困った時の魔王様!~助けて、子猫先輩!~
『紳士隊』リーダー、『裏切り者』のメレーナさんが私達を虐殺した後、彼女からチップちゃんに連絡があったそうです。
クラン戦の日時は今日から一週間後、方式は相手のクランへ侵入し、先にリーダーを殺害した方の勝ちとする……というものでした。
そして、勝利した場合の報酬なのですが……。
『紳士隊』からの要求は、黒子さん達の運用権限及び有用なプレイヤーを差し出す事でした。つまり、『紳士隊』の傘下に加われ、ということですね。
対してチップちゃんが上げた要求は、『紳士隊』が保有しているアーティファクトの引き渡しと……私の暗殺依頼の取り下げでした。
『紳士隊』の暗殺は、一定期間目標を殺し続け、デスペナルティによってステータスを下げる、という行為だそうで。
せっかく鍛えてきたステータスが下がってしまうのは、このゲームをやっているプレイヤーにとって最もやる気が下がる出来事です。
ですので、狙われたらクランに引きこもるか、他人に干渉されない『夢見の扉』内部において遊ぶしかありません。
しかしながら、このゲームはMMOですので。
他人と一緒に遊べないのは、面白さが半減してしまうのです。
だから、チップちゃんがその要求をしてくれたと聞いたときには、とても嬉しく……私は思わず食料になってしまいました。……丸のみでしたよ、ええ。
まぁ、食べられたのはさておいて。
そこまでしてくれたのなら、私もクランに貢献しなければなりません。
聞いた話では、メレーナさんの能力には対抗策があるとのこと。そして、その対抗策をソールドアウトの皆様方もわかっているとの事でした。
ならば、私がしなければならないことは、メレーナさんに対抗するために、準備をすることでしょう。
もうあんな無様な姿を晒すわけにはいきませんからねぇ……!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「なるほど~、それでは僕のところに来たって事だね。うん、いいよ! 協力してあげる!」
という訳で、私は子猫先輩を頼ることにしました。……あ、本当に協力してくれるのですか。
会議がなんやかんやで終了したあと、トッププレイヤーの方々は自分のクランに帰って行きました。
しかし、子猫先輩は私達のクラン戦を観戦したいご様子で、まだ『ノラ』に残っていたのです。
「案内して貰った借りを返していないしね。ちょっと手伝うくらいなら、メレーナも許してくれるでしょ」
子猫先輩はそう言いながら目を細めて笑います。……ははぁ~。誠にありがとうございますぅ。
私は、王様椅子にちょこんと乗っている子猫先輩に、深々と頭を下げました。どうやら椅子の上がお気に入りの場所の様です。クランロビーに専用の場所が用意されておりました。
「さて、先ずはメレーナの能力について教えてあげようか。……名前は『いたずらティターニア』。目についたものを盗む事ができる、スキル『強盗』を強化した様な能力さ」
ふむ。
どうやら、おおよそは私の推測通りの様です。……けれども、あの臓器を盗むという攻撃はいったいなんなのですか? 見たらできるとなれば、防ぎようがないと思うのですが。
「そんな事はないさ。必ずデメリットがあるのが『プレゼント』だから。それに、完全な能力なんてないよ。必ずどこかに欠点がある」
デメリットですか……。
確かに、『プレゼント』には弱点があるのが当然です。強力な能力を得る代わりに、行動を制限されてしまいます。私が魔法を使えないように。
……そういえば、『妖精』という種族は非力な事が特徴です。
重たい装備を使ったり、持ったりすることができない代わりに、素早く動くことができ、魔法への耐性を宿しています。
そこで、出てくる疑問が一つ。
……メレーナさんは、どこまで重たい物を盗む事ができるのでしょうか?
私の呟きに、子猫先輩はコクりと頷くと、椅子の上で身体を伸ばしました。
「ん~、いい着眼点だね! その通り、メレーナの能力は距離が離れれば離れるほど、軽いものしか盗めなくなってしまうんだ。だから、君達は心臓しか盗まれなかったんだね。しかも、ある程度重たいものも盗むことはできないんだ」
やったぁ、子猫先輩に褒められました。
じゃあ、距離が離れれば能力の強さが変わってくるというのなら、遠距離から狙うのがいいのですかね?
それならば、チップちゃんの狙撃能力を使えば、簡単に倒すことが……。
「その弱点を補うために、メレーナはテレポートを駆使して戦ってるね。こそこそと物陰に隠れながら暗殺するのが彼女本来の戦闘スタイルだよ?」
そーですよねー、弱点を補填して戦うのは基本ですよねー。
まぁ、わかっていた事ですよ。私だって爆発物とか毒薬とか作って魔法の代わりとして使っているのですから、トッププレイヤーの方々がやっていない訳が無いのです。
どうしましょう……、対抗策として思い付いているのがクランごと爆殺とか、クランに毒ガスを流し込むとか、巨大化したタビノスケさんを上空から投下して押し潰すとかなんですが……。
やはり、テロを起こすしかないのでしょうか……?
「物騒だね。良い手だけど、そういうのは紳士協定で禁止してると思うよ? 前にやっていた事だし」
あ、もう実践済みだったのですね。
くそぉ、これはしちゃいけないかな? って事は、だいたい皆さん経験済みなんですよね。
なんでやっちゃうんですかね? 常識とか、そういうものを持っている方はいらっしゃらないのでしょうか?
その辺どうなのです? 子猫先輩。
「いないね」
最早絶望しかありません。
「まぁまぁ、そんな事もあるよ。それに、メレーナへの対策は、もっとシンプルなもので良いのさ。……要するに、盗まれなきゃ良いんだからね」
そうなりますね。
盗むという行為を封じる事をできれば、私達の勝利への希望は大きいものになります。
他の『紳士隊』のメンバーの方々がどんな能力を持っているかはわかりませんが、メレーナさんを倒すことができれば、こちらの勝ちなのです。
メレーナさんを暗殺する。
それが今回のクラン戦の目標になるということでした。
「さて、実のところ、アイテムを盗まれなくする方法はいくつかあってね。一つは敵の視界に入らないこと。ま、逃げるって事だね。二つ目は衛兵の近くにいること。彼等は僕達の犯罪を防ぐ行動をするから」
子猫先輩が先に上げた二つは、実戦では使えないものだと私は思いました。
ですが、三つ目は私の予想しなかったもので……。
「最後! 『アイテムが盗まれなくなる』効果がついた防具を用意する! これが一番簡単!」
…………。
え? そんな事で、防げるのですか?
『アイテムが盗まれなくなる』、という効果がついた装備は、ちょくちょく目にするのですが……。
そもそも、スキル『強盗』はあまり使えないスキルです。
スキルレベルより低い相手のアイテムボックスから、選んだアイテムを盗むというものなのですが……盗んでいる時に、相手が動くと失敗してしまいます。
ですので、睡眠薬等を使ってからスキルを使うのですが、そこまでするくらいなら、普通に殺して奪った方が早いのは明確です。
そんな事もあり、『強盗』は相手の所持アイテムを確認する為のスキルと言われていました。
『アイテムが盗まれなくなる』という効果は、存在意義がほぼ無いスキルだったということですね。
しかし。
『プレゼント』でさえ、無効化できるのであれば、そのしょうもない効果こそ、メレーナさんの最大の弱点なのではないのでしょうか?
「そうだと思っているよ。……そして、僕はそんな装備を売っているお店に心当たりがあります。もしかしたら、値引きもできるかも……だぜ?」
……ほほぅ?
子猫先輩の提案に、私はニヤっと口元を綻ばせました。
つまりは、今度は私が案内される番だということですね? ちなみに場所はどこですか? 私、狙われている身でありますので、あまり遠くだと危険が危ないのですが?
「ふっふっふ……安心しなよ。それについても考えがあるんだ。場所はビギニスート、当然刺客に襲われるだろうね。……そいつを利用させてもらおう」
子猫先輩はギラリと目を輝かせました。……あ、なんか嫌な予感がしますね。
「これより! 『紳士隊』の皆様の協力のもと、レベリングを開始します! さぁ、堂々と外に出掛けよう! 向かってくる敵を倒して軍資金と経験値を手に入れるのさ!」
……マジですか?
にゃーっと鳴いた子猫先輩は私の肩に飛び乗り、ビシッとクランの出口に向かって前足を伸ばしました。このまま外に出ろということですね。わかります。
うーん、狙うのは構わないのですが、狙われるのは嫌なんですよねぇ。
しかしながら、クランの外に出ないとなにもできませんし……仕方ありませんか。
私は『妖狐の黒籠手』を起動させて、クランの外に出ました。
外に出た瞬間、私の目に移ったのは平和な街と、そこを行き交う人々……。
……がこちらに向けた、数多の銃口でした。
「撃ち殺せぇー!!」
号令が響き渡ると共に、私に向かって銃弾が放たれました。……はん、いったい何をしてくるのかと思ったら……芸が無いですね。面白くない。
黒籠手から刃が生え、私と子猫先輩を繭の様に包み込みました。外からは刃の繭と弾丸がぶつかり合う金属音が響いています。
「おお~、こういう避け方するんだ。ちなみに、この状態で攻撃されるとどのステータスに経験値入っているの? 攻撃受けるのも効率良くいこう」
子猫先輩は攻撃されている事をまったく気にしていないようです。普通に話しかけてきました。……一応ではありますが耐久に経験値が入っています。これ防具ですので。
私は繭の表面を取り巻いている刃を糸状に変化させ、周囲に解き放ちました。極細かつ鋼鉄の糸が高速で人体に襲いかかるのです……繭の外にいた方々は、静かになってしまいました。
繭を解除して外に出ると、そこには予想道理、凄惨な光景が広がっています。
道路に飛び散るプレイヤー達の残骸が赤い花を咲かせ、まるで花畑を思わせるようでした。
まったく、そんなに私に殺されたいのなら、そう言ってくれれば良いのに。
そちらが一週間後を待てないというのなら、仕方がありません。
見つけ次第、全員ミンチですよぉ……!
私は残骸を踏みつけながら、ビギニスートへ向けて、第一歩を踏み出したのでした……。
……おっと、アイテム回収、アイテム回収っと。
「あ、忘れてなかったんだね。貴重な食料と資金源だからね! こまめに回収していこう!」
え? これ人肉ですよ?
「え? 食べるけど?」
どうやら子猫先輩は人肉オッケーな方みたいです。
好き嫌いは無いみたいですね、この子猫さん。道中は餌付けタイムにしましょうか。
そう思いながら、私は血溜まりを巡って残骸を漁るのでした……。
・人肉
あまり美味しく無いことで有名。RPで食べるプレイヤーと、勿体無いから食べるプレイヤー位しか口にしない食料。どちらが狂っているかはお好みで。




