第9話 小さすぎる希望
【グリードシティ 軍事総本部】
政府首都グリードシティ。国際政府の本拠地であり、世界の首都でもあった。1800年の間、世界はこの都を中心に栄えてきた。1800年間続いたその平和がこれからも続くと思われていた。
だが、平和は消えた。あのティトシティの戦いを始点に戦争は世界中に広まった。連合軍が世界各地で暴れまわり、多くの都市や街が戦火に消え、多くの罪なき市民が犠牲になった。
今のところは首都に戦火は及んでいない。首都グリードシティだけは安全地帯だった。だが、その安全もいつ消えるか分からぬ不安定な安全だった。
トワイラルはフラフラと会議場から出てくる。それに続いて他の軍関係者も。彼らの足取りは比較的軽い。トワイラルだけが重い足取りだった。その表情に光はなく、重苦しい雰囲気を出していた。
「トワイラル…… どうしたの?」
会議場の外にいたミュートが駆け寄ってくる。彼女に向けられるトワイラルの瞳。そこにあるのは深い絶望。希望なき瞳だった。
彼は彼女と共に外のベンチに座ると、会議場であった事を話し始める。彼の口調はあまりに重く、力のないものだった。
「あのファンタジアで負けた人間はいらないんだとさ」
「…………?」
「俺は責任を取らされ、軍を降格処分とされちまった」
トワイラルはピューリタンの副将。ファンタジア防衛副長官の任に当たっていた。ピューリタンがいなくなった今、全ての責任を取るのは彼だった。
彼の元々の階級は少将。しかし、降格処分となり、軍曹の地位まで転落してしまった。軍曹の地位は少将から遥か下の地位だ。その下には一般兵という地位しかない。ミュートがこの地位だった。
「……ピューリタンを救出する為の軍は送らないんだとさ。その交渉もしないらしい」
「そんな! ピューリタンは将軍だよっ!?」
「使えない無能将軍はいらないんだってよ! ……軍の兵やおカネを割く価値なしだとさ」
トワイラルは拳を握り締める。その手が僅かに震えていた。ピューリタンを見捨てた軍上層部への怒りからか、それとも彼女を助けれない悲しみからか……
「見殺しに、するんだっ……! アイツは見捨てられたんだ!」
「……私達が行っちゃダメなのかなぁ? ファンタジアシティに乗り込んで」
「無理に決まってんだろ。死にに行くだけだ…… それに俺には別の任が下された」
トワイラルはため息をつく。彼はあの街から撤退し、グリードシティに引き上げた時、すぐにでも救助と奪回の軍が出されると思っていた。
だが、現実は全く違った。国際政府はピューリタンを切り捨てた。ファンタジアシティもろとも切り捨ててしまったのだ。彼女を助ける価値はなし、と判断して。
「俺は……お前と一緒に大陸の東にいる魔物の討伐を命令された」
「魔物の討伐!? こんな状況でッ!?」
「こんな状況だから、だ。戦争で軍を派遣出来ないから2人でやれって」
大陸全土で連日繰り広げられる戦争。そこに派遣される兵士と兵器はおびただしい数だった。とてもじゃないが魔物に回すほどの余裕はなかった。
だから、トワイラルとミュートの2人に行かせるのだ。“使えない2人”を。政府上層部は2人が死のうと構わなかった。もし、上手く討伐できればラッキー。その程度だったのだ。
「“あの施設”での事件があってからもう7ヶ月だね。私、出来ると思った……」
「…………」
「3人でなら連合軍を倒し、あの施設で死んだ人やこれまで連合軍の犠牲になった人の仇を討てたかも知れなかった」
そう言うミュートの声は震えていた。頬を一筋に涙が伝う。
冷たい風がグリードの市内を吹き抜け、辺りは薄暗くなってくる。厚く暗い雲が太陽を隠し、明るかった陽射しは消えていく。
「まだ、チャンスはある。俺達が東の魔物をぶっ潰して認めて貰えれば……」
認めて貰い、階級が上がればピューリタンの救出が出来るかも知れない。軍を率いてファンタジアを奪回し、クラスタを倒せば彼女を助け出せるかも知れない。トワイラルはそこに僅かながらも、最後の希望を持っていた。
「うん、そうだよね…… 私達なら出来る、よね! また、3人で、連合軍と、戦う、事がっ……!」
最後の方は途切れ途切れだった。涙声でほとんど聞き取れなかった。そんなミュートの肩に強く手を置き、トワイラルは力強く頷く。彼の目にも涙の膜が張っていた。
絶望の中のあまりに小さな希望。そこにしかない希望。それを掴むのは無謀かつ大きな危険を伴う。でも、それを逃せば3人が再び結ばれる事はない。
「指揮官は俺、かな?」
「宜しく、トワイラル軍曹っ!」
頬に流れた涙を拭い、ミュートは笑顔で言う。トワイラルは少しだけ笑うと、彼女の手を握り、共に立ち上がった。2人は小さな希望を信じ、僅かな光を頼りに厳しく険しい道に乗り出した。不確かな未来、小さな希望を信じて。
2人はその場から立ち去って行く。そんな後ろ姿を捉える監視カメラ。黒のレンズがじっと2人を捉えていた。
絶望に潜むと光と闇。闇は光をかき消す。違い過ぎた。光は小さすぎた。そして、闇はあまりに大きすぎた。不確かで小さい光と、世界という大きな闇。今、闇は最後の希望を呑み込もうとしていた。
2人はスレイヴ・ドール計画を知らない。2人がやろうとしている方法はあまりに時間のかかる方法。時間がかかればかかる程、破滅の計画は進行していく。
破滅と悲劇の未来。定められし運命はもう、変えられなかった――……




