(25) カミーユは俯かない
名前の一部が混乱しておりました。申し訳ありません。
これでちゃんと直ったはずです。感想、誤字報告、ありがとうございます。
「カミーユ長官、こちらがミュゼラ王妃の外遊計画になります。」
「ああ、ありがとう。」
ヴェリテから書類を受け取ると、カミーユは目を通した。出産から一段落した王妃は、久しぶりの外遊に意欲的になっているようだ。半年余りも諸国を回る計画に、カミーユは思わず眉を顰めた。
「生まれたばかりの王子殿下を人に任せすぎではないか?」
「いえ、それが、早いうちから王子に世界を見せるのだ、と……。」
少し困ったように言うヴェリテの様子に、カミーユはやれやれと首を振った。
「……却下。まずはフレランジュ国への外遊だけで様子を見るように伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
カミーユの言葉であれば、ミュゼラ王妃は文句を言いながらも基本的に聞いてくれる。ヴェリテはほっとした顔で下がっていった。
あの舞踏会から五年。ミュゼラはシャール王太子と結婚し、一児の母となった。王妃による暗殺未遂により、帝国も強気に出られなくなっていた。フレランジュ王国が帝国を裏切ったと嫌味のように言われたが、「フレランジュは美しいものに目がない故、許せよ」と言われて押し黙ってしまったらしい。それもそのはず。ミュゼラが婚約したあたりから新しい文化が次々と花開いたのだ。
亡くなられた皇太后殿下が東の国へと送った職人達は、印刷という技術を持って帰ってきた。それを使うことで、同じ絵を何枚も作り出すことができる。今まで全て書き写していた文書もこれにより、複製が簡単に作れるようになった。それでも一番売れているのはカミーユを模した姿絵である。新しいものができるたび、皇太后殿下の墓廟に飾られているときいて、カミーユはなんとも複雑な気持ちになった。劇場では売り出すたびに毎回売り切れているらしく、劇団長のデュマは笑いが止まらないようだ。フレランジュ王国からもミュゼラ王妃を通して、印刷の技術を教えてほしいと請われている状況だ。
ピルケール王がカミーユへと送ってくる特産品も、人々の目を引いた。特に色鮮やかな布でできた服は、服飾師のフィーレを刺激した。ドレスのアクセントとして使うことで、同じドレスでも違う印象に変わると大評判だ。締め付けすぎないドレスの工夫も、今では帝国でも受け入れられているほど浸透した。
「ピルケール王から冬の晩餐会へのお誘いが来ております。」
クラリスが持ってきた手紙をやれやれと言った様子でカミーユは開いた。季節が変わるごとにピルケール王はカミーユに国に来るよう手紙を送ってくるのだ。ただ、飢饉の際に助けてくれた恩人でもある。無下にはしたくはないところだ。もう一つ、気になっていることもあった。
「ベアトリスはピルケールで元気にやっているのか?」
食糧のお礼に、カミーユが文官を引き連れてピルケールへと行った際、一緒について行ったのはベアトリスだった。新興国ではどうしても法律が整備されるまでに時間がかかる。
「ここで私の知識を役に立てたいのです。」
そう懇願されて、カミーユはベアトリスを残して戻った。それから三年。そろそろ戻ってきてもいいのではと思っていたのだが。カミーユの言葉を聞いて、クラリスが口を綻ばせる。
「ベアトリスはおそらく戻ってこないと思いますよ。最近意中の殿方ができたとかで、私たちへの手紙にもそればかり。仕事をしている君が好きだと言われたとか。」
仕事に没頭するベアトリスの瞳は、確かにいつも美しかったなとカミーユは頷いた。それでも部下が自分の幸せを見つけたことは何よりも嬉しい知らせだ。
「それは帰っては来られないな。では、ベアトリスを祝うために今回は誘いを受けるとしようか。返事の草稿を頼む。」
「かしこまりました。」
次々に来る案件を片付け、一息ついた頃には、日が沈もうとしていた。
「カミーユ長官。王叔殿下からお手紙が届いております。」
「おお、それは楽しみだ。家に帰って読むとしよう。」
お盆に乗せられ届けられた手紙を手に取ると、カミーユの顔が綻んだ。国王は一命を取り留めたが、王妃の断罪を受け、潔く王位を息子に譲り渡した。王宮の一室で孫の成長を楽しみにしながらゆっくり静養しているらしい。王弟殿下を王都に戻す話も持ち上がったが、本人が「国境の要でありたい」と願ったため、今でも帝国との国境の領地を治めている。
一度訪れてから時折届けられるようになった殿下からの手紙には、最近の帝国の様子や帝国の向こうにある国のことなど、カミーユの興味を引く事柄が多く書いてあった。疑問に思ったことをしたためて返信すると、さらに詳しい答えが返ってくるため、ついついまた返事をしてしまうのだ。
「王叔殿下はひょっとしてカミーユ様が……。」
と言う者もいるが、そうではないとカミーユは思っている。そうであれば手紙に領地に来ないかと誘いの一文でも書いてよこすだろう。それこそピルケール王のように。なぜか唇を尖らせている自分に気づき、カミーユは慌てて表情を戻した。
馬車の車窓には、劇場へと吸い込まれていく多くの人々や男性と肩を並べて歩く女性の姿が消えていく。シャールの婚約者として俯いたままでいたらきっと見ることのできなかった景色だ。髪を切り、背筋を伸ばしたことで開けた新しい世界は、くるくると場面が変わる劇を見ているようで、カミーユを魅了してやまない。
銀髪をかきあげ、外を見るカミーユの顔は美しく微笑んでいたが、それに気づくものは、誰もいなかった。
これで完結とさせていただきたいと思います。
ここまで読んでくださった皆様、感想をくださった皆様、本当にありがとうございました。
カミーユがカッコよくなったのは、皆様のおかげです。
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