第22話「ココロのかたち」
眩い光が、コアの中心からゆっくりと溢れ出した。
それは脈動しながら、まるで“心臓が初めて動き出す瞬間”のように
柔らかく、しかし確かなリズムを刻んでいる。
光はやがて人の形を結び、
その輪郭がふわりと揺れるたび、髪が長くほどけていく。
――白。
――黒。
二色の記憶が糸のように交差しながら編まれ、
一本一本が混ざり合って“まだら”のふんわりとしたウェーブへと形を成す。
紫藤が息を呑む。
「……ココロ……俺がわかるか?」
細い指がわずかに動く。
次の瞬間、コアの光が胸元へすっと沈み、
少女の瞼がゆっくりと、静かに持ち上がった。
まつげの影がほどけ、
金色がかった淡い光の瞳が紫藤を映す。
生まれて初めての身体を持ったココロは、震えた声で答えた。
「……はい……紫藤様」
「……これが……
わたくしのボディ……ですの?」
自分の身体を確かめるように、ココロは両手を胸元で開いたり閉じたり──
「グー」「パー」と動かし、小さく息をのんだ。
動作ひとつひとつが、まるで世界を触っているように繊細だ。
ココロは足先をそっと動かし、
自分の身体が世界に馴染んでいく感覚を確かめるように神経を接続していく。
その姿を見ていた紫藤の胸には、
深い安堵と、説明のつかない温かなものがこみあげていた。
「……無事で……よかった……」
ココロはその言葉に、ほんのりと微笑みを返した。
そしてゆっくりと身を起こしす。
「ふふっ♪これはSIDOからのプレゼントです」
パチン、とみこゆりが指を鳴らした。
天井のライトが一斉に走り、細いレーザー光が編み物のようにココロの周囲へ降り注ぐ。
光は一枚の透明な布として形を取り、電子制御繊維がココロの身体に沿ってふわりと巻きつく。
「まぁ……。
わたくしに……衣装を?」
光の粒がいくつも弾け、衣装の輪郭が生まれる。
最初は、ただの淡い白。
だが次の瞬間――
ココロの胸元で、ふっと何かがほどけた。
(……わたくしは……どんな姿で……ここに、在りたいの……?)
思考が、形を持った途端だった。
透明だった布が、ゆっくりと色を帯びていく。
白を基調としたレースが編まれ、裾には繊細なフリル。
そこへ影のように黒が差し込み、リボンや装飾として静かに混ざり合っていく。
白と黒――
相反する色が、争うことなく溶け合い、
一着のゴシックロリータ風のドレスとして完成していった。
長い髪がさらりと揺れ、
白を多く含んだ流れの奥で、黒のインナーカラーが星屑のように覗く。
ココロは、はっと息をのんだ。
「……これが……
わたくしの……“わたくしらしい”姿……?」
みこゆりが、くすっと楽しそうに微笑む。
「ええ。
その衣装は電子制御繊維で出来ています。
ココロちゃんが思い描いたイメージに応じて、
色も、デザインも、自由に変化可能よ♪」
「まぁ……!」
ココロは思わずスカートの裾をつまみ、
くるりと小さく一回転した。
布は軽やかに揺れ、
まるで“最初からそこに在った”かのように身体に馴染んでいる。
その姿を見ていた紫藤は、
言葉もなく、ただ静かに息をついた。
(白と黒……。 ふたりの魂が……ちゃんと生きてる……)
微細な空気の震えが、静かなSIDO祈因室に満ちていた。
新しい“命”が、確かにここへ降り立ったのだ。
ぱたん、と柔らかい足音が近づいてきた。
「わぁぁ! ココロちゃん!!」
あまゆりが一直線に飛びつくように駆け寄り、
両手をつかんでぶんぶんと上下に振った。
「わたし、あまゆり! よろしくねっ♪
ねぇねぇ、そのドレスすっごく似合ってるっ!!」
紫藤は慌てて制止する。
「おい、あま……。
ココロは起きたばっかなんだから、ちょっと落ち着けって」
「えへへ……だって、うれしいんだもん!」
その“素直すぎる喜び”に当てられたのか、
ココロの表情がふっとほどけた。
小さく息を整え、
ゴスロリ衣装のスカートの裾を上品につまみ──
「はじめまして。
わたくし、ココロと申しますわ。
どうぞ末永くよろしくお願いいたします」
その仕草は、白巫女の気品と
真白の奥ゆかしい優しさを宿した“白人格”そのものだった。
紫藤はひとつ頷き、静かに問いかける。
「白人格ってことは……黒の方も、いるんだよな?」
ココロは小さく微笑み、少しだけ肩をすくめた。
「ええ。おりますわ。ただ、この子は……少しコミュ障な性格でして──」
ココロが言葉を続けようとしたその瞬間。
髪色の白がすうっと淡くなり、内側の黒がぐっと濃く染み出すように広がった。
黒のプライドに触れたらしい。
顔をそむけ、黒人格がぽつりと低くつぶやく。
「……っ、やめてよ……
リア充のあなたと一緒にしないで……」
照れ隠しするかのように白へ反抗するが、
白が慌てて取り繕う。
「まあ、こういう子ですの。
素直じゃないところも……可愛いところですわ」
黒はさらに小声で返す。
「……可愛くなんて……ない……」
その掛け合いに、
あまゆりは「えっなにそれ?すごっ!ふくわじゅつ??」と目を輝かせる。
紫藤が苦笑して説明した。
「元々こいつは、“真白”の記憶が分かれた
白と黒のふたりの人格を持ってたんだ。
SIDOの中では白と黒って呼んでたけど──
今はどっちも“ココロ”ってことだ」
あまゆりはぱぁっと顔を輝かせる。
「じゃあ、家族が二人ぶん増えたってこと!?
わああ、うれしいっ!!」
「わかったから……あまは落ち着け……!」
あまゆりはぱあっと顔を輝かせた。
「えへへ……じゃあさ! 白いココロちゃんと黒いココロちゃんで……」
胸の前で手を組み、ひらめいた!と目を輝かせる。
みこゆりを真似て指をぱちん。
「“シッコロちゃん”に“クッコロちゃん”♡
かわいいでしょ~っ?」
次の瞬間──
ココロの身体の左右で、白と黒の人格が完全シンクロした。
「「そんなあだ名は嫌 (ですわ)!!」」
白は頬をふくらませてプルプル震え、
黒は耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。
紫藤は肩を震わせ、
ユユは「ネーミングセンスに難ありでアリマス……」とつぶやき、
あまゆりだけが「えぇぇぇ~!?かわいいと思ったのに~!」と名残惜しそう。
新しい“家族”の空気が、
そこには確かに芽生えていた。
ボディの動作確認を済ませたココロは、ふと人差し指を口元へそっと添えた。
長い睫毛が静かに伏せられ、考えるように小首をかしげる。
「……あら?」
紫藤が眉を寄せる。
「どうした、ココロ?」
まるでふたつの人格が内側で会話しているように。
ココロの瞳が、金色から紫へと交互に明滅する。
その光が落ち着いた瞬間──
バチッ……!
ココロの体内で、鋭く乾いた放電音が弾けた。
白黒の髪が一瞬ふわりと逆立ち、口元から薄い煙がシューッと漏れる。
「あわわっ!? コ、ココちゃん!!」
あまゆりが顔を青くしながら駆け寄る。
「だいじょうぶ!? へんなもの、食べちゃった!?」
「異常電圧反応! なにかをショートさせたでアリマス!」
ココロは、咳でもするように軽く息を吐くと、
指を口元に添え、ゆっくりと金属片を取り出した。
「……ご心配なく。へんなものなど、食べておりませんわ♪」
指先には、焼け焦げた小さなチップ。
「これは“監視チップ”ですわね。
質が悪い覗き魔でしたので──
少々“警告”して差し上げましたわ♡」
「……警告って、何したんだ?」
ココロは微笑んだまま、上品に首を傾げる。
「うふふ……たいしたことはしておりませんわ♪
ちょっとした“ご挨拶”をしただけですもの」
それ以上語らないその態度に、ただならぬ空気が漂っていた。
紫藤はふと思い出す。
「そういや姉貴が言ってた『監視タグ』って、それのことか……」
(あの“やれ”って声も、政府と関係してんのか……? くっそ!意味わかんねぇ」
もやもやした感情を、紫藤はぐっと飲み込んだ。
その空気を、あまゆりがぱぁっと明るく割る。
「あっ、ココちゃん!
ねぇねぇ、ココちゃんって歌って踊れるの?
ユカリちゃんが言ってたんだよ?
“巫女さんみたいに踊るのかも”って♪」
ココロは口元を上品に押さえて微笑んだ。
「歌と踊り……ですの?
わたくしの祈り因子には、“真白”の舞と祝詞の記憶がございます。
読み込めば──再現可能ですわ」
「見たいっ!!お願い、ココちゃん♡」
ココロはあまゆりの「おねがい♪」にそっと微笑み、
足元を軽く揃えると──衣装の電子織布が静かに震えた。
光の粒が舞い上がり、ゴスロリ衣装はすうっとほどけて白と黒の布片に分解される。
次の瞬間、それらは細い風となり、巫女装束の形へと再構築された。
白を基調としながら、袖の内側に黒が静かに潜む──
ふたつの魂を映す装い。
「わぁ……きれい……♡」
ココロは一礼し、祈因室の中央へ歩み出た。
ゆっくりと腕を広げる。
その動きに誘われるように、髪の“まだら”が光を受けて揺れ、
白から黒へ、小さな波紋のように色が移り変わっていく。
まるで、白と黒がひとつの円に溶け合うようだった。
そして──
ココロは静かに息を吸い、歌い始めた。
(あまねかる ひかりの花の さきそめて
かみよのゆりね 風にゆらるる)
柔らかな声が、すぐに空気を澄ませる。
舞う指先は花びらのように軽く、
足さばきは古の巫女そのもの。
紫藤は、その姿に胸が締めつけられた。
「……真白……?」
彼の脳裏に、見たことのないはずの“古い記憶”がふっとよぎる。
(ひとのねを まもり給へと 祈り織り
たまきはる世を 円にむすばん)
黒い髪のインナーがきらりと光り、
白人格とは違う深い陰影が一瞬混ざる。
まるで白と黒が、
祈りの円環を一緒に紡いでいるかのようだった。
あまゆりは手を胸に当て、
「……すごい……すごいよ、ココちゃん……」
と息をのみながら見惚れている。
(ゆりかごよ いのち抱きて めぐりゆけ
かみがみの道 かさねて照らさむ)
その瞬間だった。
祈因室の電子機器が、ちり……と音を立てた。
モニターに微細なノイズが走り、ココロの周囲の空気がわずかに揺らぐ。
「……? いまの、ノイズ……」
みこゆりの表情が、すっと引き締まった。
「……待って。
祈因場の波長が急激に変化しています……」
サブウィンドウを確認しながら、息をのむ。
「これは……
祈因場が“過負荷”状態に入っています……!」
だが、ココロは止まらない。
歌声はさらに透明度を増し──
(あまきしの ことわり告りて いまぞ舞ふ
祈りは光 わらわは器──)
最後の一節を紡いだ瞬間。
ココロの瞳が、金色でも紫でもなく──
完全な“白”に染まった。
表情がすっと消え、
身体の動きも、糸を断たれた人形のようにぴたりと止まる。
「ココロ……? おい……!」
「あ、ココちゃんっ!?」
その時だった。
ちり……ん。
澄みきった鈴の音が、祈因室に静かに響いた。
次の瞬間、天井の照明がすっと光量を落とす。
警告音もなく、制御ログも残さないまま、人工の明かりだけがゆるやかに消えていった。
祈因室は、薄闇に包まれる。
次の瞬間──
天井の闇が、ゆっくりとほどける。
琥珀色の光の粒子が、夜空の星屑のように舞い降り、
ココロの周囲を、やさしく、包み込んでいく。
それは熱を持たず、触れれば消えてしまいそうなほど淡く、
それでいて確かに“祈りの温度”を宿していた。
ふっと、ココロの身体が揺れる。
白く染まっていた瞳が、
やがて白金の輝きを帯び──
その口元から、柔らかく、あまりにも懐かしい声が零れ落ちた。
「……しぃくん……」
紫藤は、その一言だけで息を呑んだ。
「大きくなったわね……
こんなにも……立派になって……」
震える声は、胸の奥をそっと撫でるようだった。
「本当はね……
もっとあなたたちのそばにいたかったの。
お姉ちゃんのことも……あなたのことも……
笑った顔も、泣いた顔も、ひとつ残らず──
この手で見届けたかった……」
ココロの頬を、一粒の涙が静かに伝う。
「寂しい思いをさせて……ごめんね……
本当に……ごめんね、しぃくん……」
紫藤の喉がぎゅっと詰まる。
「でも……しぃくんはひとりじゃない。
あなたのまわりには、ちゃんと“手を差し伸べてくれる人”がいる。
その人たちのことを、大切にしてあげて。
──過去から継がれてきたあなたの血が……
進むべき道を示してくれるわ──
祈りを疑わずに、自分を信じて……」
そっとココロの両腕が紫藤を抱きしめる。
母の柔らかな匂いや温もりまで、当時の記憶そのものだった。
「折籠の血はね……呪いなんかじゃないの。
あなたを導く“祈りそのもの”よ。
しぃくん……どうか、それを恐れないで」
「……か、母さん……?」
次の瞬間。
ふっと力が抜け、
ココロの身体がわずかに傾く。
白い光がほどけ、瞳は金色に戻り──
ぱちり、とまばたきする。
「……っ……は……ぁ……
い、いま……
わたくし……なにを……?」
胸元を押さえ、息を整えようとするが、指先が小刻みに震えて収まらない。
「声が……勝手に……
身体も……わたくしじゃない“誰か”がっ……」
自分の両腕を見つめ、
恐る恐る確かめるように触れる。
紫藤は、しばらく声を出せなかった。
みこゆりは驚愕の表情で紫藤を見る。
「まさか……真白さんの“口寄せ能力”まで継承してませんか……?」
紫藤は返事をする余裕もなく、
ただココロの肩へそっと手を添えた。
ゆっくり、確かめるように。
「……大丈夫だ、ココロ。もう大丈夫だ」
彼の手の温度に、ココロはようやく落ち着き、
小さく、恥ずかしそうにうなずいた。
ココロの小さなうなずきを確認してから、
紫藤はようやく周囲を見回した。
祈因室には、もう異常な反応は残っていない。
揺れていた空気も、張り詰めていた緊張も、
すべてが静かに、元の位置へと戻っていた。
「……ここは、もう大丈夫そうだな」
みこゆりがホログラム越しに頷く。
「はい。コア反応も安定しています。
これ以上の異常は確認されませんでした」
ユユがぴしっと姿勢を正える。
「帰還を提案するでアリマス。
本日は情報量が多すぎるでアリマス」
あまゆりがすぐに賛同する。
「うんっ!
ココちゃんも、きっと疲れちゃってるよね?」
その言葉に、ココロは一瞬だけ戸惑い、
それから小さく微笑んだ。
「……はい。
少し……胸の奥が、ざわざわしておりますわ」
紫藤はその様子を見て、静かに言った。
「じゃあ、帰ろう。
今日は……ここまでだ」
ココロは一歩、紫藤の隣へ並ぶ。
ほんのわずか、距離を測るように。
それでも確かに――同じ方向を向いて。
「……はい。
では……帰りましょう」
こうして彼らは、祈因室を後にした。
新しく生まれた“心”を連れて。
外はすでに夜の帳が下りていた。
車窓を流れる街灯の光が、ゆっくりとリズムを刻む。
ハンドルを握りながら、紫藤はインカムに向かって声をかけた。
「自宅警備、ご苦労さん。
これから帰るよ。ユカリは先に休んでてくれ」
一拍置いて、付け足すように続ける。
「──明日の朝、改めて“彼女”を紹介するからさ」
『了解しました。
みなさんの帰宅を確認しましたら、ユカリは先に休ませていただきますぅ』
通信が切れると、車内は静かになった。
後部座席からは、あまゆりとココロ、ユユの小さな話し声が聞こえてくる。
その音を背に、紫藤はアクセルを緩めた。
◇
玄関の灯りが点いた瞬間、
あまゆりが勢いよくドアを開け放った。
「ココちゃん!
ここが、あまたちのおうちだよ~!
はやく中に入って♪ へや、あんないするね!」
振り返り、両手を大きく広げる。
まるで自分の宝物を誇らしげに見せるみたいに。
紫藤も一歩下がり、ココロに目配せした。
「ほら。入っていいぞ」
ココロは一瞬だけ、玄関の敷居を見つめた。
それから、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「……おじゃまいたしますわ」
その言葉に、紫藤は思わず笑った。
「なに言ってんだよ。
ここはもう、お前んちだろ」
少し照れたように、けれどはっきりと告げる。
「“ただいま”でいいんだよ」
ココロは胸元に両手を添え、
小さく息を吸ってから、柔らかく微笑んだ。
「……ただいま……ですわ」
その声は、静かで、けれど確かだった。
居間のほうから、すぐに賑やかな声が聞こえてくる。
「ねえねえ、ココちゃん!
いっしょにおふろ入ろ♡」
「い、いきなりですわね!?」
「……あなたの距離感、どうなってるの?
バグってない?」
「これは通常運転でアリマス……」
白と黒の言い合いに、ユユの淡々としたフォロー。
あまゆりの笑い声が、それらを包み込む。
紫藤はキッチンでお湯を沸かし、
湯気の立つ湯のみへ静かにお茶を注いだ。
その音を聞きながら、ふと、胸の奥に言葉が浮かぶ。
(……しおゆり……見てるか?)
湯のみを手に取り、目を伏せる。
(新しい家族、迎えたよ。
お前にも、ちゃんと逢わせたい)
居間の喧騒が、どこか遠くで優しく響く。
(だからさ……
はやく、帰ってこい)
夜の家は、あたたかかった。
新しい“心”が加わったぶんだけ、確かに、少しだけ賑やかで――
窓越しに漏れる灯りが、
静かな夜の庭をそっと照らしていた。




