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「キモい」~とある学生の復讐劇~  作者: マサシゲ


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9/9

「キモい」9

 シャワーを浴び身なりを整えた僕は制服姿で通学路を歩いていた。晴れた青空のようにとても気分がいい。こんな気持ちはいつぶりだろうか、と自ずと口端が上がっていく。


「おいくそ野郎!」


 そんな僕に水を差すどころか泥水をぶっかけるように後ろから聴き慣れた声がする。僕が冷ややかな目で後ろを振り返ると、佐野が顔を真っ赤にして走ってきていた。面倒な奴が来た、と僕がそんなことを考えながら視線を進行方向に戻し、数歩歩いたたところで思いっきり肩を掴まれた。そのままの勢いで転ばないようにバランスを取ると否応なしに佐野と体が正対する。


「なにすんだ」


「うるせぇ、この前の件のケリが付いてないぞ!」


「この前って、いつだよ」


「昨日だ! あんなもんで殴りかかってきやがって!!」


 僕自身は静久先生との『話し合い』で終わったと思っていたが、佐野はそうではなかったらしい。佐野が僕の制服の胸倉を掴み、フェンスに押し付けてくる。


「しつこいな、やめろって…」


「誰がやめるか! 謝るまでやめないぞ!!」


 目を見開いて怒鳴り散らす佐野を見て僕は埒が明かないと確信する。なら「能力」を試してみるか、とおもろに佐野の両手首を掴み力加減を考えながら、その手を引っぺがす。同時に何かが折れる鈍い音がした。


「は? ああああ!?」


 佐野の顔が一瞬で怒りから苦悶の表情に変わる。佐野の両手があらぬ方向に曲がっていたからだ。


「手が、手がぁ!?!?」


 僕から手を放し、ひざを付き悲鳴を上げている佐野を見下ろす。


「おい、こっち見ろ」


「ひっ!?」


 僕はひん曲がった両手を見つめたまま喚いている佐野の髪の毛を掴むと、無理やりこちらを向かせる。佐野の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。ふと、こんなやつと毎度毎度トラブルになっていたのか、と脳裏に過り筆舌したがい愉悦が僕の中に沸き上がってきた。


「ひどい顔じゃん。何時ものつまらないギャグを連呼してるお調子者はどこいったんだよ」


 僕がそんな言葉を浴びせても、佐野は「あー」と聞き苦しいうめき声しか上げない。これ以上ほかの言動は取れなさそうだった。僕の中の気持ちの高止まりが一気に急降下し広がる白けた気持ちの赴くままに、佐野の髪から手を放すと共に額に向かって指でっぽうを向けた。


「おっと、これじゃ汚れるか」


 僕は母さんの時を思い出して佐野から距離を取る、そして間髪入れずうめき声を上げる佐野の額に穴を開けてやった。肉塊が鈍い音を立ててその場に崩れる。僕は全身を見渡したが、汚れてはなさそうだ。


「あー、くだらな」


 まるで付き物が落ちたような心の身軽さを得た僕は、笑顔でその場を離れようと歩を進める。肉塊の後ろの壁に赤黒い花が咲いていた。





 いつもと同じ時間に家を出たことで学校にはいつもと同じ時間に到着した。朝礼前の騒がしさの中、僕はいつもの通り教室に入り席に着く。ふと視線を感じてそちらにちらり目をやると、少し離れたところで音川と田澄を含む女子グループがたむろしているのが見える。最初こそ二人は談笑していたが、僕の視線に気づくとふっと笑顔が消え、あからさまにお互い顔を近づけまるで貴族が扇子で口を覆うが如く口元を手でかくしてひそひそ話を始めてるのが見えた。僕はそれに不快感を示す意味で睨みつけてみたが、二人がそれをやめる様子はない。


「クソが」


 僕は小さく毒づいて二人から視線を外し、周囲を見渡す。まもなく朝礼の時間だが、相変わらず教室内は騒がしい。そして佐野の席は空っぽのままだ。まぁ当たり前だが。すると教室の前の扉から制服姿ではない人間が入ってくる。


「朝礼やるぞ、みんな席に付け~」


 静久先生が教卓の後ろに立ち号令をかけると、クラスメイト達がとろとろと自らの席に向かい始める。全員が座ったところで朝礼を告げるチャイムが鳴り響いた。みんなの視線が静久先生に集まるが、当の本人はどこか厳しい雰囲気を醸し出している。


「今日は少し話がある」


 静久先生がそう切り出した後、わずかに言葉が詰まったように見えた。が、すぐに口を開く。


「今朝、―佐野が亡くなった」


 その幾分トーンの下がった静久先生の一言に教室中がざわめくが、少し間を開けて静久先生が話を続ける。


「どうやら誰かに襲われたらしい」


 その言葉に激しくなるざわめき、朝礼中にも関わらず各々が前後左右のクラスメイト達に体を近づけて言葉を交わしていた。一方の僕はそんなこと意に返さず、微かに口端を上げながら静久先生を見つめる。静久先生は「静かに、静かに」と皆を落ち着かせるように手をかざしている。


「落ち着いてくれ、しばらくは安全のために集団登下校にする。学校はもちろん警察やPATとも連携を取って安全を確保するそうだ」


 動揺を隠せないクラスメイトたちに言い聞かせるように、静久先生が声を張り上げた。


「大丈夫、みんなの安全は必ず守る」


 その一言が僕の中に強烈な違和感、続いて怒りを呼び起こした。守る? 僕がどうなっているか知らないはずがない。佐野なんかよりも、もっと前からやらないといけないことがあるだろう。ふざけてる、馬鹿にしている。そう思いながら僕は思わず拳に力を籠める。今だったらなんだってできる。そうだ、いっそ…。


「―殺しましたからね」


 僕の音量の大きすぎる独り言に、クラスメイト全員の視線が僕に注がれた。


「今なんて言った…?」


「今朝、昨日の件でごちゃごちゃ言ってきたんで殺しました」


 僕は座り心地の悪い椅子にもたれたまま、呆然としている静久先生へ目を合わせずに言い放つ。前後左右のクラスメイトが学習机や椅子を引きずって離れていくのを感じとりつつ、静久先生の両足が近づいてくるのが視界の端に入った。


「立て」


 静久先生の冷たく、動揺も混じった声に僕は気だるそうに従う。それでも静久先生とは顔を合わせない。耳障りの良いことしか言わない人間の顔なんかどうでもいい。


「来い」


 そう言って静久先生が僕の右腕を掴む、がすぐに勢いよくそれを振り払う。僕の勢いが強すぎたのか、静久先生が後ろによろけて真横にある学習机にぶつかった。机をぶつけられたクラスメイトが恐怖の表情で思わず立ち上がる。


「おい、何するんだ!」


 静久先生が怒りの表情で僕の両肩へ掴みかかるが、僕は動じずに先ほどよりも強い力で静久先生を吹き飛ばす。吹き飛ばされた静久先生が教卓に音を立てて激突し床に突っ伏した。そして僕の周りのクラスメイト達が一斉に立ちあがって後ずさりを始める。


 一方の僕はゆっくりと床に倒れたままの静久先生の元へ歩み寄った。見下ろされた静久先生は苦悶の表情を浮かべている。


「みんなを守るとか都合良すぎでしょ。ずっと前からこのクラス、問題があったんですけど。それは無視ですか?」


「な、何の話だ…?」


「音川、田澄、あいつらの方がよっぽど問題でしょ。騒ぐだけの佐野なんて可愛い方だ」


「何のことかわからな―」


 僕はとぼける静久先生の腹部に思いっきり蹴りを叩きこむ。当然静久先生はうめき声をあげた。


「僕がひどい扱いを受けてること、知ってるはず。でも放置した、クラスがまとまるならそれでいいって思ったんでしょうけど」


「そ、そんなわけないだろ! 私だって何とかしようとして…!」


「なら、なんで最初に相談した時にあんなこと言ったんだよ!! 多めに見ろだぁ!?」


 僕はまた静久先生の腹部を思いっきり蹴り上げた、今度は何度も何度も。そのたびに静久先生がうめきながら体をくの字の折り曲げる。


「お前のやる気がなかったんだろ! 僕さえ犠牲にすればクラスが上手くまとまるって考えたんだろ!! なぁ、なぁ!!」


 五回以上は蹴っただろうか、僕が蹴るのをやめると静久先生は口から血を流して動かなくなっていた。一瞬教室が不気味な静寂に包まれる。


「ころ、したの?」


 クラスメイトの一人から蚊の鳴くような声がした。僕がゆっくりと声の主へと首を傾けると、そこに音川の姿があった。今までに見たこともない憔悴した顔をしている。


「ああ」


 僕は笑みを浮かべて音川達の方へ体を向け、小さく両手を広げて見せる。


「他のみんなも知ってたよね? 音川達がなにやってたか」


「し、知らないって!!」


「気づかなかったんだ!!」


 クラスメイト達が口々に無関係だと否定する、必死に首を振る者もいた。僕はそんなクラスメイト達の様子に、口端が下がる。そんなわけがない、絶対みんな知ってる。知っててなにもしなかったんだ。面倒事に関わりたくないから、所詮は自分が大事なんだ。


「おい、今のうちに逃げようぜ…」


「あれ? 開かない!?」


 僕が話している間、数名のクラスメイトがひっそり逃げ出そうと教室の後ろのドアに手をかけた。しかしドアはびくともしない。当たり前だ、僕が『塞いだ』んだから。


「―あんた謝りなさいよ!!」


「ちょっと、やめて!?」


 するとクラスメイト達を黙らせるかの如く、彼らの中から音川の声と共に一人、僕の目の前にはじき出されてきた。田澄だった。はらはらと涙を流しながら呆然と立ち尽くしている。教室が静まり返る中、僕はクラスメイト達を見渡し、まるで生贄の如く放り出され立ちすくんでいる田澄の元に歩み寄ると頭に向かって指でっぽうを作る。


「やだ、やだ…」


 次の瞬間、田澄の頭がはじけ飛んだ。指でっぽうを作っていた右手を中心に、顔までヌメヌメした赤黒い液体が纏わりつく。その瞬間教室中から悲鳴が上がった。クラスメイト達はパニックを起こしながら、開かないドアや窓をこじ開けようとするもの、教室の隅に集まって逃れようとするもの各々が見苦しい行動を見せはじめる。その様子を僕は笑みを浮かべながら眺めた。


「ハハ…」


 僕は近場の学習机を片手てひょいと掴むと、手短なクラスメイトに向かって振り回した。「ギャッ」とカエルが潰れる時のような声と共に机の角が頭に当たって赤黒い液体を吹き出しながらクラスメイトが倒れる。次に机を右に左に雑に振り回してクラスメイト達を殴打していく。饐えた鉄の匂いが教室に充満し始めるが、僕はたいして気にならない。僕はそのまま学習机を逃げまどうクラスメイト達に振り下ろしていった。


 時が経ち教室の中は壁も天井も赤黒い液体と臓物が飛び散り、クラスメイト達だったものがそこら中に転がっているような有様になっていた。その中で小さく震えているものが一つ。音川だ。壁を背に座り込んだ彼女は赤黒くなった体を震わせ変な笑い声を上げながら目を見開いているが、その焦点はあっていない。


 僕はそんな音川を見るなりしゃげて赤黒くなった学習机を放り棄てる。音川が音に反応して体を跳ねさせるが、笑い声をあげるのはやめない。その姿に僕は急に虚しさを覚えた。こんな情けないやつが怖かったという事実に、嫌気が心に入り込んでくる。僕は静かに、笑ったままの音川の頭を踏みつけた。


「あばよ」


 僕は静かに、まるで虫でも踏みつぶすかのように足に力を込め、壁に赤黒い花を咲かせさせた。まるで僕の心の憂さ晴らしを表すかのように。





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