第46話 『天野結衣、デビューの日』
パリ。
WORLD FASHION COLLECTIONが大成功を収めてから数日後。
M&M COMPANY本社。
日本では別の物語が動き始めていた。
朝。
モデルレッスンルーム。
天野結衣は鏡の前に立っていた。
深呼吸。
そしてもう一度。
深呼吸。
緊張していた。
ものすごく。
「大丈夫?」
隣から声がする。
結衣の同期モデルだった。
「う、うん……」
全然大丈夫じゃない。
手が震えている。
心臓もうるさい。
今日は特別な日だった。
結衣の初仕事。
人生初のモデルデビュー。
全国発売されるファッション誌。
その撮影日だった。
数か月前。
何も持っていなかった。
芸能経験もない。
モデル経験もない。
自信もない。
そんな自分を。
M&M COMPANYは拾ってくれた。
美優が言ってくれた。
『もう頑張ってるから』
あの日の言葉。
今でも忘れていない。
撮影スタジオ。
スタッフが準備を進めている。
カメラ。
照明。
衣装。
大勢の人が動いていた。
結衣は入口で固まった。
「大きい……」
想像以上だった。
テレビでしか見たことがない世界。
本当に自分がここにいる。
それだけで信じられなかった。
「天野さんですね?」
スタッフが声をかける。
「は、はい!」
思い切り声が裏返った。
周囲が少し笑う。
結衣は真っ赤になった。
その時だった。
スタジオ入口が少し騒がしくなる。
スタッフたちが振り返る。
「え?」
「社長?」
「美優さん!?」
結衣も振り返る。
そして固まった。
そこにいたのは美優だった。
その後ろには真優。
さらに麗華までいる。
「み、美優さん!?」
結衣は驚いた。
「どうして?」
美優は首を傾げる。
「応援」
即答だった。
真優が笑う。
「今日は結衣のデビューだからね」
麗華も腕を組む。
「見届けに来た」
結衣の目に涙が浮かぶ。
まさか来てくれるなんて思わなかった。
「泣かない」
美優が言う。
「うぅ……」
「メイク落ちる」
結衣は慌てて涙を拭いた。
真優が笑いをこらえている。
撮影開始。
結衣はカメラの前へ立つ。
緊張。
不安。
プレッシャー。
全部ある。
カメラマンが声をかける。
「リラックス」
「はい」
しかし。
身体が硬い。
表情もぎこちない。
何度も撮り直しになる。
結衣は落ち込んだ。
やっぱり自分には無理なのかもしれない。
その時。
スタジオの隅。
美優と目が合った。
美優は何も言わない。
ただ。
小さく頷いた。
それだけだった。
でも。
不思議と落ち着いた。
結衣は深呼吸する。
一回。
二回。
三回。
そして。
もう一度カメラを見る。
「……よし」
シャッターが切られる。
カシャ。
カシャ。
カシャ。
空気が変わった。
カメラマンが顔を上げる。
「いい!」
スタッフも反応する。
「今のいい!」
「すごく自然!」
結衣自身も分かった。
今までで一番自然だった。
緊張している自分ではなく。
夢を追う自分を見せればいい。
そこからは早かった。
笑顔。
ポーズ。
視線。
どんどん良くなっていく。
撮影終了。
スタジオから拍手が起こる。
「お疲れ様!」
結衣は思わず座り込んだ。
終わった。
本当に終わった。
すると。
美優が近づいてくる。
「お疲れ様」
結衣は立ち上がる。
「どうでしたか?」
少し不安そうな顔。
美優は答える。
「良かった」
結衣の目が輝く。
「本当ですか?」
「うん」
短い言葉。
でも。
結衣には十分だった。
その日の夜。
M&M COMPANY本社。
結衣の撮影写真がモニターに映る。
スタッフたちも驚いていた。
「初仕事とは思えない」
「伸びるね」
「将来楽しみ」
結衣は照れていた。
だが。
その時。
美優が言った。
「ここからだよ」
全員が静かになる。
デビューはゴールじゃない。
スタートだ。
結衣も頷く。
「はい!」
その目には。
入社した頃よりも強い光が宿っていた。
新人モデル。
天野結衣。
この日。
一人の少女が。
本当の意味でモデルとしての第一歩を踏み出した。
そして――
その才能は少しずつ。
世界へ向かって歩き始めていた。
第47話へ続く。




