第2話 『メイド、役立ちませんか?』
「手際がいいわね。さすが結ちゃんだわ」
「ありがとうございます。お役に立つことが、メイドのお仕事ですので」
夕食の支度は、途中から結が全部持っていった。俺はソファから、その姿をぼーっと眺めていた。
「叔母様はお座りください。あとは私が」
「あら、悪いわねえ」
悪いと言いながら母はもう椅子に座っている。結は台所に立って、鍋の火加減を見て、まな板を出して、包丁を握った。その一連の動きに無駄がなかった。どこに何があるか、一度も聞かなかった。初めて立つ台所のはずだというのに。
「結ちゃんがいてくれると助かるわね。識、あんたも少しは見習いなさい」
「……」
反論の材料がなかった。俺は炭化させた食パンを好む男だ。不本意だが、高リスクな食事を他人に強要することになってしまう。
結が冷蔵庫を開けて、一番上の段で手を止めた。
「ご主人様。これは?」
花柄のシールが貼られた、保存容器だった。
「……幼馴染が、たまに置いてく。おかずの残りとか」
「そうですか」
結は容器を持ったまま、すこしだけ止まった。
それから何事もなかったように棚の位置を直して、扉を閉めた。
「既にメイドを雇われていたんですね」
「違うわ! 幼なじみが世話を焼いてくるっていうか、向こうが勝手に置いてくだけだっての」
「なるほど」
結は火加減に視線を戻すと、鍋の様子を見ながら、火力を少し弱めたのだった。
◇
夕食のあと、母が客間に布団を敷いた。結はお構いなく、を三回くらい言っていたが、あれよあれよと風呂の順番まで決まって、家の一日へと、何事もなかったかのように組み込まれていた。
「なんなんだよ、これ」
自分の部屋に戻って、電気を消して、天井を見た。
変なメイドに家までつけられて、母は最初から親戚だったと言っている。どこでこんな事になったのか、順番に遡ってみる。土手で振り向いたところか。名前を聞いたところか。
何でもいいか、もう。
俺は段々とどうでも良くなってくる。考えているうちに、いつの間にか眠っていた。
◇
目覚ましよりも先に、目が覚めた。
重い。何だか重い。それから、あたたかい。
布団の中に、俺のものじゃない体温があった。恐るおそる首を回すと、枕の横に白いカチューシャがあって、その下に、あの作り物みたいに整った顔があった。目が合う。まつ毛が長い。向こうはとっくに起きていたようだ。
「おはようございます、ご主人様」
「————」
はっと息を呑んでから、声が出るまでに、三秒以上かかった。
「なんで、お前が、ここにいる」
「お目覚めの補助は業務内容に含まれると、昨日ご案内しました」
「客間に布団があっただろう」
「ありました。使いました。飽きました」
「飽きるって、どういうことだ」
眠れなかったということだろうか。
「夜中に考えたのです。私、眠らないのにこのまま横になっていて良いのだろうかと……」
「眠りなよ。身体に悪いよ」
「お気になさらず。24時間働けますので」
結はまったく寝乱れていないメイド服のまま、昔の日本人の労働観を真顔で言った。
「今すぐ戻れ。やっちゃいけないことを、俺が今日中に百個以上は書き出しておく」
「承知いたしました。チ●ッピーにまとめさせます」
「俗なことを言うな!」
俺たちのバカな話を裂くように、階段の下から、母の声がしてくる。
「ごはんよー。結ちゃんも識も、早くいらっしゃい」
結ちゃんも識も。もう並びが決まっていた。
こうして、俺の家にメイドが住み着いた。拾った覚えなんて、ないってのに。
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