第1話「祈り/再起動」
世界を織る糸は、突如として断ち切られた。
それは聖夜に起きた災厄であり、破滅をもたらす災害。
いつしか人々はその日をこう呼ぶ。
──サイレント・イヴ。
2049年12月24日18時00分 日本・東京
「ただいま午後6時をお知らせいたし──(キィィーン)」
駅のアナウンスにかぶさるように、金属を引き裂くようなノイズが響いた。
そして次の瞬間。
タンターンタタン・タン・ターンタタン♪(蛍の光)
『お客様にご案内申し上げます。本日の営業は、只今をもちまして終了とさせていただきます。
またのご来店を心よりお待ち申し上げております』
それは、誰もが知るはずの日常の閉店放送。
しかしその旋律は、全人類に告げる“世界の終焉”のシグナルだった。
帰宅ラッシュの山手線が突然停車し、改札ゲートがロックされる。
群衆が駅構内に押し込められ、ざわめきが怒号へと変わっていった。
自動運転システムが一斉に沈黙し、空港や鉄道も次々と止まる。
街に灯る無数の光は、瞬く間に闇に呑まれていった。
SNSは途絶え、ネットは闇に沈む。
情報という光を失った世界で、人類に残された行為は、ただ神に祈ることだけ──。
◇
雪と風が支配する白の世界。
その片隅で、ひとりの女性が祈りを残していた。
その名は――折籠 砂百合。
【記録ログ:No.000001_SAYURI】
「……しお。必ず彼のもとに辿り着いて。お願い。どうか――」
「弟を……“しぃくん”を、護って」
ノイズ混じりの映像の中、彼女はその名を何度も呼んでいた。
掌に収まる小さな楕円形のコア。
まだ形を持たない、ただのデータの塊。けれど――
「彼はね、あたしのたったひとりの弟なの……」
「だから……お願い。しお、しぃくんを護って」
(あなたのこころが消えちゃう前に──必ず辿り着いて)
涙混じりの声が、吹雪に溶けていった。
静寂。
どれほどの時が経ったのかはわからない。
【記録ログ:No.000145_SIDO_SYS ――再構成プロセス記録】
……コア信号、安定化。受信率48%。補助バッテリー起動。
<SHIOYURI_CORE_STATUS>
・データ損傷率:32.4%
・音声出力:使用不可
・感情演算モジュール:部分再接続中
・視覚記録リンク:未接続
・自己保存プログラム:最低限モードから復帰
ノイズのような風の音の中――ひとつの声が蘇る。
『しぃくんはね、怖がりで、まっすぐで、優しくて――』
『あなたは、その子を護る存在。あなたの名は、“しおゆり”』
その声が誰のものかも、なぜ自分がその名に反応するのかも、まだわからない。
けれど、その名前が――何より大切なもののように思えた。
(……しぃくん)
壊れかけた記録の奥に、ただひとつ。
すべてが失われても、忘れられなかった名前があった。
<再起動シーケンス、進行中……>