貸店舗の事情
時間がかなり空きましたが、更新です。
連れられるまま案内された『鰻屋』は明らかに高級店だった。
暖簾もさることながら、私たちが着くのを見越していたかのように丁度いいタイミングで店先に妙齢の女性が立っていたのだ。
上品な着物に美しく結い上げられた髪。
「ようこそ。一室ご用意しておりますから、案内しますわ。お役所の方が以前より見かけなくなって、寂しかったんですよ」
冗談めかして話す姿に肩の力が抜ける。
緊張をほぐすのが目的のような、そんな声かけだった。
「いやぁ、役所も色々と厳しくて。でも今回は『正し屋案件』なんで、全員特上鰻尽くしで」
「あらまぁ。それなら、お土産付き特上鰻尽くしなんていかがです?」
「お。それは助かりますな。家族に持って行ってやったら喜びますんで」
穏やかに会話をしながら店の暖簾を持ち上げ、私たちを店内へ。
店内はカウンターやテーブル席がまず目に入ったけれど、奥には廊下が伸び、その左右にはしっかりとした襖が。
「ちゃんと防音用の部屋を用意してありますよ。ついて来てくださいな」
背を向けて店内を泳ぐように優雅に進む女性の後ろをついていく。
気になるのはお客さんだ。
様々な人がいて、やはり人ではない見目を持っている者も多い。ただ、全員が美味しそうに目の前の料理に舌鼓を打っていたり、メニューを眺め唸ったり相談したりとそれぞれが楽しそうにしているのが印象的だった。
私が周囲を見ていることに気づいているのであろう女性がくすくすと笑う。
「お嬢さん、こっちには来たばかりで?」
「あっ、はい。ごめんなさい、不躾にみてしまって」
「かまいませんよ。今日は危ないお客さんいらっしゃいませんから。でも、こんなに初々しい人間のお客さんは久しぶり。主人にいつも以上に腕を揮うよう伝えておきます」
パチンと器用にウインクをした女性は廊下の突き当りにある木製扉へ手をかけた。
突き当りには部屋が一室しかないようだ。
「どうぞごゆっくり。これを机へ。中は掘りごたつになっていますからゆるりと足を寛げて下さいね」
集住さんに渡したのはお洒落な置物。
まるで観光地にある自分で鳴らす鐘のようなオブジェだった。
「お料理ができ、扉の前に立ったら鐘がなりますので、お手数ですが扉を開けて下さい」
慣れた様子で笑顔を浮かべ受け取った集住さんは部屋の扉を開けた。
中は新品と思われる畳と立派な座布団。
掘りごたつ式になっていて、窓からは中庭が見えた。
中庭には立派な紅葉が一本。
室内に花などがないので、窓の向こう側が一つの絵にも見えた。
「綺麗な部屋ですね……上品」
「うふふ。でしょう? ここは拘った部屋なので、気に入って頂けて嬉しいわ」
ではごゆっくり、そんな風に柔らかく入室を促す声に靴を脱ぎ部屋へ。
踏みしめた畳は程よい弾力と懐かしくも清々しいイグサの香りに包まれる。
「いやぁ、相変わらず素晴らしい! さて、注文は終わっているので、早速話をしましょう! 飯の前に小難しいことは終わらせなくては」
ご機嫌で弾むような声と共にテーブルへ置かれたのは契約書と間取り図。
それらを広げ終わったところでチリンと鐘の音が。
扉を開くとお茶とお茶菓子を持った女性が微笑んでいたので頭を下げ、私と帳記は契約書を覗き込む。
といっても、契約書自体は出されていた条件と変わりない。
「……もう少し、安くならないか」
扉が閉められ密室空間になった瞬間、帳記が口を開いた。
これ以上安く? と口から出かかったが、飲み込んだ。
ちらりと表情を伺えば大家である遠野さんが口を開いた。
「一万、いや、五千円くらいなら値下げしても……あ、待った。その前に確認させて欲しい。この場所を『事務所兼住所』とするってことは、住むんだな?」
「ああ。契約が終わり次第、そうなる。元々いた場所は間借りしていた」
軽く頷いて、そのまま遠野さんから視線を向けられる。
「私は会社は勿論、暮らしていた家もなくなったので。帳記のせいで」
「俺は悪くない」
「悪くはないかもしれないけど、最大の要因の一つでしょ。でも、私たちがそこで暮らすだけで家賃やすくするって少し変わってますね。普通、事務所の使用料と成果酢スペースの料金って別にしそうですけど」
不利になると思いつつ尋ねると遠野さんは肩をすくめて、そのまま両手を自身の後ろへ。
「あの物件は特別っつーか、事故物件だから早いこと『入居者』を入れたかったんだ。ついでに言えば、その入居者にも適正っつーのがある。えり好みするのは人だけじゃなく、建物である物件もなんだ。なんでか、人間は自分が選ぶ側だって思っている節があるけどねぇ」
「あ、迷い家がどうのっていうのに繋がってるんですね」
「そゆこと。俺らは生まれながらに色々な姿かたちで生まれる。豪邸って呼ばれるレベルならデカいし、洋風なら金髪みたいな。和モダンとかいうやつならハイカラって感じでね。普通の家はその時代でも平均的な能力と住んでる人間の影響をモロに受ける」
住んでいる人間、といわれて思い描いたのはマイホームを建てたばかりの新婚夫婦。次に長く暮らしている老夫婦。
「経年劣化や手抜き工事とかだと体調不良になる、とか?」
「もちろん。メンテナンスとかしてくれてるなら、健康でいられるけど……景気が悪かったり、中身が悪けりゃね。わかりやすいのは、建物自体が崩れるとか、取り壊し、あと全焼するとか『家』の体裁が保てなくなると明確に死ぬってことになるな」
ここで疑問が。
事務所にする建物は残っているのに、話の流れから建物の『主』は彼ではないのが気にかかる。複雑な事情があるのだろうか、と考えていると帳記が口を開いた。
「事務所自体はお前ではない、親族である事は知っている。先ほどの話から行けば、その当事者が出てくるべきではないのか」
「そ、それはですね……」
どう説明したものかと集住さんが汗を拭って視線を四方へ散らせる。
気まずい雰囲気が流れ始めたことを感じつつ視線を遠野さんへ向けると特に気にした風もなく、お茶を一口飲んで口を開いた。
「一応、俺らは生きている。迷い家ではあるし、家に関する特殊能力もある。だが、完全に繋がってるわけじゃない。家が燃えて死ぬことはある。だが、回避する方法もあるんだ」
「燃えた家を消火するとかですか?」
「まぁ、それも一つ。ただ、全焼しても『移す』ことができるパターンもあるかな。家の消失や破損による死は広く知られているが、実はその逆もあり得る」
まどろっこしい言い方だな、と思ったのは私だけでなく帳記もだったようだ。
「面倒だな、はっきり言え」
「──元の管理者である俺の父親は、自殺した。元々、この建物は現世にあったんだ」
「自殺?」
帳記の問いに遠野さんは肩をすくめる。
「最初の会社は良かった。次、その次と経営者が変わって、最終的に数人が建物内で命を絶った。よくある話だが、中身が死ぬ前に色々とあったんだ。お陰で、三階は潰したよ……あれは、使い物にならなかった。普通の自殺ならいい。でも、呪い代行だか詐欺だかをする連中に使われたせいで穢れが染みついてたからな」
何かを塗りつぶしたような痕跡があったことを思い出し、納得した。
二階建てだと思ったけれど、エレベーターの表記は三階まで。
「なるほどな。染みついた穢れを祓うには高い代償がいる」
「そういうこった。建ったばかりだったり、大事にされた記憶が濃ければどうにかなったが、入れ替わりが激しくなっていたせいで力もあまり残ってなかった」
だから、と言葉を止めて真っ直ぐに私を射抜く。
会った時とはまるで印象の違う人になった。
「だから、自殺をした。まぁ、この時は未遂だったけどな。この時の対応は遠野の本家からの指示があって建物は俺が『一時預かり』し、親父は療養し時間による禊と浄化を図るってことで話しがついてた」
「預かり……貸本のようなものか」
「所有者が一時的に移るってことを踏まえりゃ、似てるかもしんねぇな。で、だ。建物を現世からこっちに持ってきて、問題の三階を潰したまでは良かったが……そこで親父が二度目の自殺を図ってそのまま権利が俺に移った。建物自体には穢れが完全に床に染みていやがって……お陰で俺もガタガタ。俺の方は今は持ち直してるし、本体にいい中身が入ったから問題ないんだが、穢れの影響は強い。親父の物件はまだ内装も整ってねぇ」
話が切れたタイミングで慌てた様に集住さんが口をはさむ。
若干の焦りと後ろめたさが表情に反映されていて素直すぎるなと思わず苦笑した。
「も、もちろん! きっちり清めてありますから今は穢れの影響はありません!」
「遠野本家が動いたからキレイさっぱり。不名誉なことに、遠野で初めての『自殺者』だとよ。俺はそのまま不始末をどうにかしろってことで、管理してるって訳」
「な、なるほど」
「だから、家賃は正直どうでもいい。もちろん、俺だって金がないよりある方が助かるさ。ただ、金の遣り繰りは本体でやる。コッチは『大事に住んで』くれるだけでいい。特に人間が住んでくれるなら助かるね。人間は色々いるが、家を大事にしてくれる奴は色々上手くいくぜ。建物である俺らが中身を護るからな。変なもんは入れない様にしておくし、そこらの賃貸に住むより確実に安全だ……正し屋案件に関わるなら、必須だろ」
さっきからチラチラ聞く単語が気にならないわけではないけれど、納得はしたので頷く。そして、家賃について視線を向けた。
「あの、家賃は帳記がどうにかするからいいとして……あの場所って、今日住めるんですか? 色々と途中というか中途半端というか」
「それならダイジョーブ! 家主になった時点で、家が張り切るから。家主である親父はいないんだけど、あれはちっと特殊でね。どうにも、親父が死んでから長い時間を経て新しい自我が芽生えつつあるんだ。多分、俺みたいに人型はとれないだろーが……それでも、内装をこうして欲しい、とかそういうのなら聞いてくれるぞ」
あんたは気に入られてるしな、といわれて首を傾げた。
そうなのだろうか、と戸惑っていると鐘の音。
待ってましたと言わんばかりの勢いで集住さんが扉を開けた。
綺麗な漆の箱と吸い物椀、小鉢などが和盆にのって四つそこにあった。
「お待たせいたしました。まずはお料理をどうぞ」
案内してくれた女性だった。女性だった、が……人間の手が八本生えている。
絶句する私は思わず口を開閉したまま硬直していたのだけれど、集住さんや帳記、遠野さんは全く意に介した風もない。
「あら、もしかしてお気づきではなかったのかしら。私、絡新婦家系で手足がいっぱいつかえるのよ。便利でしょう?」
うふ、と愛嬌と色気を兼ね備えた笑みと共にヌゥッと膳を持った手が伸びた。
静かに私の前に重箱を置く。最後は出入り口付近へ見るからに高そうな紙袋が置かれる。
「どうぞごゆっくり」
では、とフリフリ手を左右に振って扉は閉じられた。
完全に扉が閉まってから思わず指をさせば帳記は不思議そうに首を横に倒す。
「気づいてなかったのか。割とわかりやすいタイプだぞ」
「気づかないって! 最初は腕二本だったし」
「人間って色々と大変だな」
憐れみのこもった視線を受けて腹は立ったが諦めた。
まずは鰻だ。
ロマンのある怪異。迷い家。




