7、告白させてください
「ーーーーお邪魔しまーす」
すっかり日も暮れてしまった頃、朝陽は私の家にやって来た。今日は1限から5限まで講義が入っていたらしく、さすがに疲れている様子が見られた。
「眠そうだね?」
「今日は流石に疲れました……。バイト入ってなくて良かったです」
「朝陽、バイトしてたんだ?」
「あー、言ってませんでしたよね。一人暮らしだからバイトしないと暮らしていけないので」
「……一人暮らしもしてたんだね。……私、朝陽のこと何も知らないね」
私のその発言に、彼は顔を上げた。そして心配そうに私の顔を見つめてくる。
「僕のこと知りたいですか?」
「まあ、知らないよりは知ってる方が嬉しいけど……」
「僕はあまり知られたくないです」
「……どうして?」
「……七瀬さんに嫌われたくないからですよ」
あ、また前と同じような空気になってる。この重い空気は私には堪えきれない。
「ねえ、お酒飲まない?」
「お酒ですか?」
「そうすれば腹を割ってお互いのこと話せるかもしれないでしょう?どう?良いアイデアじゃない?」
「……七瀬さん、悪酔いしそうだしなー」
「し、しないしない!大丈夫だよー!」
「怪しすぎるんですけど」
朝陽はそう言いながらも意外と乗り気ではあるようだ。お酒が入れば本音もポロっと出てくるかもしれない。それはお互いにそうだ。でも、もしかすると彼の方がお酒が強くて、逆に私だけが色んなことを語ってしまう可能性もあるのだけれど……まあ、それは気にしないことにしよう。
冷蔵庫にストックしてあるお酒を、机の上に並べる。とりあえず1缶ずつ開けて2人で乾杯した。
他愛もない話をしながらお酒はどんどん進んでいく……のは、私だけだった。
「あれ?もしかして、朝陽ってお酒弱いの?」
「……あ、バレました?普段から飲むようなタイプじゃないですし、1缶で余裕で酔えるタイプです」
「それは意外だったわ!じゃあ、同じぐらいまで酔えるように私どんどん飲んじゃうからね!」
確かに、彼の顔を見てみると心なしか赤くなっているような感じがする。少しだるそうだし、目もとろんとしてきているし……これは、朝陽のことを聞き出せるチャンスかもしれない……!!
「ねえ、朝陽ーーーー」
ピロリン♪
通知と共に明るくなる画面。私も朝陽も、その画面を一斉に確認した。
「……橋下悠真……?」
「あ、はっしーからだ。この子ねバイトの子なんだけどね、今日連絡先交換したばかりなんだ!」
「はっしー……ね」
メールの画面を開いて目を通していると、彼の手が横から伸びてきてスマホを奪い取られた。
「ちょっ……朝陽?」
「親しげにはっしーって呼んでるんですね。……しかも、この文面見たら七瀬さん、言い寄られてるじゃないですか」
「はっしーっていうのは、職場での愛称だから皆呼んでるんだよ?言い寄られてるのは……まあ、それも今日からだけど……でも、もしかしたらからかわれてるだけかもしれないし、そんな気にすることじゃーーーー」
「ーーーー許せないなー」
「……え?」
明らかにいつもと様子が違う朝陽。自分の髪の毛をぐしゃぐしゃしながら、落ち着かない様子だ。そのまま、私のスマホをベッドに投げ捨てると、残っていたお酒をぐいっと飲み干した。
だ、大丈夫……?
「ねえ、七瀬さん。今すぐ僕の家まで来ますか?」
「へ?ど、どうしたの?」
「そんなに僕のことが知りたければ教えてあげますよ。でも、それで僕から逃げたら許しませんけどね。逃げて橋下の方に行ったら尚更のことですけど」
「朝陽……?」
「どっちなんですか?知りたいんですか?知りたくないんですか?」
明らかに悪酔いしている朝陽。でも、あれだけ自分のことを教えてくれようとしなかった彼が、今なら教えてやると言っているんだ。……行ってみる価値はあるかもしれない。
そして、多分彼が隠したいこと……それは彼が私のストーカーだという証拠だろう。それを見られて、嫌われるのが怖いのだろう。
でも、私からすればもう怖いものはない。そして、そんな彼のことも今なら受け入れられるような、そんな気がしている。
「……分かった。行こう?」
***
「ここですよ」
寒空の下、私の家を二人で出発し、私の職場であるコンビニを通り過ぎて5分ぐらい歩いたところに、朝陽の住んでいるアパートが建っていた。
3階建てのアパートで、彼は1階の一番奥の部屋に住んでいるそうだ。
「どうぞ、上がってください」
「お、お邪魔します」
玄関の扉を開けると、すぐに朝陽の香りがした。柔らかいこの香り、私の大好きな香りだ。
廊下を通りすぎ、リビングの扉を開ける。男の子の部屋とは思えないほど、綺麗に整理整頓が行き届いたその部屋。そこまで物を置いておくタイプではないのか、シンプルな部屋といった印象を受ける。
「綺麗にしてるんだね……」
「七瀬さんの以前の部屋に比べれば、まあ綺麗ですよね」
「それは否定しないけど……」
「アハハッ!そんな顔しないでくださいよ!」
少し他愛もない話をしながら、部屋が暖まるのを待つ。そんな話をしながらも、私は部屋の観察を続けていた。……でも、そんなに変わったところは見られない。朝陽は一体何を隠そうとしているのだろうか?分からないな……。
チラッと朝陽の顔を見る。まだ酔いが覚めないのか目がとろんとして、ダルそうな雰囲気だ。
「ねえ、朝陽。……約束通り教えてくれる?」
勇気を振り絞り、自分から切り出すと、彼もそこまで否定はしなかった。
「ん……そうですね。ここまで来て、もう隠すことなんてないですよね」
覚悟を決めたように立ち上がると、一瞬私の方を確認してからクローゼットを開けた。たくさんの服が、掛かっているが、その服を横にスライドさせてよけると、奥に何かが見えた。
「来てください」
そう呼ばれ立ち上がると、朝陽の隣に立ち奥の物を確認する。……写真だ。クローゼットの奥の壁に、たくさんの写真が飾ってある。その全ての写真は私だった。仕事をしている時、道を歩いている時、誰かと話をしている時……。たくさんの写真が飾られているが、その全ての写真の中で私は笑っている。笑顔だけの写真が、そこに集められていた。
正直驚いた。こんなところに、こんな数の写真が飾られていることにも驚いたが、自分がこんなにも自然に笑っていることが一番の驚きだった。私も、こんな風に笑えていた時期があったんだな……。心の底から笑えなくなってしまったのは、一体いつからだろうか……?
そんなことを考えていると、隣りに立つ朝陽が静かに話し始めた。
「……毎朝、服を選ぶ時にここの写真を必ず見るんです。どんな七瀬さんも素敵だとは思うんですけど、僕は笑っている七瀬さんのことが1番好きです。本当に単純なんですけど……あなたの笑顔に惚れたんです。でも、当然ですけどカメラ目線で笑っている写真は1つもありません。……いつかは、その笑顔を僕に向けてくれたら……その笑顔を僕独り占めにできたら……そんなことを考えて日々を過ごしていました」
ぽつりぽつりと語られていく真実。私は言葉を返すことはせず、静かにその言葉に耳を傾けていた。
「話しかけてみればいいのに、それがどうしてもできなくて、結局追いかけてばかりの日々が続いて……気づけばそれが日課になっていました。思えば、ストーカーの始まりはそこからだったと思うんです」
「なるほどね」
私が少しだけ納得していると、彼は心配そうに顔を覗き込んできた。そんな顔……見たことないんだけど。
「……気持ち悪いって思いましたよね」
「……まあ、驚きはしたけど……気持ち悪いとは思わなかったかな。もし、これを見せられたのが初めて会ったあの日だったとしたら、かなり引いてたと思うよ?2度と会わないようにして、すぐに死んでたと思う。……でもさ、もう私は、朝陽のことが気になって仕方がないんだもん。私の命は、朝陽によって救われたと言っても過言じゃないの」
「……七瀬さん」
「私、朝陽がストーカーだったから良かったと思うよ。こうして自分の黒い部分も打ち明けてくれてさ、ちゃんと私と向き合おうとしてくれてるでしょう?……ありがたいなって思うよ。」
前のように頭を撫でようかとも思ったが、私は自然と手を伸ばし彼の手を握っていた。遠慮気味に握り返してくれる彼。思わず笑みが溢れた。
「あの日まで、私に話しかけられなかった朝陽があの時だけはありったけの勇気を振り絞って、死ぬのを止めてくれた。……あなたが見ていてくれなかったら、止めてくれなかったら、今私はここにはいなかったんだろうね。こうして、誰がが隣りにいてくれる喜びも知らずに、誰かのことを好きになるくすぐったさも分からずに……何よりあなたと知り合うこともなかったって考えたらゾッとする。こんな私のことを好きになってくれてありがとう。朝陽、私も朝陽のことが好きだよ」
「……僕も……ずっと、好きでした……。今まで本当にごめんなさい。これからは、ストーカーとしてじゃなくて、1人の男として側にいさせてください」
「はい。こちらこそお願いします」