第55話『それぞれの場所』
映画の撮影が一時休止に入った日。
芸能界は別の“動き”を見せていた。
結衣には新しい仕事が入っていた。
「お菓子メーカーのCM?」
真優が台本をめくる。
「しかも単独」
結衣は固まる。
「単独……?」
美優が短く言う。
「個人としての評価が上がってる証拠」
結衣は嬉しいより先に不安が来る。
「映画と違う意味でプレッシャーなんですけど……」
真優が笑う。
「でもこれ、かなり大きい案件だよ」
結衣は台本を見る。
そこには明るい笑顔の女の子。
「……私にできます?」
美優は即答する。
「できるかじゃなくて、やる」
シンプルすぎる圧だった。
一方その頃。
白石凛。
そして、もう一人。
藤崎麗華。
二人は同じスタジオにいた。
M&M COMPANYとは別のプロジェクト。
自社ブランドの広告撮影。
麗華が軽く髪をかき上げる。
「結衣ちゃん、CM決まったらしいね」
凛はカメラテストを受けながら答える。
「そうみたい」
麗華は笑う。
「ライバル増えるね」
凛はカメラ越しに一瞬だけ視線を上げる。
「別に」
麗華は楽しそうに続ける。
「でもさ、あの子、伸びるタイプだよ」
凛は何も言わない。
ただ、カメラに向き直る。
シャッター音。
パシャ。
その瞬間、凛の表情が変わる。
プロの顔。
圧倒的な安定感。
麗華は小さく呟く。
「……やっぱりあなたも化け物だよね」
——同日。
結衣はCM撮影スタジオに立っていた。
お菓子メーカーの明るいセット。
カラフルな背景。
スタッフの声。
「じゃあいきまーす!」
カメラが回る。
結衣は笑顔を作る。
しかし——
ぎこちない。
「カット!」
監督がすぐ止める。
「結衣ちゃん、ちょっと硬いね」
結衣は苦笑する。
「すみません……戦場じゃなくてお菓子なんですけど……」
スタッフが笑う。
でも結衣は本気で混乱していた。
(映画と全然違う……)
“演じる”じゃない。
“自然な自分”を出す仕事。
それが一番難しい。
三テイク目。
また止まる。
真優が小声で言う。
「今の凛なら一発だな」
結衣は固まる。
(比べるな……)
でも、勝手に頭に浮かぶ。
凛の集中力。
麗華の余裕。
(みんな、違う場所で戦ってる)
その時だった。
スタッフが言う。
「少し休憩入れましょう」
控室。
結衣は椅子に沈む。
「これ、映画より難しいかも……」
そこへメイクスタッフが言う。
「結衣ちゃんってさ」
「映画のときより“素”のほうが難しいタイプだよね」
結衣は苦笑する。
「それ、褒めてます?」
「褒めてる」
その頃。
別スタジオ。
凛と麗華の撮影は順調に進んでいた。
凛は無駄のない動き。
麗華は空気を支配するような笑顔。
監督が言う。
「この二人、バランスいいね」
麗華が笑う。
「ね、結衣ちゃんに見せたい」
凛は少しだけ間を置いて言う。
「見せなくていい」
麗華が吹き出す。
「相変わらずだね」
凛は淡々と続ける。
「今はそれぞれでいい」
その言葉に、麗華は少しだけ真顔になる。
「……そっか」
同じ頃。
結衣は再びカメラ前に立っていた。
深呼吸。
(これは戦いじゃない)
(でも逃げ場もない)
カチン。
「スタート!」
結衣は笑う。
今度は少しだけ自然だった。
“作った笑顔”じゃない。
小さな成功。
監督が頷く。
「今のいいよ」
結衣は小さく息を吐く。
(違う場所でも、ちゃんと戦ってる)
その実感が、少しだけ心を強くした。
夜。
結衣はスマホを見る。
凛のCM撮影記事。
麗華との共演写真。
(すごいな……)
でも、不思議と焦りは少し減っていた。
それぞれの場所で、それぞれの戦い。
そしていつか——また交わる。
結衣はそう思った。
第56話へ続く。




