Itinerary: 1日目 その1
困ったことに、雇い主である南条弥二郎は、時宗自身の叔父だった。
こんな真冬にサッポロに行く仕事なんぞ絶対に断りたい。なのに叔父は頑として時宗にこの仕事をやらせるつもりだ。理由は? そんなの簡単。時宗以外の人員は、黒岩敬樹という十七歳の見習いだけだからだ。
弥二郎にしてみれば、自分で厳寒の地へ行くのは御免こうむる。とすれば残りは時宗しかいない。
「な? とりあえず居場所はわかってんだ。行って、説得して、連れて帰る。簡単だろ?」
「簡単なら自分でやってくれよ」
「は~? この年寄りにそういう仕事やらせる? 見ろよ天気予報。今日のサッポロは最低気温マイナス二十度だってよ。信じらんねぇ」
「こういう時だけ年寄りぶるな。三十八は年寄りとは言わない。あんたはまだまだ男盛り。寒さなんて大したことない」
「大したことないって思うならお前が行け」
堂々巡りである。ヒマを持て余した探偵事務所、サッポロまで行かなくても、すでにここには寒風が吹き抜けている。ポンコツ掃除機の参改型は一週間前までコトコト歩き回っていたが、とうとう昨日は、呼びかけてもうんともすんとも返事がなかった。敬樹曰く、古すぎてパーツが見つからないそうな。
ボロい机のあっちとこっちで案件は行ったり来たり。ただひとり、敬樹だけが目を輝かせて成り行きを見守っている。
むっつりと二人が黙り込むのを待ち構え、敬樹は元気よく手を挙げた。
「はい! ぼくが一番若いです。ぼくが行ってもいいですか?」
「「お前はダメだ」」
「なんで~」
二人同時に否定されて口を尖らせる敬樹に、弥二郎が呆れた顔をした。
「未成年者の見習い送り込むわけいかねぇだろが。お前は留守番だ。っていうか学校どうした」
「やだなぁぼく通信だって何回言えばいいんですか。課題なんかとっくの昔に終わってます。だから行かせてくださいって。味噌ラーメン食べたい」
「ダメだ」
がっかりする敬樹を眺め、時宗は溜息をついた。
「……しょうがない。行ってくるか……」
時宗が折れた途端、満面の笑みで弥二郎が資料を広げ始める。
「土産は柳月の三方六な! あれ前にもらったら、クッソうまかった」
「買ってくるわけねぇだろ、ふざけんな」
「え~」
弥二郎に加えて敬樹にまで悲しい顔をされ、時宗はむすっと資料を覗きこんだ。
「仕事で行くんだ。土産なんか買って荷物増やすのは困る」
「ぶ~」
「ぶ~じゃない。次に食い物の話したら俺はこの案件から降りるからな」
冷たいな~と呟きながら、弥二郎は資料をガサガサやりだした。一枚の書類の向きを変え、時宗の前に置く。
身上書に写真はついていなかった。素っ気ない経歴からは、探す相手の性格は伺い知れない。
「今野海斗?」
とん、と指先で経歴を指さしながら、弥二郎が説明を始める。
「二十三歳だ。お前と同じ歳だな。サッポロ生まれ。今回は彼の祖父が依頼人だ。昔、娘の結婚に反対して喧嘩になり縁を切られたんだが、もうすぐ死ぬ段になって、一目孫に会いたいと」
「依頼人の娘……今野の母親は?」
「数年前、えぇと……ここに書いてある。五年前に病死してる。父親は……その後死んだとしか書いてないな。死因は不明。和解の機会がないままだったが、依頼人自身の肺晶が悪化して、ついに呼び寄せる気になったわけだ。遺産のこともあるしな。ただ、住所を調べて顧問弁護士が何度か封書を送ったものの、一度も返事が来ていない。宛先不明で封書が戻ってきたわけじゃないから、本人がそこに住んでる可能性は残ってる。で、誰か行って本人がほんとにそこにいるかを確認して、連れてきてくれないかと」
「なんで話をうちの事務所に持ってきたんだ? こっちの仕事にするほどじゃ……」
弥二郎は視線を上げた。椅子の背にもたれかかり、敬樹の持ってきたコーヒーに手を伸ばす。
「依頼人には他にも息子がいて、大っぴらに孫を探すとそいつに妨害されかねないって話だ。俺は……まあ……依頼人とちょっとした昔馴染みなんで、今回引き受けた」
時宗は腕を組んで難しい顔をした。
「『妨害』するほどの財産ってことか」
「そういうことだな。依頼人は以前弁護士をしていて、現在はいくつか会社の株を持っている。息子は依頼人の財産を使いつぶしつつ、別な事業をやっているんだが……」
「その息子が身代をつぶしそうな奴なら、突然現れた甥に遺産をかっさらわれるのは死活問題だろうな」
「そういうこと」
よくある話だ。時宗の身にも覚えがある。父親の顔を最後に見たのは専門院受験直前、十八歳の時だった。あいつは怒り狂っていて……その怒りの理由は、時宗が思い通りにならないから、という自分本位のものだった。
権力も、金も、すべては自分が動かすべきもの。時宗が何をしたいかを話したって無駄だ。そんなものに価値はなかった。あいつにとっては、時宗が父親に逆らって自分の意志を持った、その事実だけが問題だった。
最後に父親からもらったのは体が吹っ飛ぶほどの強烈なビンタで、時宗はそれから一度も家には帰っていない。縁を切った後に拾ってくれたのは弥二郎で、以来、時宗は彼の仕事を手伝ったりアルバイトをしたりしながら専門院を卒業し、そのままここで働いている。
弥二郎は何も言わず学費を援助してくれた。卒業できたのは弥二郎のおかげといっていい。
しょうがないんだよな。
専門院を卒業するにあたって、普通のところに就職しようかとも思った。でも結局時宗は、ろくに金にもならない酔狂な仕事を手伝っている。なんだかんだ楽しみながら。調査員を正式に始めてそろそろ一年、大体のことには対応できるようになってきていた。
そういや、弥二郎はどうして探偵事務所なんかやっているんだろう。
いつか聞こうと思いながら、ずっと謎のままだ。ま、いずれわかるだろうさ。
弥二郎は、資料をぽいと時宗に渡した。あとは適当に読んでおけということらしい。それを自分の歩行箱に放り込み、弥二郎に言う。
「経費はちゃんと出してくれよ」
「あいあい~」
手を振る弥二郎の後ろで、敬樹が事務所の端末の前に座り込んだ。
「明日の高速飛行艇の切符とりますよ。午前六時頃にハネダ発直行便の始発あるんですけど、窓側? 通路側?」
「……頼むから、もっと遅い時間にしてくれ」
「は~い、午前九時頃の便を予約しちゃいますね~」
てきぱき端末を操作する敬樹を恨みがましく横目で見ながら、時宗は考える。マイナス二十度って何着ていけばいいんだ? 足元も覚束ない未知の場所に行くわけだから、お粗末な装備じゃ多分凍死する。
時宗がのっそり立ち上がると、弥二郎は楽しそうに笑った。
「やる気まんまんだな」
「ちげぇよ。服と靴を買いに行くんだ。そっちも経費で落としてくれるんだろうな」
「ほ~い、領収書ヨロシク」
溜息をつくと、時宗は歩行箱を従えて事務所を後にした。




