序章:激動前夜の目覚め
目が覚めると、私は豪奢なベッドの上にいた。
頭が割れるように痛い。
おまけに、視界が妙に狭く、呼吸が少し苦しい。
「…ここはどこだ?」
声を出そうとして、喉が震えた。
自分の声ではない。
高貴で、しかしどこか線の細い少年の声だ。
「――嘉仁親王殿下! お目覚めになられましたか!」
慌てて駆け寄ってきたのは、着物姿の女官たちと、立派な髭を蓄えた軍服姿の男だった。
鏡を見せられて、私は絶句した。
そこに映っていたのは、端正だが、どこか病弱そうな顔立ちの少年。
(嘉仁親王…? 大正デモクラシーの、あの大正天皇か!?)
私は令和の世で、しがない歴史オタクのサラリーマンだった。
過労で倒れたはずが、まさか100年以上前の、しかもよりによって「悲劇の天皇」と語られがちな大正天皇に転生してしまうとは。
「殿下、百日咳の予後は順調にございます。しかし、明治の御代を支えるお身体、どうかご無理はなさいますな」
軍服の男――明治天皇の側近が重々しく頭を下げる。
(そうだ、大正天皇は生後間もなく脳膜炎を患い、生涯にわたって健康問題を抱えていたんだ…)
歴史の知識が頭を駆け巡る。
未来の私は、激務と病の悪化によって、若くして摂政(のちの昭和天皇)に席を譲り、表舞台から消える運命にある。
さらに、この時代の先には「第一次世界大戦」「関東大震災」、そして日本が破滅へと突き進む「昭和の戦争」が待っているのだ。
(待てよ。私は未来を知っている。そして今、この国のトップになる権利を持っているんだ)
現代の医療知識(手洗いうがいの徹底、栄養バランス、適度な休息)を取り入れれば、この病弱な身体だって変えられるかもしれない。
そして何より、大正天皇は本来、「ものすごく気さくで、国民を愛した自由人」だったはずだ。
「…あー、うん。皆、心配をかけた。私は大丈夫だ」私は慣れない宮中言葉を使いつつ、ベッドから起き上がった。
「これより、まずは体力をつける。それから、世界の情勢を学びたい。英語とフランス語の教科書を持ってきてくれ」
女官たちが「殿下が自ら進んで勉強を…!」と涙を流して感動している。本来の大正天皇は、厳格な教育(特に漢文や軍事)に苦しんだと聞く。
なら、現代の効率的な学習法と、未来の国際感覚をミックスして、最強の皇太子になってやろうじゃないか。
「父上…いや、陛下にも、お伝えしてくれ。私は、この国を新時代へと導く覚悟ができました、と」
カーテンを開けると、まだ高い建物のない、美しい東京の青空が広がっていた。
病弱? 影が薄い? 遠くなおる(遠くなおる=大正天皇の崩御後に贈られた言葉)。
そんな未来は、私の知識とこの新しい人生で、絶対にひっくり返してやる。
近代日本を裏から、いや、表から救う「大正無双」の幕開けだった。




