#38. エルドの策、コユの意地。
一方的なPKを嫌がるユヅキさんを無理やり働かせるエルドを見たら、今度こそ頭に血が上るんじゃないかって思ったけど……意外にも私は冷静さを失わなかった。
周りの景色がよく見える。
けど、この胸の鼓動はいつになく高鳴っている。
「タンクは僕を守れ! 魔法隊は一斉砲撃! 近付けさせるな!」
「また引きこもるんですか? 前みたいに剣を持って戦いに来ればいいのに」
「そう言ってられるのも今のうちだ」
タンク数十人で作られた盾の壁、その奥から魔法隊による一斉砲撃が飛んでくる。
属性はやっぱり水。湿潤状態狙いだ。
私のステータスは少人数補正と【コイントス】で上昇しているけど、魔法防御力を上げるRESは一番低い値。
バフ特盛りでも魔法攻撃が一番通りやすいから、ヒメのような超火力の魔法を撃たれたら危ない。
ましてや湿潤状態になって雷属性魔法をまともにくらったら良いダメージになってしまう。
「魔法攻撃が止むまで耐えるしかないか」
「まぁ狙いは雑だし、このままならMP切れまで余裕で持ちこたえられるわ」
「……雑? どういうこと?」
私はコユの後ろで身を屈めながら飛んでくる魔法を眺める。
確かに、いくつかは私達から随分離れた場所に着弾していた。
地面が水に濡れている。
「カナメが動けないように攻撃してるつもりでしょうね。さあ、そろそろMP切れのはずよ!」
「う、うん」
何か引っかかりながらも、魔法隊の攻撃がピタリと止んだので私は盾の陰から飛び出す。
──ユヅキさんの姿がない……?
そんな違和感に気付いた時、私は足を滑らせた。
「うわっ!?」
土がぬかるんで滑る……!
転びはしなかったけど、ずるりと足が泥に滑って体勢を崩した私は思わず片膝を突く。
その瞬間、エルドが口角を上げ──。
「【顎】──!」
「なっ……! どこから攻撃を……!?」
不意に肩から胴に駆けての袈裟斬りを受け、HPを削られた。
目の前にプレイヤーの姿は無く、反撃にチェーンソーを振っても遅かったらしく、空振りに終わる。
でも、声はしっかりと聞こえた。
攻撃したのはユヅキさん、姿が見えないと思ったら本当に透明になってる……?
「……そうか、最初に会った時の!」
あの時、ダンジョンの外で待ち伏せしていた《キャラバン》は何も無いところから突然現れていた。
あれはプレイヤーを透明化するスキルだったんだ。
十中八九、エルドの仕業だろう。
あの雑に思えた魔法攻撃は私の足場を悪くするのと、ユヅキさんの透明化を気付かせないため……あぁ、甘く見ていた。
あの男は腐っても前回3位、《キャラバン》のギルドマスターなんだ。
でも、不可視の斬撃を防ぐ方法はある。
「攻撃は! 全部コユが受け持つわ!!」
コユの叫び──【挑戦者の咆哮】が発動する。
ちょうどその時、透明化していたユヅキさんは攻撃していたようで……私に刃が触れた途端、衝撃波が発生。
ぬかるんだ地面にばしゃりと大きく足跡が出来上がったのが見えた。
「そうか、足跡までは消せない……!」
すぐに体勢を整えたらしいユヅキさんは足跡を残しながら、コユではなく私の方へ迫って──え、なんで?
「挑発の効果を知らないわけじゃないですよね!?」
まさか、私が知らないだけでノックバックを回避する方法がある?
だとしたら【挑戦者の咆哮】による挑発状態は意味がなくなる。
「範囲攻撃で受ける……! 【ダストワール】!」
接近してきたタイミングでチェーンソーを振り払う。
ちょうどユヅキさんの武器と接触し、眩い火花が散った。
すると普通にノックバックが発生して、ユヅキさんはまた吹き飛ばされた。
「魔法隊、攻撃再開だ」
「このタイミングで……っ!」
またもや水属性の魔法スキルが降ってくる。
でもコユの【挑戦者の咆哮】が発動している今、魔法攻撃が私に当たれば使用者はノックバックによって吹っ飛ばされる。
そうでなくても、コユならこの魔法は防げるし……。
「……違う! コユ、後ろだ!」
「へ……っ!?」
気付いた時には、コユが背後から斬られていた。
「あーっははははっ!!! まんまと引っ掛かりやがって能無しが! 先に敵の防御を削ぐのは当たり前だろうが!」
重い一撃をくらって前に倒れるコユを見て、高笑いするエルド。
「くっ、やられた……!」
私は歯噛みしながらノックバックで吹っ飛んだプレイヤーの足跡を見て【ギガントバスター】を叩き込む。
HPを全損したその人は透明化が解除されると、顎髭を生やした男が倒れ、光となって爆散した。
私がユヅキさんだと思っていたのは全くの別人……いや、最初の攻撃はユヅキさんだった。
まだ位置が掴めていなかった時に入れ替わったんだ。
私の動きを止めて、その隙に魔法攻撃でユヅキさんの足跡を隠して……コユを後ろから斬る。
卑怯だけど、凄い……私がこれだけバフを盛ってもまだ足りないなんて。
「知ってるよ、その大盾。飛べるのは便利だけどさぁ、防具が装備できないって言う致命的な弱点のせいでだぁれも使いたがらないマイナー武器だ。そんなものをわざわざ使うって、目立ちたがり屋なのかなぁ……? それならおめでとう、いま最高に目立ってるよ! 泥にまみれた顔が! バッチリ公式配信でみんなが見ているだろうねぇ!」
嘲笑うエルドの言葉にコユは歯を食いしばっていた。
コユのHPは5割ほど削られ、もう一撃を貰ったらギリギリ残るかどうか……【ガードヒール】って回復手段はあるけど、それはガードしなきゃ発動しない。
そのことは《機械仕掛けの晦冥》の性能を知るエルドもよく分かってるはずだ。
たぶん魔法攻撃はコユを倒すまで使わないだろう。
コユの回復手段は、透明化したユヅキさんの一撃をガードすること。
あるいは私がユヅキさんの攻撃を止めて、コユが回復ポーションを飲む時間を作る。
見えない攻撃を狙ってチェーンソーで受け止めることは難しくても、今のステータスなら庇ってもそんなにHPは削られないはずだ。
でもそれがエルドの狙いだったら……?
どうするのが正解なのか、そんなことを悩んでいると、コユがゆらりと立ち上がる。
「目立ちたいわよ……当たり前じゃない……!
もっとコユを見て欲しい! コユが凄いってことを知って欲しい! ……褒めて欲しいっ! だからこんな、泥まみれで負けるなんてこと、したくないわよ……!」
コユは《機械仕掛けの晦冥》を持ち上げ、涙目でエルドを睨む。
「ヒメが最初にたくさんのギルドを倒した……!
カナメも、何十人のプレイヤーを簡単に倒した……!
じゃあコユだって負けてられないじゃない! 倒れる訳にはいかないじゃない……ッ!」
──コユはソロでボス攻略ができる実力があるけど、それは1vs1のタイマン勝負が得意だからだ。
大勢に囲われてしまうと、本人の防御力の低さが災いして戦況が危うくなる。
だから、対策を立てた。
いや……初めからあったのだ、一騎当千のスキルが。
ただそれはMP消費が激しく、ヒメの滞空時間が減る。
空からの【エクスプロージョン】は次の一回が限度になるはずだ。
…………けれど。
『いいよコユちゃん。目にもの見せてやれ~!』
作戦参謀を買って出たヒメが承認した。
作戦が破綻するから止められると思っていたのか、コユは少し驚きながら、苦笑まじりに微笑んだ。
「ごめん、でもありがとう。成果は出すわ」
「じゃあコユ、ここで一気に決めようか」
「そうね。遅れるんじゃないわよ、カナメ!」
「そっちこそ!」
このままでは透明化による不可視攻撃を突破できない。
いくらステータスが高くても攻撃を受け続ければHPはやがて尽きる。
なら使おう、奥の手を。出し惜しむ必要はない。
相手に不足はないのだから──!
「ロア・ゼロス──【限界加速】!」
「晦冥──【変形】!」




