第98話 『放送の日』
CM収録から二週間後。
美優は朝から落ち着かなかった。
スマホを見る。
時計を見る。
またスマホを見る。
その繰り返し。
母親にまで言われた。
「朝から何回時計見てるの?」
「分かんない……」
それくらい緊張していた。
なぜなら――。
今日。
スポーツドリンクCMの初放送日だった。
―――
事務所。
真優、葵、玲奈も集まっていた。
美優本人の希望だった。
「一人で見るの無理」
その一言で決まった。
そして。
放送時間まであと数分。
美優はソワソワしていた。
真優が笑う。
「収録の日より緊張してない?」
「してる」
即答だった。
葵も苦笑する。
「珍しいね」
玲奈も頷く。
「美優さんらしくありません」
「だって全国放送だよ!?」
美優が叫ぶ。
その気持ちは皆分かっていた。
―――
そして。
放送開始。
四人はテレビを見つめる。
バラエティ番組。
CMに入る。
一つ目。
違う。
二つ目。
違う。
三つ目――。
突然。
画面いっぱいに青空が映った。
美優は息を呑む。
走る少女。
汗。
笑顔。
そして。
スポーツドリンクを飲む姿。
間違いない。
自分だ。
「うわああああ!」
思わず叫ぶ。
真優たちは笑う。
CMは十五秒。
だが。
美優にとっては一瞬だった。
―――
放送終了。
数秒の沈黙。
そして。
「凄かった!」
真優が最初に言った。
葵も頷く。
「爽やかだった」
玲奈も笑顔だ。
「本当にCMみたいでした」
「CMだよ!?」
美優がツッコむ。
全員が笑った。
緊張が吹き飛ぶ。
―――
しかし。
驚きはここからだった。
美優のスマホが鳴り続ける。
通知。
通知。
通知。
通知。
「え?」
SNSだった。
CMを見た人たちの投稿。
『この子誰?』
『笑顔可愛い』
『新人声優らしい』
『気になる』
どんどん増えていく。
美優は目を丸くした。
「すご……」
真優たちも驚く。
全国放送の影響は想像以上だった。
―――
その夜。
事務所から連絡が入る。
マネージャーの声は少し興奮していた。
「美優さん」
「はい?」
「CMの評判がかなり良いです」
美優は固まる。
「え?」
「企業側も喜んでいます」
嬉しい。
本当に嬉しい。
頑張った時間が報われた気がした。
―――
電話を切った後。
美優は窓の外を見た。
少し前まで。
真優の背中を追いかけることが多かった。
でも。
今日の仕事は違う。
自分だけで掴んだ仕事。
自分だけで立った現場。
そして。
自分だけで得た評価。
もちろん。
仲間の支えはあった。
けれど。
最後に頑張ったのは自分自身だった。
美優は小さく笑う。
「もっと頑張ろう」
新人賞。
CM。
そしてこれから先の夢。
まだまだ叶えたいことはたくさんある。
そんな時――。
スマホが鳴った。
事務所からのメール。
件名を見た瞬間。
美優は目を見開く。
『新規CMシリーズ出演オファーについて』
「え……?」
まさか。
もう次の仕事が――。
美優の新たな挑戦が。
静かに始まろうとしていた。
第98話 完




