第79話「選ぶ前の時間」
夏休みが近づくにつれて、大学のキャンパスは少しだけ静かになっていた。
講義のない廊下は、時間がゆっくり流れているように感じる。
玲緒菜は図書館の窓際に座っていた。
ノートにはレポートの下書きと、もう一つ。
『妹・真衣のこと』
小さく書かれたそれを、何度か見直している。
玲緒菜 「まだ悩んでるのかな」
小さく呟いて、ペンを止める。
そのときスマホが震えた。
『今週、いつもの集まり』
龍也。
玲緒菜 『行く』
即答。
結衣の家。
リビングには、まだ真衣のパンフレットが残っている。
真衣 「ねぇお姉ちゃん」
結衣 「うん」
真衣 「あの人たちってさ、なんであんなに普通に集まってるの?」
結衣 「普通に見える?」
真衣 「見えない」
結衣 「だよね」
結衣は少し笑う。
結衣 「でも、普通にしようとしてるわけじゃないと思う」
真衣 「どういうこと?」
結衣 「たぶん、“そうなっちゃった”だけ」
真衣 「なにそれ」
結衣 「説明むずい」
駅前のカフェ。
瑠姫愛はコーヒーを飲みながら、スマホを見ていた。
瑠姫愛 「真衣ちゃん、どうだった?」
結衣 「まだ迷ってる」
瑠姫愛 「そりゃそうだよね」
雷斗 「決める必要あるのか?」
瑠姫愛 「あるでしょ」
雷斗 「ない場合もある」
瑠姫愛 「それが一番困る」
少しだけ沈黙。
雷斗 「決めるのは本人だろ」
瑠姫愛 「わかってるよ」
夕方。
駅前の広場。
六人が集まる。
龍也 「今日早くね?」
結衣 「たまたま」
一将 「暇だっただけだろ」
龍也 「言い方!!」
雷斗 「事実だ」
瑠姫愛 「落ち着いて」
玲緒菜は少しだけ笑う。
玲緒菜 「真衣ちゃん、まだ悩んでるみたい」
結衣 「うん」
龍也 「高校選びってそんな迷う?」
結衣 「迷うよ」
一将 「当たり前だろ」
龍也 「お前ら全員真面目すぎるんだよ」
瑠姫愛 「あなたが雑なだけ」
龍也 「やめろ!!」
歩き出す。
いつもの道。
でも、少しだけ話題が変わっている。
結衣 「選ぶってさ」
一将 「うん」
結衣 「怖いよね」
一将 「普通だ」
結衣 「またそれ」
一将 「でも、選ばなきゃ進まない」
結衣は少しだけ黙る。
結衣 「うん」
玲緒菜は前を見ながら言う。
玲緒菜 「選ぶ前の時間って、たぶん一番大事なんだと思う」
龍也 「また重いこと言った」
玲緒菜 「そう?」
龍也 「そうだよ」
でも誰も否定しない。
夜。
グループチャット。
『次いつ?』
龍也。
玲緒菜は少しだけ間を置いて返す。
『また今度』
すぐ既読。
『了解』
短い会話。
でもそれで十分だった。
真衣は部屋でパンフレットを見ている。
その横に、小さく書かれたメモ。
「まだ決めなくていい」
真衣 「……ほんとにそうなのかな」
小さく呟く。
でも、その声は少しだけ前より落ち着いていた。
選ぶ前の時間は、まだ続いている。




