遊戯
子供達の数はそんなにいなかった。でも、水羽や別の大人達も交えれば、それなりの数はいた。
「5人サッカーをしようよ!」
ボールこそは春藍が造ってくれたが、サッカーゴールは靴のかかと裏で地面をなぞって、高さ0のラインを書いて、自分達で作り出したもの。
「いくぞー!」
「こーい!」
子供達相手に手加減も必要であろうが、それでも、水羽のフィジカルは素晴らしいものであった。まず、相手にならない。パスされたボールに
スカッ
「あははは!空振りしてるー!」
「水羽さん、かっこ悪ーい!」
「手、手加減。ううん!足加減がムズイ!それだけだから!」
こーいう遊びを初めてやってみた水羽。
ボールをただ蹴って、決められたエリアに放り込むってだけ。というルールなのに。
奥深いんだなって感じる。全力でやれば確かに物理的に余裕だが、人の力量。ましてや、子供の力量に合わせるとなると力だけじゃなく、技術や団結の必要性を感じる。
「ボールのコントロールって難しい……」
パスの一つ。手加減もそうだが、相手に合わせて運ぶのって、意外にムズイ……。
トンッ
「あー!頭はいいの!?」
「手を使わなければいいの!」
ズーンッて来る痛み。ビビッて、目を瞑って、頭にぶつかったところは上手さなんてなく、ただ当てた程度。子供達がやった事を見て、水羽はこっちの方が真似しやすいと挑戦。
浮いたボールにヘディング
ドンッ
意外と勢いよく、ボールを弾き飛ばす。
「どーよ!」
「水羽さーん!あらぬ方向に飛ばしてます!」
「上手くパスしてよー!」
「あららら、ごめーん」
運動系の遊びに水羽が混じってくれることで、子供達はとても楽しんで、体が動いている事と遊びの楽しさを知れた。
そんな光景を並んで優しい顔で見守る、春藍兄妹。
「いいなぁ」
「お兄ちゃんも混ざれば?」
「違う違う。謡歌って、やっぱり。僕とは違って、人に優しくて、元気させられるよね。それが良いなぁって」
「でも、お兄ちゃんはみんなを護れるじゃん」
血の繋がった確かな兄妹。
似ているようで似ていない。互いにコンプレックスを持っていて、互いを敬う。
兄の春藍が妹の謡歌に、自分の心の中を少し語った。
「”護れる”って難しいんだよね」
「そうだよね」
「ううん、きっと。謡歌が思ったのは”護る”って事で、僕が今難しいって思う、”護れる”とは違うよ」
まるで分かったかのように、そして、本当にその通りだったのはなんだかんだ兄なんだろう。
妹も天然で勘違い属性だと分かっているのだろう。お前はもっと自覚しろよって、ライラと夜弧辺りは春藍に思うだろう。
話しやすいように。こうして、上手く話しを持っていく会話ができる。
「”護る”と”護れる”?」
「僕が思う”護る”のは、ただその時に使う。何かを護るための力のこと。”護れる”は、”護る”をどれだけ長く、揺るがなく、続けられるか。精神的な部分かな」
「……あー。そっか。お兄ちゃん、何かに意味がないとダメなんだ?」
「うん。分かってるね」
「そりゃね」
もう、こんな世界で。あんな結末を分かっている。
強さや確かなモノがあろうと、生きなきゃいけない自分を思って、謡歌に伝えること。
遙か前から遡って語れば、
「人が生きてるのって不思議だよね」
そんなところからであり、そんなところから意味を求めるのは無理なこと。
また、春藍にも分かってること。
「こーして謡歌と話す事が楽しく思えるし、水羽ちゃん達が遊んでいる光景を見ていると、壊しちゃいけない。そんな気持ちができるんだ。でも、もし。謡歌と話すことができず、別れて。こんな事を見てないでいたら、人の意味が靄に包まれて。僕もなんで生き延びたのか、迷ってしまう」
大切なものをちょっと見れた。
自分達が生き残ることは、こんな平和や穏やかな社会。
人類が滅んでも、護るべき規律というのがある。
「僕は誰かの命を護っても、救えても、それに意味はないよ」
春藍の言う事はきっと、多くの人から嘘だろって言われる事だろう。名医が命に価値などありませんと、住民全体に広めると同じくらい、とんでもないこと。
「でも、謡歌は不安に満ちた人々を元気付けて、生きている事を伝えてくれる。あんな風にこれからも生きていこうと、過ごせる人に向かわせるのは、医者でも技術者でもできないよ」
人として大切なこと。謡歌の方が優れて、伝えられるところを春藍はちゃんと見ていた。
もし、誰かを護りたい、大切にしたい。そんな気持ちを作り上げるとしたら、技術や力の云々ではなく、学びと感情が重要となっている。
寂しいという思いがどれだけ辛いか。死ぬってどれだけ怖いか。
でも、その分だけ。仲間と分かち合える事と、生きているという事が幸せであるかを知れる。
感じられることを謡歌は、人に与えられる。春藍にできない事で、それは潰えさせたくないと抱かされた。
「そんなに崇めないでよ」
「そーかな?ライラも夜弧も、できそうもないよ」
「うーん……」
「……………」
お兄ちゃんがいなかったら、もう全員。死んでいると言っていい。
返し言葉というお礼で繋ぐなら
「お兄ちゃんが護ってくれるから、私達なりにお兄ちゃんを護ってるんだ。人を護りたいって、抱いて欲しいから」
確かに、グータラな人間共を護れというのなら、真面目に釣り合わない話し。
良い人生をやっているから、こうして護られている。ただただ生き延びるだけじゃない。
「うん」
また世界を造り直すというのなら、支えあって、楽しんでいて、暮らしていることにしたい。
「やっぱり僕は好きだったんだって、改めて分かった」
「え?」
「こーいう平和。こーいう人の生き方を護っていきたい。それを謡歌達は見せてくれた」
あー、そーいう形ですか?みたいな、表情はどこかライラと似ていた謡歌であった。
手をとってもらっても、嬉しさが微妙である。
「僕はまだ先でも、こんな世界になる事を想い、成そうと生きていくよ。謡歌。僕が、やれることだね」
ありがとうって、人として言いたくて。冷たいなぁって、妹として言いたくて。
でも、涙を堪えているふり。
「泣いてる?」
「ううん。……いや、泣いてる。ごめん」
無理で
「私も。そーやって、お兄ちゃん達ともう少しだけでも、……いたかったよ」
よしよしと頭をなでて、涙はそのまま出させてあげる。
「大丈夫。気休めじゃなくて、謡歌はちゃーんと世界の中で生きているから。僕達と一緒だよ」
「ううっ、ひぅっ、うん……」
やっぱり、悲しい時に悲しんでいられること。
笑いたい時に笑うことが、とても温かいことなんだって、春藍はホッとしていた。
無理していた妹を見送るのが辛いとは思っていた。
「私、忘れないから。しないから。お兄ちゃん達をちゃんと覚えてるから」
「……うん」
「でも、子供達はきっと不安だから。忘れていてって、伝えちゃう。ダメなの分かってる。良くないよね。悪いよね、謡歌って悪い子だよ」
「そんなことないよ。謡歌が頑張って出した苦渋の選択でも、子供達がそれから頑張れば良いじゃないか。その頑張りを謡歌がする事じゃないか。大丈夫」
謡歌は、そーいう妹だよ。