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第6話 ホワイト・ウェイ・オブ・ディライト(輝く白い道)

僕は学校というものに通ったことがありませんでした。

当然、先生という人種に接することも一度もありませんでした。

農場の中には、学習棟という建物があって、授業やお勉強会は、そこでやるということをエリスが教えてくれたので、エリスと一緒に学習棟にやってきて、棟の中で一番広いラーニングルームに入りました。

その部屋には、個人の学習スペースが、低いパーティションで区切られていて、一人1台ずつの学習用モニターが設置されています。

既に、他の子どもたちとケンタロウさんとシンタロウさんは、席に着いて囁くような声で談笑していました。

僕は、適当に空いてる席に座ろうとしましたが、エリスが、こっちこっちと手まねきをしてくれたので、エリスが導いてくれた席に座りました。

その僕の隣の席にエリスは座ってくれました。

まるで、学園ものアニメの教室シーンを再現しているようです。すごくワクワクしています。

「やっと、お勉強会に来てくれましたね」

エリスとは反対側の隣の席に座っていたナイルさんが、話しかけてくれました。

ナイルさんは、農場の子供たちからは【ナイル母さん】と呼ばれています。

「すいません…お邪魔だと思って、引きこもっていました」

「エリスとルームシェアしてくれることになって、ほっとしました。お勉強会は、授業とは違うので、自由に勉強してくださいね」

そのナイルさんの言葉をきっかけに、お勉強会に参加している子供たちが、一人ずつ挨拶をしてくれました。

「アウラです。15歳です」

「ティファです。13歳です。同い年ですよね…マルコさんとは」

「ソネットです。ノンノ先生と一緒の11歳です」

まずは、女の子3人が名前を教えてくれました。

そして、男の子たち7人も僕の席の周りに集まってきました。

「ゴードンです。15歳…男子の中では最年長です」

「バクスターです。13歳です」

「クロッスです。クロって呼んでください…13歳です」

「サービスです。13歳です」

「モコです。12歳です」

「モリスです。9歳です」

「ジャックです。9歳です」

「来たときに挨拶はしていますよね。マリアです。年齢は秘密です。ちなみに永遠の処女という設定です」

最後に【マリア母さん】と子供たちから呼ばれている、この農場のオーナーのマリアさんが挨拶をしてくれました。

マリアさんは、たまに、アンさんから【マリラ】と呼ばれることがありますが、マリアさんは、名前を間違えることを嫌うようなので、僕は言い間違えないように気をつけています。

「よろしくお願いします」

「勉強でわからないことがあったら、私かナイル、ゴードン、アウラに聞いてくださいね」

「はい…そうします。ありがとうございます」

「今年卒業するのは、エリスだけだけど…あと2週間、一緒にしっかり勉強しましょうね」

「はい…僕…いえ、あたし…授業とか学校とか初めてで…」

「気にしないで…僕…でいいですよ。勉強は楽しむものですから、音を楽しむと書いて音楽っていうでしょ」

「え?あ、はい…」

確かに、音を楽しむのは音楽だけど…言い間違いかな?

「ちなみに、私は音楽と歴史の担当です」

そういうことか…歴史も苦手なんだよね…僕は…

「音楽は好きです…でも、歴史は…」

「だいじょうぶ、2週間あれば、牡羊座の歴史をぜ~んぶ睡眠学習できます」

「なるほど、睡眠学習なら好きです」

「ちなみに、ナイルは、地理の先生で、ゴードンは言語学。そして、アウラは医療科学専門です。今、この場にはいませんが、他の教科はすべてアンが受け持っています。

この農場にいる間は、たくさん、勉強していってくださいね…遊びはほどほどに…ですよ」

「はい…すいません…来てから、ずっと遊んでばかりで」

「シンタロウやエリスにあちこち連れていってもらってて、もう行くところはないと聞いてますよ…」

「あの…マリア先生…マルコさんは、お客様なので…それくらいで」

エリスが、言葉を返せずにいた僕の様子を察してくれました。優しいです。

「そうですね…そうでしたね…」

「ノンノ先生…授業を始めてください」

エリスが、教壇でニコニコしているノンノ先生に、そう声をかけました。

うぁ、しっかり【授業】って言ってるし…【お勉強会】と言っていたのに…大丈夫かな?ここの勉強…授業についていけるか、不安でしょうがありません。

「エリスさん、助かります。では、授業を始めます。今日は特にマルコさんを集中的に差します…覚悟してください」

やだやだやだ…完全に、パワハラ宣言しちゃってるし…そういえば、僕がレッドと仲良くしているので、なんか危険な視線をずっと感じていたけど…ノンノちゃん…仕返しとかしてきたらどうしよう…

そして、ノンノ先生は宣言通りに、その日は課題の解答を僕に求めてきましたが、辛うじて答えることのできる範囲の課題問題だったので、事なきを得ました。

「基礎学力は身についているようね…安心しました…明日からは、もっと高度な授業になります…覚悟してください」

どうやら(覚悟してください)は、ノンノ先生の口癖のようでした。何度聞いても心臓には悪いのですが…


「どうでしたか?私の初授業…」

「あの…お勉強会と聞いていたので、ちょっとびっくりしました」

お勉強会という名前の授業が終わると、ノンノ先生が、すぐにやってきて声をかけてくれました。

「いえ…ほら、授業とかって言ってしまうと、マルちゃん、絶対来ないだろうなと思って…」

「エリスさん…嘘はいけませんが、グッジョブです。ファインプレイです。さすがです」

「だよね、だよね…あ~ノンノちゃんにそう言ってもらえて、ホントに嘘言って連れてきてよかった」

「あの~やっぱりお勉強会というのは…」

「うん…嘘です。マルちゃんには、私たちの学び舎に、どうしても来てほしかったから」

エリスはとても嬉しそうに笑っています。

「でも、ちゃんと数学的考え方ができてるのは素晴らしいです。独学であの知識を?」

「猫は、大人になるのがヒトよりも早いですから…生まれてすぐに、本だけはいっぱい読んでます」

エリスとノンノ先生に質問責めになっている時も、遠巻きに、3人の会話に加わろうとしている子供たちが何人もいました。

なんか、学園アニメの転校生シチュエーションを体験している感覚です。

「ずっと、一人で7日間も部屋にいて、退屈しなかったんですか?」

「退屈なんて、感じたことないんです。僕、3年かけて銀河鉄道に乗って、この12星座銀河に来たので…7日間くらいで寂しいって思ったら、とっくの昔に旅の途中で死んでます」

「あれ?…さびしくて死んじゃうのはウサギさんよね、猫じゃないわ」

「そうです…僕はウサギじゃないので、寂しいとかはあんまり感じないんです。大丈夫です。ノープロブレムです。モーマンタイです」

アリエス星人ではない人も何人かいたようなので、僕は大丈夫だということを強調しました。

どちらかというと、たくさんの人の中にいるほうが大丈夫じゃないです。

「あたしたちみんなが、マルコちゃんと友達になりたいって思ってたから、今日こそはって、エリスに頼んで、授業に連れてきてもらったの」

アウラさんが、抱き着きそうな勢いで急接近してきてから、僕に言いました。

その後は、とにかく質問責めです。

「3年間もひとっりぼっちだったの?」はティファさん。

「エリスにいたずらされたりしてなかった?」はソネットさん。

「勉強会は嘘だったけど、この後、卒業式は本当にあるし、その前に、みんなでお花見会もするのよ。屋台もいっぱい出るから、一緒に楽しみたいわ」

そして、アウラさんがついに僕を抱きかけて頬ずりをします。

「セーラさんとは、どんな関係なの?」

「彼氏か彼女はいるの?」

「ネコ族は、ペガスス座にはたくさんいるの?」

もう、どの質問から答えていいかわからないくらい、たくさんの質問がたくさんの子どもたち…特に女子3人から投げられましたが、なんとなく、いろいろと誤魔化しながら答えました。


この農場の学び舎…学習棟で、僕が新しい出会いを経験している時に、アンさんが僕たちがいる部屋に来ました。

「みんな、ちゃんと勉強してる?子猫の解剖とかしてないよね?」

いきなり怖いことを言うアンさんです。アンさんの想像、妄想の中で、いったい僕は何回解剖されちゃったのか不安になります。

「アンさん…セーラさんは…」

「安心して!透明のダイヤモンド!!!無事にゲットできました~」

「ほんとですか?」

「すぐにセーラからも通知が来ると思うよ…いまは、その透明なダイヤモンドのダイヤちゃんと、ずっとおしゃべりしてるから…マルちゃんには知らせないとと思って探してたの…まさか、授業受けてたなんて、びっくりだよ」

「エリスに誘われちゃって…」

「え?」

「エリスに、お勉強に行こうって騙されてついてきたら、この教室でがっつり数学の授業を受けることになっちゃいました」

「ちょっと、マルちゃん…エリスは、エリスで、私はアンさん…って、おかしくない?」

え?そこ?アンさん、そこに突っ込んでくるの…と思ったので

「あ…エリス…さん…に誘われました」

「まぁ…それはどうでもいいわ」

と、どうみても、どうでもよくは見えない表情でアンさんは言います。

「水瓶座エリア88で、透明なダイヤモンドと、セーラのフランス人形と、セーラのキーワードの全部が見つかったわ…セーラとレッドたちアシさんチームは、そのダイヤモンド…ダイヤちゃんが、過去の語り部であると言って、魚座の過去になにがあったのか…水瓶座に移住した後、その遺跡で何が行われてきたかを、今、一生懸命ヒアリングしているわ」

「一気に謎の全てが解けたんですね…凄い」

「う~ん、謎は深まったかもしれないよ…今わかってるのは、双児駅に銀河鉄道が乗り入れ可能になっているということだけ…あとは、ロミオに会って図書館の開かずの扉を開けてもらう…」

「図書館の開かずの扉…ですか?」

「だいたいの物語では、こういう時に開かずの扉が存在するでしょ…ま、その時のキーワードは、オープンセサミよ」

やっぱり、アンさんは事実と創作を一緒にしてるっぽい…ほんとのところは、やっぱりあとでセーラさんに聞いてみたほうが良さそうです。

「ということで、あと1週間もすれば、アンズレッド初号機も完成しそうだってセーラが言ってくれたから、もうすぐ、セーラもこっちに戻ってくるよ…良かったね、マルちゃん」


それから1週間が経過して、いよいよ、農場から白羊駅への桜並木は、満開の見ごろを迎えたのです。

「プリンセス・マルコ…今日は、一日お付き合いをしてほしいです」

毎日の授業で顔を合わせることになって、毎日、おしゃべりをすることがあたり前になったシンタロウさんが、そう言って誘ってくれたのです。

しかも、エリスとノンノちゃんと3人でおしゃべりをしているところにやってきて、堂々と男らしく誘うのです。

「ごめん…今日は、マルちゃんの新しいブーツを買いに3人で、ショッピングに出かける計画なの」

僕が返事をする前に、エリスが、丁寧にお断りをしてくれました。

「ブーツなら、僕がプレゼントします。もう、桜も満開で、明日には、セーラさんも戻って来るなら、一緒にいられるのは、あと一週間もないじゃないですか」

「だいじょうぶよ、あたしの卒業式まではいてくれる約束だし…明日にしたら?」

「プリンセス・マルコ……今日はダメですか?」

「だから…今日は予定があるのよ」

エリスはわざとらしく怒った表情を作ってシンタロウさんに言います。

「あの…エリスとノンノちゃんが良ければ…今日は…ええと…」

もじもじしていた僕は最大限の勇気を振り絞って、他の人に聞き取れるはずの最小限の小さな声を絞り出しました。

「なぁに…女の友情より、デートを取るってこと?」

「エリスったら…行かせてあげましょ…マルちゃん、なんか行きたがってるみたいだし…あたしたちに申し訳なさそうにもしてるし」

ノンノちゃんが、僕の声を代弁してくれました。

「ごめん、ごめん…いいよ、今日は、シンちゃんと一日楽しんできて…意地悪言ってごめんね…

でも、卒業式の前に、ブーツのプレぜントはさせてほしいから、ショッピングはリスケってことでよろしくね」

「あ…もちろんです。ブーツ楽しみです…【カフェ1888】ですよね」

「ということで、シンちゃん。デートの許可はします。でも、ブーツはあたしたちが買ってあげるので、プレゼントは他のにしてね。マルちゃん…ショルダーバッグを1個しか持ってないっていうから、バッグとか買ってあげると喜んでくれると思うよ」

「了解です…バッグ買います」

「ついでで構わないから、あたしにはコスメセット、ノンノには、トリミングセットを買ってくれると、マルちゃんが喜ぶわ…よろしくね」

「了解です…コスメセットとトリミングセット買います」

シンタロウさんは、なんか、エリスの操り人形のようです。どれくらい深い仲なのかは…ちょっと想像できません。

「では行きましょうか?プリンセス…背中に乗ってください」

シンタロウさんは、その長くて細い足を折って、僕が飛び乗り易いように背中を低い位置に下げてくれました。

僕は、少し屈伸してから足に力をこめてその背中に飛び乗ります。

「今日は、馬車は使わないのでしっかりつかまっててください…」

「はい…よろしくお願いします」

「行ってきます。エリス様、ノンノ様…お二人も楽しんでください」

立ち上がったシンタロウさんは、二人に会釈をすると、桜並木の中央をゆっくりと歩き始めました。

「このまま、白羊駅まで散歩します。寄り道したいところがあればどこにでも行きますから言ってください」


これって…ドライブデート?じゃなくて、ライドデートっていうのかな?

シンタロウさんの銀色のタテガミが風に揺れて僕の顔に当たります。僕の癖っ毛は、こんなにサラサラになることはないので、ちょっと羨ましいです。

何度か白羊駅に行った時は、馬車に乗ってシンタロウさんやケンタロウさんに連れて行ってもらったけど、こうやって、シンタロウさんの背中に乗って桜並木を歩くと、その桜の花弁の一つ一つがキラキラと輝いているのがわかります。

桜という木は、花が咲いた後に葉が生い茂る性質を持っているので、今は葉のまったくない花と花の間から陽の光が漏れ落ちて、たくさんの穏やかな光線が何本も石畳に向かって伸びています。

その桜色に乱反射してキラキラと輝く無数の光のラインの中をシンタロウさんは、今はゆっくりと歩いてゆくのです。

「僕と同じ景色を、プリンセスには見て欲しかった」

「とっても綺麗…シンタロウさんは、いつもこの素敵な光の中を歩いたり走ったりできるんですね」

「今の季節だけですけどね」

「でも、桜の花が散っても、次は桜の葉がまた、この光の道を作ってくれるんですよね」

「そうですね…秋の楓並木もプリンセスに見てほしいです」

「シンタロウさん…ちょっと止まってもらってもいいですか?」

「はい…プリンセス」

シンタロウさんは、僕のお願いを聞いて、立ち止まってくれました。

「写真…撮りましょ」

「うん…そうですね…後1週間…卒業式には、きっと散り始めてしまうかもしれません…雨になるかもしれません…今が大チャンスです」

僕は、シンタロウさんの背中から降りると、桜並木の石畳の道で、両手を大きく上に広げてポーズを取りました。

シンタロウさんが、その僕の姿を写真に収めます。

「綺麗に撮れましたよ」

すかさず、シンタロウさんは撮った写真を僕に見せてくれます。

「グループチャットでシェアしますか?」

「どうしよう…シンタロウさんはどうしたいですか?」

「…」

「シェアするかどうかは、後で決めましょ…シンタロウさんの彼女さんに見られたら困るでしょ」

「僕には彼女とかいないんで、全然大丈夫です…プリンセス・マルコ」

「あの…そのプリンセス…すごく嬉しいんだけど…マルコでいいですよ」

「…」

「みんな、ここでは【マルちゃん】って呼んでくれてるし」

「…」

「呼びづらいなら…プリンセスじゃなくて…【ちびマルコ】でもいいですよ…僕もこれからは【シンちゃん】って呼ぶし…たぶん…シンタロウさんがイヤじゃなければですけど」

「…」

「やっぱり、シンちゃんは馴れ馴れしいかな?」

「そんなことないです…シンちゃん…OKです」

「写真は、二人だけでシェアしましょ」

「了解です。もっと写真撮ってもいいですか?あの…マルちゃん…」

「うん!もちろん…この星を出た後もシンちゃんのこと思い出せるように、僕にも撮らせて」

そして、ツーショット写真も何枚か撮影して、二人で撮った写真の感想を言いながら、僕は、ふっと上のほうを見あげました。

「あの桜の木に僕が上るから、桜の花に囲まれた僕を撮ってくれる?」

「もちろん!」

「あ…スカートだから、飛びあがる時は、目をつぶっててね」

「もうつぶってるよ」

「ありがとう…マルコ行きます」

僕は、両足に力を蓄え、そのまま一気に一本の桜の木のてっぺんに飛び上がりました。

「もういいよ~~大丈夫?ズームなら写せる?」

「あっというまだね…とりあえず…1枚」

「うん…これでもネコ族だから、ジャンプは大得意…え?」

なんと、写真を1枚撮ったあと、シンタロウさん…シンちゃんは、桜の木のてっぺんにいる僕の目の前に瞬間移動しちゃったのです。

「サクラ・プリンセスだね」

シンちゃんが、そう言って撮影した写真を見せてくれました。

「せっかくだから、ここでもツーショットを」

そして、桜の花の中に埋もれて二人でツーショット写真…

(ケンタウロス族は、空を飛べるんだ)

ということを僕は思い出しました。

「僕が空中に浮いてる状態なら、桜の木に傷をつけることはないから安心して…さすがにマルちゃんみたいに枝に乗ったら折れちゃうけど…マルちゃんは木登りが得意なんだね」

「うん…木登り大好きだよ」

「ほんとは、ヒト族を乗せて空を飛ぶのは禁止されてるんだけど…マルちゃんは、ヒト族じゃないから…」

「え?どういうこと?」

「よかったら、僕が見てる景色…マルちゃんにも見てほしい。だから、もう一度背中に乗ってほしい」

「うん」

空中にホバリング中のシンちゃんの背中に僕は飛び乗りました。

僕がしっかりとシンちゃんの腰に両手を回してバックハグの体制を取ったことを確認したシンちゃんは、そのまま、空高く飛び上がったのです。

真下には、桜色が途切れることなく続く桜並木が白羊駅へと向かって美しく伸びています。

「ホワイト・ウェイ・オブ・ディライト…」

そんな言葉が、思わず口をついて出ました。

「桜並木…下から見るか…横から見るか…どっちも僕は好きだけど…この上から見下ろす桜並木が、僕は一番好き…今日は天気も最高に良かったし授業もお休みだから…マルちゃんに、この風景を写真や動画ではなく、直接、その目で見てほしかったんだ」

「うん…ありがとう…すごく素敵…綺麗…そして、とっても優しい風景」

「たくさんのことをバーチャルで実体験できる今だからこそ、ほんとうの風や、ほんとうの桜の色や桜の花の匂い…ほんとうの自然がどんなものか…

バーチャルの世界で出会ったセーラさんに会うために、そして、触れ合うために、長い年月を乗り越えてきたマルちゃんになら、きっと…この実際に触れることのできる自然の良さをわかってもらえると思ったんだ」

確かに上空は、すごく風が吹いていて、優しい春の風を感じることができます。

高速で移動することもたぶんできるはずのシンちゃんは、僕を振り落とさないように…そして強い風を受けさせないために、ちょっとゆっくりめで空を飛んでくれていることがわかりました。

「もっと…いっぱい風を感じたい…あの桜並木の中を全速力で飛んでほしい…そして、白羊駅のもっと先まで連れてって欲しい…できれば、あの雪山の先まで」

僕は、思わず、今願ったことを口にしていました。

第3章 第6話:ホワイト・ウェイ・オブ・ディライト(輝く白い道)(後半)

「白羊駅の先……あの雪山の先まで行っちゃう?」


シンタロウは風の中で爽やかに笑うと、銀色の髪をなびかせました。


「了解、サクラ・プリンセス。振り落とされないように、僕にしっかり捕まってて!」


シンタロウが空中で姿勢を低くした瞬間、ガツンと身体が押し出されるような加速感が僕を襲いました。

「わあぁぁぁっ!」と声を上げながら、僕は夢中でシンタロウの腰にギュッと両手を回してしがみつきます。


桜のトンネルの上を、まるで一筋の銀色の彗星になったみたいに僕たちは飛び抜けていきました。

眼下に広がる、どこまでも続くピンクと白のグラデーション。春の冷たくも心地よい風が、僕の猫耳と髪をかすめて吹き抜けていきます。バーチャルな映像ではなく、肌を刺す風、桜の甘い香り、そして目の前に広がる圧倒的な本物の自然——。


「どう、マルちゃん!?」

「最高……! 最高だよ、シンちゃん!!」


僕たちは白羊駅の上空を越え、遠くに見える残雪の美しい山々を目指して、夢中で空を駆け抜けました。


……けれど。

楽しい時間というのは、どうしてこうもあっという間なのでしょうか。


空旅を満喫して、僕たちが地上——カフェ『1888』の前の桜並木へと舞い降りた時のことです。

着地の勢いで少しバランスを崩した僕を、シンタロウが正面から優しく抱きとめ、背中から降ろしてくれました。ちょうど、シンタロウが僕をギュッと抱きしめるような体勢(バックハグからの正面ハグ!)になった、まさにその瞬間でした。


「……待て、シンタロウ。その手は……その手はなんだぁぁぁぁっ!!」


地鳴りのような怒号が街中に響き渡りました。

ウエスト59cmの筋肉を激しく収縮させ、目から血走らせたケンタロウさんが、地響きを立てて猛ダッシュで突進してきたのです!


「やば……! ケン兄に見つかった! 逃げるぞ、プリンセス!」

「ひゃあぁぁっ!? だからプリンセスじゃないですー!!」


シンタロウさんに横抱き(お姫様抱っこ!)で抱え上げられた僕は、そのまま白羊のメインストリートを爆走することになりました。

「待ちやがれシンタロウ! マルコ殿の背中は俺の定位置だぞっ!」「兄貴、乗り物扱いは失礼でしょ! 街中で馬脚を露わすのは紳士の恥だからねー!」というケンタウロス兄弟の不毛すぎる喧嘩に巻き込まれ、街の人々は「あらあら、今日も仲が良いわねぇ」と微笑ましく手を振っています。


(全然微笑ましくないよぉぉぉっ!!)


逃げ惑う僕たちが飛び込んだのは、満開の桜が舞い散るカフェ『1888』の前でした。


その時です。


頭上から風を切る爽やかな音が響き、空から一筋の綺麗な青い光のラインが降り注ぎました。


「——そこまでよ、馬の男子たち!」


パンッ!と軽快な音が響き、ケンタロウさんとシンタロウさんの足元に小さな衝撃波が弾けました。

足を止めた二人が見上げた先……桜の木々の隙間から舞い降りてきたのは、実体化したセーラーブルーとイエロー、そして——胸にフランス人形『エミリー』を抱き、風に長い髪をなびかせたセーラさんでした!


「セーラさん……!!」


「ただいま、マルちゃん! 戻ってきたわよ!」


着地したセーラさんは、僕に向かって眩しい笑顔を弾けさせました。

その左手には透明に輝くダイヤモンドのネックレスが揺れ、水瓶座での試練を乗り越えた威厳と、どこか吹っ切れたような晴れやかなオーラを纏っています。


「おいおい……水瓶座の女神様のご降臨かよ。兄貴、ここは一時撤退だ」「む、むぅ……セーラ殿がお戻りになられたのなら致し方ない……」

セーラさんの圧に押されたケンタウロス兄弟は、互いに顔を見合わせると、そそくさと去っていきました。


「ふう……助かりました、セーラさん。本当に……あっという間の3週間でしたね」

「うふふ、マルちゃんが男の子たちにモテモテで大変そうだったから、急いで帰ってきたのよ。……それとね、見せたいものがあるの」


セーラさんが合図を送ると、実体化した4人のAIアシスタント(レッド、ブルー、イエロー、ホワイト)が同時に端末を操作しました。

すると、街の両脇に並ぶ桜の巨木たちが、一斉に光を帯びて輝き始めたのです。


ハラハラと舞い散るピンクの花びらが、セーラの持つ『透明なダイヤモンド(ダイヤ)』、アンの『黄金のリンゴ(1888)』、そして『瑠璃ラピスラズリ』の3つの波動と共鳴し、石畳の道の上に「純白の光の軌跡」を浮かび上がらせました。


「これは……! 赤毛のアンの作中に登場する……『ホワイト・ウェイ・オブ・ディライト(輝く白い道)』……!」

後ろから駆けつけてきたアンが、息をのんでその光景を見つめました。


「ええ……アンが解読してくれた詩的コードと、3つの鍵が揃ったことで、歴史から消されていた『双児駅』への真のレールが可視化されたの。この光の道こそが、双子座へ繋がる特別な線路よ!」


桜吹雪と純白の光が交差し、まるで世界全体が祝福してくれているような幻想的な光景が広がります。


「……綺麗……」

いつの間にか隣に立っていたエリスが、うっとりとその光を見つめていました。その胸元には、農場の仲間たちから贈られた『卒業記念の花束』が抱えられていました。


「エリスちゃん……卒業、おめでとう」

セーラさんが優しく声をかけると、エリスは少し目頭を熱くしながら、固い決意を込めて頷きました。


「ありがとうございます、セーラさん。私……この輝く白い道を見て、心が決まりました。マルちゃん、セーラさん……私を、次の星へ……外の世界へ連れて行ってください!」


白羊の春が最高潮を迎える中、消された駅の座標は完全に特定され、僕たちの旅は次なるステージ——双子座ジェミニへと向かって、眩い光を放ち始めたのでした。


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