第67話「あと一週間」
二月下旬。
卒業まで、 あと一週間。
☆
教室。
窓の外には、 まだ冷たい風。
でも。
少しだけ春の匂いが混ざり始めていた。
☆
黒板の端。
“卒業まであと7日”
誰かが書いた文字。
☆
龍也
「うわ、マジであと一週間じゃん……」
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椅子へ倒れ込む。
☆
瑠姫愛
「急に実感湧くやつやめて」
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結衣は黒板を見る。
少しだけ寂しそうに笑った。
「終わるんだね、高校」
☆
教室の空気は、 少し独特だった。
受験が終わった人。
まだ結果待ちの人。
そして――。
進級できなかった人。
☆
今年。
三年A組、35人。
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そのうち。
進路決定者、26名。
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残り9人。
留年。
☆
重い数字だった。
☆
もちろん。
誰かを笑える空気なんてない。
この学校は進学校。
受験競争も厳しい。
ギリギリで耐えていた生徒も多かった。
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担任が教室へ入ってくる。
いつもより少し静かだった。
☆
担任
「……はい、HR始めるぞ」
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全員が席へ着く。
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担任は出席簿を閉じると、 少し教室を見渡した。
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「お前らも知ってると思うが」
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空気が静まる。
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「今年は、かなり厳しい結果になった」
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誰も喋らない。
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「進路決定したやつ」
「まだ結果待ちのやつ」
「来年もう一年頑張るやつ」
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担任はゆっくり続ける。
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「立場は違っても」
「このクラスで三年間やってきた事実は変わらない」
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結衣が静かに前を見る。
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「だから」
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担任
「最後くらい、変な空気作るなよ」
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短い言葉。
でも。
その意味はみんな分かっていた。
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教室の後ろ。
留年が決まった男子が、 苦笑いする。
「先生、それ逆に気遣われるとキツいっす」
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少しだけ笑いが起きる。
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担任
「じゃあ笑っとけ」
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男子
「雑」
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空気が、 少し柔らかくなる。
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玲緒菜はその様子を見ていた。
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受かった人。
受からなかった人。
進める人。
立ち止まる人。
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春は平等じゃない。
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それを、 今、この教室は痛いほど知っていた。
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休み時間。
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龍也
「……なんか複雑だな」
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珍しく静かな声。
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瑠姫愛
「うん」
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結衣
「喜びづらいっていうか……」
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一将は窓の外を見る。
「でも、俺たちが気を遣いすぎるのも違う」
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雷斗
「落ちた側が一番キツくなる」
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玲緒菜は少し頷く。
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その時。
教室後方から声。
「おーい、京大組」
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雷斗と玲緒菜が振り返る。
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クラスメイトの男子。
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「卒業したら頭いい生活してくれよ」
☆
龍也
「なんだよ頭いい生活って」
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男子
「知らんけど」
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教室に笑いが起きる。
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そして。
別の女子が玲緒菜を見る。
「玲緒菜、補欠から逆転ほんとすごかった」
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玲緒菜
「いや……運も大きかったよ」
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女子
「それでも掴んだの玲緒菜じゃん」
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少し照れる。
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その時だった。
教室後ろ。
留年が決まった男子が、 ぽつりと言った。
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「……ちょっと羨ましいわ」
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空気が止まる。
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男子は苦笑いした。
「いや、嫌味じゃなくてさ」
「お前ら、ちゃんと頑張り切った顔してんだよな」
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誰もすぐ言葉を返せない。
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男子
「俺、途中で逃げたし」
「だから来年はちゃんとやる」
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龍也
「……」
☆
男子は笑う。
「だから来年、お前ら大学生になったら飯くらい奢れ」
☆
龍也
「そこは抜け目ねぇな!?」
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爆笑。
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でも。
その笑いの奥には、 少しだけ悔しさが滲んでいた。
☆
玲緒菜は思う。
☆
受験は残酷だ。
努力しても届かないことがある。
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でも。
だからこそ。
掴めた春には意味がある。
☆
放課後。
夕陽の教室。
☆
誰もいなくなった教室を、 玲緒菜はぼんやり見ていた。
☆
ここで笑って。
ここで泣いて。
ここで焦って。
ここで未来を考えた。
☆
あと一週間。
☆
長かった高校生活が、 終わろうとしていた。




