覚醒は悔しさと共に
最初の不意打ちにも似た『暴食』のプレイヤー達による攻撃は、敵へ甚大な被害をもたらしました。
範囲の広い致死率高めの攻撃により、敵の隊列は崩れ、勝利は私達にへと大きく傾いたのです。
……が。
『みっんな~! 第2幕始めるよ~! あげあげぇ~!』
暴食隊の方々の攻撃に対抗するように、敵陣の一番奥でステージの上に立っているアイドルさんが叫びます。
それと同時に敵軍は赤いオーラのようなものを身体に纏いました。……支援系の『プレゼント』なのでしょう。
先程ぶつかり、押し込んだ戦線が徐々にではありますが返されそうになります。
あのアイドルさんは厄介です。まずは彼女を殺さなければなりませんね。
私は迫り来る凶刃を避けながら、味方陣地に向かい後退しました。狙撃……または刃を飛ばして後方から狙い打つ為です。逃げた訳ではありません。
幸いにも、『ノラ』の前衛職の皆さんは優秀ですので、一度攻撃するだけの時間を作ってくれるでしょう。
ありがとう、いい肉壁です。
「ちょ!? ポロラ!? お前下がんな! 食い止められないから! 死ぬから!」
そう思っていると、私の隣で戦っていたモブ虫さんが一緒に下がって来ました。……な、なにしてんですか! 貴方まで下がって来たら前線が崩れるでしょ! 戻って! 戻ってぇ!?
敵さんも馬鹿ではないので、その隙を狙ったかの様に、こちらに突っ込んできました。
どうやら狙いは私らしく、一直線に突っ込んできます。
「「「もふもふさせろぉーーーーーー!!」」」
まごうことなきケモナーの変態ウジ虫さんでした。……ちぃ!
こうなれば、迷うことなんてありません。どんな手を使っても目の前のウジ虫達を排除する必要ができました。
私は手袋を巨大な刃にへと変化させ、水平に目の前に打ち出します。当然私を追いかけて来たモブ虫さんも巻き込みながら、まっすぐにミンチの道が出来上がります。……まぁよし。
結構な量のウジ虫さんをミンチにすることができたようですし、彼の命は必要な犠牲でした。
そして、向かってきたケモナーウジ虫さん達を全員殺す事はできませんでしたが、彼らが刃の質量で吹き飛ばされる姿は中々に滑稽です。けけけ。
「み、味方ごと殺した……!?」
難を逃れたケモナーウジ虫さん達と私の近くにいたクランメンバーが、恐怖の色を目に浮かべて私の事を見ていました。
……?
え、ダメでした?
私は疑問に思い、首を傾げます。
「駄目だよ!? まだ始まって1時間も経っていないのに、なんでそんな切羽詰まった戦いかたしてんの!?」
なぜか、ケモナーの皆さんが自分はまともだと言う様に、そんな事を言ってきました。……はぁ? なに言ってんです? あれ見てくださいよ、あれ。
私は少し離れた場所で戦っている、『りんりん親衛隊』とチャイムさん率いるノラ戦闘部隊を指差します。
彼等は全員ソールドアウトで高い戦闘能力を持っています。元々同じクランのメンバーが死力を尽くし潰しあっているのです。
道を違えたとは言え、仲間同士、友人同士の殺し合いの中で、彼等にも思うところがあるのでしょう。
凄まじい熱気が伝わってきております。
その中でも、チャイムさんとタビノスケさんの戦いは目を見張るものがありました。
「チャイム殿、遊びにきたでござる! さぁ……お互い死ぬまで戦うでござるよ!」
「タビノスケェ! 何故だ! あの方と、ミーさんの考えが何故理解できない! お前ならわかるはずだろうガぁ!」
チャイムさんは雄叫びを挙げながら、腰から1対の小刀を引き抜き、触手の化け物に接近します。
対するタビノスケさんは刀を握った触手を何本も伸ばし、チャイムさんに攻撃を仕掛けます。
それを掻い潜るように、チャイムさんは残像を引きながら、触手の中に突っ込んで行きました。……いえ。
すべての触手を見切り、チャイムさんはタビノスケさんに切迫していました。
一撃も食らった様子はありません。
「食らえ! 化物ぉ!!」
小刀がタビノスケさんに振り下ろされます。私の目から見れば、それは不可避の一撃に見えました。
触手の化物の一つ目に、この攻撃が入ればただではすまないでしょう。
そう……思っていました。
「なに……!? 消えた!?」
攻撃が当たった瞬間、タビノスケさんの身体は霧散します。
決して死んでそうなったのでは無く、さっきからそこには何も無かったかの様に、そこには何も無くなっていました。
「あははははははは!! どうしたでござる? まさか拙者が成長していないとでも?」
ハッとして声のした方向に顔を向けると、そこには見上げるほどに巨大化したタビノスケさんがいました。
太く長い触手をうねらせ、口角をニンマリとつり上げた化物が、チャイムさんを見下ろしています。
「巨大化する隙を狙われては敵わないでござるからなぁ! 幻覚を散布させてもらったでござる! 狂わせるだけが芸じゃないでござるよ!」
その言葉に対し、チャイムさんも楽しそうにニヤリと笑います。
「……はっ! 幻覚だと? 随分と臆病になったな! 狙われるのが怖かったか? その程度で俺達は殺せんよ! ……死ねぇ!」
襲い掛かる触手を、チャイムさんは小刀で切り落としながら戦っています。
鈍い色の残像が、凄まじい速度で動いていることを私達に知らしめているようです。
タビノスケさんは切られた部位を再生させながら攻撃を繰り出しています。よく見ると、チャイムさんだけでなく他のメンバーにも攻撃をしたり、味方を庇うように触手を動かしていました。
彼等二人の行動に答える様に、全員が死力を尽くしているようです。
一人一人が全力を出しきって戦いに殉じているのがわかりました。
……と。
まぁ、こんな感じです。
なので、先程の私の行動は何もおかしくないんですよ。わかります?
私は今の戦いを見入っていたモブ虫さんとケモナーさん達に振り返りました。……きっと、私の言いたいことは理解してくれるでしょう。
「「わかんねぇよ!?」」
……あれー?
なんか、今度は敵味方両方から言われました。……なんでぇ?
「あの人達は切っても切れない因縁があるの! 戦いで多少周りに被害が出ても、俺の命が役に立つなら……、って思えんだよ! お前とは違うの!」
「君のは完全に無差別殺人じゃないか! あの熱い戦いとは全くの別物だよ!? わからないの!?」
わかりませんけど?
私がそう言うと、周りの皆さんはドン引きしたように私から距離を取りました。
……なんなんです? これ?
まるで私がバケモノか何かみたいじゃないですか。
ただ暴れたいだけだと言うのに、この扱いは酷すぎませんかねぇ? 私女の子ですよ?
「そう、彼女は悪くない。何故ならもふもふだからね。全てを許すことができる……」
!?
不当な抗議に反論していると、ケモナーさん達を割って一人の人物が現れました。……知っている変態です。
「ビギニスートで殺された時以来かな? ……もふりたかったよ……ポロラちゃん」
セクハラもふ魔族……!
ビギニスートで殺したあの変態が、私の目の前に現れたのです。
「ま、マスター! この狐娘さんヤバイです! サイコパスですよ! 可愛く無いです!」
……ぇ。
この人が、クランのリーダーなんですか? という事も気になりましたが……、は? 可愛くない?
「落ち着きたまえ、同士。見た目や中身なんて関係無い。もふもふであれば良い。それに、狐さんというものは人間に懐かないものだ。……それを無理矢理もふるのが、最高なんじゃないか……」
「おお……マスター……貴方の教えのままに……」
私、知りませんでした。
変態って宗教なんですね。リーダーと思われるもふ魔族さんの周りに、『ケダモノダイスキ』のクランメンバーが集まっています。
言うならば地獄絵図です。
「おい……アイツらやベーぞ……」
その様子に、こちらの仲間も思うところがあったようです。
「ポロラをもふりたいって……どうかしてるよ……。普段可愛いとこ無いのに……」
あ?
「大きな尻尾は触ってみたいけど、いっつも外套で隠してるしね……。お洒落とか知らないのかな?」
なに……言ってるんです? 味方ですよね? 貴方達?
「というか、ネカマっしょ。あんまりおっぱい大きくしてないところを見ると、まだ照れがあるみたいだねー。俺みたいにバインバインにすれば良いのに」
……。
「人殺しが趣味みたいだしねー。狐は狐でも、完全に白○の者だし。誰かー、○の槍持ってきてー」
「そうなるな。……よしっ! 俺達で目を覚まさせてやろう! もっと可愛い子はいるって教えてやろうぜ!」
おーっ!!
と、私以外の『ケダモノダイスキ』対抗部隊が一致団結しました。
……なんなんですか、これは。
私を性的な目で見てくるケモナー達と味方なのに馬鹿にしてくるウジ虫達。
私の事を一体どう思っているのですか?
別に私は可愛いとちやほやされたい訳ではありません。尻尾をもふられたい訳でも、人を殺したい訳でもありません。
ただ、楽しんでゲームをしたいのです。
そう考えていると、目の前で盛り上がっているウジ虫達に対して、強い怒りが沸いてきました。
できることなら皆殺しにしてしまいたい。目の前の障害を壊して私は前に進みたい。
そう思って、武器を作り上げようとしますが……イメージが固まらず、手袋は変化の兆候を見せずにいました。
怒りのせいで、頭の中がぐちゃぐちゃになっているからです。もはや武器の形さえまともに考える事ができていないのです。
ああ、私は無力だ。
私に力があれば、目の前のウジ虫をスッキリするまで潰せるのに。
そう思うと、私の目からなにかがこぼれ落ちるのを感じました。
それくらい、私は悔しかったのです。
自由な世界で、不自由にしか生きられない自分が。
……殺してやる!
私の邪魔をする目の前のウジ虫を! 徹底的に!
もう武器なんていらない!
なんでも良い! 戦えればいい!
私は『戦闘狂』だ! お前達の要望通り、戦って戦って戦い抜いてやる!
発動して! 『子狐の黒手袋』!
このぐちゃぐちゃを……再現しなさーい!!
敵と味方がぶつかる直前、私はおもいっきり叫びました。……しかし、私の手袋に変化はありません。まるで諦めろと言うように、私の手には黒い手袋がありました。
しかし。
諦めなかった私の前には、とあるメッセージが表示されたウィンドウがあったのです。
『『子狐の黒手袋』の開封条件が満たされました! プレゼントを開封しますか?』
戦え。
そう言われたような気がしました。
だから、私は覚悟を決めます。
もう涙を流さないよう、この悔しさを忘れないよう、私は、邪魔をするウジ虫さん達を殺します。
例え、誰が敵になってしまっても……。
私は……最後まで戦います!
ウィンドウの『はい』という項目に、私は指を伸ばしました。そして……。
『プレゼント』が開封されたのです。
・宗教
何を信じるかは個人の自由。しかしながら、その自由を認めるのは他人であることを忘れてはならない。……ちなみにケモナーは宗教ではない。性癖である。




