第25話
⸻
春の風が、ゆっくりと校庭を渡っていった。
王立学園の鐘が、高く澄んだ音を響かせる。
入学式は滞りなく終わり、生徒たちはそれぞれの教室へと向かい始めていた。
新しい制服。
新しい関係。
新しい日常。
けれどリシェリアにとって、この場所は“初めて”ではない。
何度も知った未来。
何度も見た破滅。
——そして。
すべてを選び直した場所。
「……静かね」
廊下の窓辺に立ち、彼女は外を見下ろした。
中庭では新入生たちが楽しそうに話している。
笑い声。
緊張した声。
期待に満ちた空気。
本来ここには、もっと尖った視線があったはずだった。
嫉妬。
警戒。
敵意。
けれど今は、どこにもない。
「探しましたよ」
振り返ると、フィアナが小走りで近づいてきた。
「クラス分け、見ました?」
「ええ。全員同じ棟ね」
「奇跡じゃないです?」
「いいえ」
リシェリアは微笑む。
「努力の結果よ」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
半年前。
すべては、前世の記憶から始まった。
自分が悪役令嬢であると知った日。
破滅の未来を理解した日。
そして——。
「全部折ろう」
そう決めた日。
思い返せば、忙しい日々だった。
フラグ一覧作成。
事件の先回収。
誤解の排除。
味方の増加。
気づけば周囲には、守りたい人たちが増えていた。
「お二人とも」
落ち着いた声が割り込む。
セシルだった。
「殿下がお待ちです」
「もう来てるの?」
「当然のように」
廊下の先。
アルヴィンが壁にもたれて立っていた。
視線が合うと、わずかに表情が緩む。
「迷子かと思った」
「学園初日から失礼ですわね」
「君ならあり得る」
「否定できないのが悔しいわ」
自然な会話。
昔から続いているような距離。
だが半年前までは、こんな未来を信じられなかった。
「……アルヴィン様」
「どうした」
「始まりましたね」
彼は少し考え、静かに頷く。
「ああ」
そして続けた。
「だが、これは誰かに決められた始まりじゃない」
リシェリアの手をそっと取る。
「君が選んだものだ」
胸の奥が、温かく満ちる。
未来は決まっているものだと思っていた。
シナリオは変えられないと。
けれど違った。
運命は——。
回避するものではなく。
選び直すものだった。
遠くで笑い声が上がる。
ルークが誰かに振り回されている声。
ノエルが魔法理論を語り始める気配。
セレティアが的確に場をまとめている様子。
仲間たちの日常が、もうここにある。
「ねえ、リシェ」
フィアナが小声で言う。
「これって、ハッピーエンドですか?」
リシェリアは首を横に振った。
「いいえ」
一歩、前へ進む。
教室の扉に手をかける。
「これは——」
振り返り、微笑む。
「始まりよ」
扉を開く。
光が差し込む。
新しい物語。
新しい関係。
新しい未来。
もう誰にも決められていない世界。
リシェリア・フォン・アルヴェインは歩き出す。
悪役令嬢としてではなく。
自分自身として。
「――さあ、新しい物語を始めましょう」
こうして。
選び直された未来の第一章は、静かに幕を閉じた。
そして——。
本当の物語が、ここから始まる。




