第50話 「もう一度」
十一月。
朝。
空気が冷たい。
☆
学校へ向かう道。
吐く息が白くなり始めていた。
☆
受験まで、 もう数か月。
☆
時間は、 止まらない。
☆
玲緒菜は早朝から教室へ来ていた。
篠田玲緒菜
誰もいない教室。
静かな朝。
☆
机へ参考書を広げる。
京大数学。
☆
E判定以降。
玲緒菜は少し変わった。
☆
焦って、 無理に詰め込むのをやめた。
一問ずつ。
丁寧に。
☆
雷斗の言葉が、 ずっと頭に残っていた。
——焦って崩れたのに、また焦るな。
☆
玲緒菜は深呼吸する。
問題を見る。
式を書く。
☆
前より、 少し落ち着いていた。
☆
その時。
教室のドアが開く。
雷斗だった。
武田雷斗
玲緒菜が驚く。
「早っ」
「お前も」
☆
雷斗は玲緒菜の机を見る。
「数学か」
「うん」
☆
少し沈黙。
そのあと。
雷斗が静かに言った。
「前より丁寧」
玲緒菜が少し止まる。
☆
「……分かる?」
「字で分かる」
「怖いんだけど」
☆
でも。
少し嬉しかった。
☆
雷斗は席へ座る。
赤本を開く。
☆
静かな朝。
二人とも、 黙って問題を解く。
☆
でも。
その空気は、 前より少し穏やかだった。
昼休み。
屋上。
☆
結衣がパンを食べながら叫ぶ。
結衣
「共通テストまで70日!?」
龍也が笑う。
龍也
「数字にすると怖いな」
☆
瑠姫愛も苦笑する。
瑠姫愛
「十月終わるの早すぎる……」
☆
一方。
一将はいつも通り。
天野一将
結衣が見る。
「なんでそんな平常運転なの」
「慌てても減らない」
「正論やめて!」
☆
でも。
その冷静さに、 少し救われる部分もある。
☆
結衣が小さく言う。
「……怖いけど」
「ん?」
「なんか、前より逃げたくはないかも」
☆
その言葉に、 一将は少しだけ視線を向けた。
☆
「強くなったな」
結衣が止まる。
「……急にそういうの禁止」
「事実」
☆
顔が熱い。
でも。
ちょっと嬉しい。
☆
放課後。
自習室。
☆
玲緒菜は再び京大数学を解いていた。
☆
難しい。
でも。
以前ほど止まらない。
☆
途中で詰まる。
でも。
考える。
整理する。
☆
その時。
「そこ」
雷斗が横から見る。
「条件一個抜けてる」
玲緒菜が見返す。
☆
「あっ」
本当だ。
☆
玲緒菜は少し笑った。
「最近ちょっと解けるようになった気がする」
雷斗が短く答える。
「積み上げたから」
☆
その言葉が、 静かに胸へ落ちる。
☆
E判定は怖かった。
かなり苦しかった。
でも。
☆
あの時、 折れなくて良かった。
☆
夜。
帰り道。
冬に近づく風。
☆
玲緒菜が空を見る。
「……もう十一月か」
雷斗が隣を歩く。
「早いな」
☆
少し沈黙。
そのあと。
玲緒菜が小さく笑う。
「でもさ」
「ん?」
「前より、“受かりたい”って思う」
☆
前は、 ただ憧れていた。
でも今は違う。
☆
本気で、 そこへ行きたい。
☆
雷斗は静かに言った。
「なら行け」
玲緒菜が笑う。
「簡単に言う」
「簡単じゃない」
☆
でも。
その声は、 ちゃんと信じていた。
☆
受験は怖い。
何度も揺れる。
でも。
揺れたあと、 また立ち上がればいい。
☆
彼らは少しずつ、 本当の受験生になっていく。




