇的な行動がいくつかあるが、女がやることをやっている。
出勤前にする身支度だった。
「ふふふ、ふふふふふふふふ、あはははははははは」
藺兆紗は泣き狂い笑った。
それに成れずとも
「私が、”時代の支配者”を生み出した!!」
意志を継ぐ者に喜ぶ。それは伝説勇者にも現れた、後継者的な者だろうか。
「私が見出した最高傑作!!」
「……………」
「これからの時代を私が作ったっ!史は刻んでくれる!!」
「そんなわけないよ」
その姿は断末魔と捉えるべきものだ。藺兆紗に話しかけた者は、そうとしか思えず。”時代の支配者”にとって、そんな史など掻き消すだけのことだろう。また、藺兆紗の望んでいる結果ではない事も見抜いている。
「”時代の支配者”を生んだあなたは確かに、この人類の英雄だ。だが、次の人類に引き継がれる事はない」
「っ……あ、あなたは……」
「それは今の事だ。三矢さんの予想通り、”時代の支配者”の意識は春藍くん達に向いた」
そう。おかしいだろう。
先ほどまで死に掛けていた藺兆紗が、しぶといからといって、バードレイを”時代の支配者”として完成させたこと。
「私も君と同罪だ。だが、償える手段を持つ」
生きている理由が必要であるはずだ。
「まだ終わっちゃいない。藺兆紗。ふぅ、……俺が死んでない」
「三矢さん。無理しちゃダメです」
「俺にここは任せろって言っただろ!藺兆紗を回復させる事に専念しろ!」
「…………やれやれ」
戦える状態にしない。話せる程度で良い。三矢の”本音”が、この修羅場で最大限の訴えを藺兆紗に届けた。
「お前はそれで良くねぇはずだろ」
「!!」
「”本音”ってのは、命が終わるその瞬間に吹き出る。無理に受け入れた叫びのくせに、なんで泣いてんだ!」
藺兆紗の胸倉を掴んで、
「おかしいだろうが!!お前の夢、全部ぶっ壊されて!!へらへらすんなよ!!人が成るべき人になる!それが、人のいなくなる世界か!?ちげぇだろ!!」
分かってんだよ。よく分かってんだよ。
あんた。どうして、
「大好きな女を、自分が生きるために食った!?そりゃ生きてまで、そいつに報うためだ!!」
「っ!!」
「その時を知らねぇ俺だが!!お前に賛同する!!なぜなら」
「言うな……」
彼女は、生きる事を拒んで。お前を、生かした。その体を本当に差し出して……
「伊賀吉峰。いや、藺兆紗」
ダーリヤや朱里咲とは違い、藺兆紗が本物であるという理由。確固たる過去を持っており、自覚しているからだ。
三矢はそこを突いての説得をする。
「女はお前のように成れなかった。それを知ってお前は、彼女から得られた力を人のために使いたかった。彼女が成れなかった事を、お前がして来たんだろ!」
何を分かっているという気持ちと、何をするべきかという気持ち。
折れないか。付き合うか。
「具体的にいやぁ、力を貸せ!お前の”時代の支配者”と、バードレイの”時代の支配者”。どっちが強ぇ?」
同じ読みをしても、違う意味を持つ。その事を三矢は問う。
「時代の全てを変えるバードレイに、お前は対抗できるか?」
「…………」
「答えを聞くまでもないです。三矢さん。私は賭けます」
「本気か?お前」
あろうことか敵を助けるだけでなく、より強大にすること。なんつーことだ。しかし、それもある。
「”時代の支配者”、バードレイは強い。それはこちらの想定以上の強さ。春藍くん達は彼女に負ける。だから、賭けている」
賭けるとは、勝つ可能性がわずかでもあるからの行いである。
つまり言っている事は、しなかったら負ける。終わる。
「あなたにこの管理社会の”時代”を託します。藺兆紗」
人類が出来うる事は残す。
「きっと、あなたは私達と同じく。人間が好きなのですから。行きましょう、三矢さん」
「ああ。正直、やべぇしな」
藺兆紗に託された物は、
「…………ふふふ、何処に行くという?」
人に渡るにはありえない代物であった。これほどの切り札をまだ隠し持っていたのか。
メモリースティックみたいな形状であったが、藺兆紗にしか使えない代物。
まるで、藺兆紗を”時代の支配者”とした時のために、作られていた物。
「私がこれをどう使うか、聞かなくて良いのか?」
「分かっています。バードレイを倒すために、あなたは必ず使うことを。でなければ、バードレイと戦う状態にならない」
「もし、お前がこれからの長い月日の中で忘れたらそれで良い。だがよ、お前を取り戻す奴がこっちにはいる。次、奴がお前と会う時に、きっとはお前はお前を取り戻す」
先を行く2人の敵。にも関わらず、光が見える。自分と同じ色で光るもの。
三矢は去り際に言う。
「あんたはそれでも酉さんに負けるよ」
管理社会の生みの親。それは1人ではない。また、管理社会とは管理人だけでもない。
もう1つの素晴らしき存在が、藺兆紗の力となる。そう作られていた。
「だが、戦うことで勝ち負けができる。あんたもまた作ったんだよ」




