#99. 前夜祭
学生ならば心浮かれる一大イベント、夏休み。
それが遂に明日まで迫った。
「恋雪、なんだか楽しそうだね」
「そりゃあ、この時期に浮かれない人は居ないわよ。去年は《機械仕掛けの晦冥》を使いこなすのに必死で散々だったし、今年は思う存分、暴れてやるわ!」
恋雪はそう言いながらフォークでクルクル円を描く。
店長新作のオレンジショートケーキは好評のようで、お皿の上のケーキはもう半分ほど無くなっている。
店長がいつもより上機嫌にコーヒーを淹れてるのはそういうことか。
浮かれているのは私も同じだ。
ギルドデュエル以来のイベント。あの頃とは違い、スキルは潤沢。資金も充分。正直言って、負ける気がしない。
今回開催されるイベント《大漁!マグロ艦隊迎撃戦!》は個人戦。
イベントモンスターを討伐してポイントを競う。
長期休暇となればDDOのログイン率も上がるだろうし、なかなかの激戦になるだろうなぁ。
「結依もレベル上げは順調よね?」
「うん、ユメちゃんのおかげで戦いやすくなったよ。私も今回はランキングトップを狙ってみる」
「すぐそこに強敵が二人も……ギルドマスターとしては二人には絶対負けられないなぁ」
機動力があるコユに、殲滅力に優れたユヅキさん。
私は……耐久性と、そこそこの機動力、火力もろもろは【コイントス】で補えるし、うん、充分並び立てる戦力なはずだ。
そうやって密かに立ち回りを考えていると、月崎先輩が何か探るような視線を向けていた。
「そういえば……ユリちゃんは?」
「ヒメは参加できないみたいなんです。お父さんの実家の方で挨拶に行かなきゃいけないとかで」
「……そっか、お盆だしそういうこともあるよね」
けど帰省ならすぐに帰ってくるだろうし、帰ってきたらゲームに誘おう。
それに、気になることもある。
「正直、ヒメのエクスプロージョンが一番の脅威だったのよね。爆破耐性スキルを積もうかと思ってたくらいよ」
「た、確かに……マップ破壊兵器だしなぁヒメは」
「こうなってくると脅威になるのはあなた達と……ツバサね」
「飛行スキル……間違いなく活用してくるよね」
マグロ艦隊とやらがどんなものかはイマイチよく分からないけど、あのスキルの機動力は敵に回すと厄介だ。
PvE(プレイヤーVSエネミー)でも存分に効果を発揮してくるだろうなぁ。
「あとは、火餓さん……だね」
「そうねぇ……」
「火餓って、確か《血鬼夜行》のギルドマスターだよね? 何か問題なの?」
「問題と言えば問題ね……見つかると厄介だわ」
「見つかると……?」
「バトルジャンキーなのよ、アイツ。人が集まるところなら地獄でも嬉々として飛び込んでいくお祭り男。それが火餓よ」
《血鬼夜行》ギルドマスター・火餓。
火餓という名前は、100を超える格ゲー大会のチャンピオンとして刻まれている。
その実力は本物で、フルダイブはもちろん、アーケードゲームでも圧倒的な白星を誇る。対人戦なら敵なしとまで言われる最強のゲーマー。
だから《血鬼夜行》は最大人数のギルドなのか。
人を惹き付けるカリスマ性。調べれば調べるほどヒットする無敗の対戦履歴を見ていると、彼に憧れてしまうのもわかる気がする。
ギルドデュエルではツバサ率いる《竜翼の旅団》が倒していたけど、あれはヒメの【エクスプロージョン】でギルドを掻き乱されたのが起因してるはずだ。
間違いなく強敵……だけど今回はPvEだし、あんまり気にしなくてもいいんじゃない? と思わなくもない。
……でもまぁ、コユ達が警戒しているくらいだし。
「一応、気をつけておこうかな」
■■■
妖精国ルナデルタ・叡樹の根元。
夏イベントを目前に控えたDDOでは、一足先に大きな盛り上がりを見せていた。
「次はどいつだ! やっと温まってきたとこなんだ、どんどん来い!」
人混みの中心に立つのは、黒髪赤眼の男。
イベントの『前夜祭』と称して決闘を繰り広げる男の名は、《火餓》。
一切の武器を持たず、己の拳のみで挑戦者と戦っていた。
「す、すげぇ……20連勝してるぞ」
「あれがチャンピオンの実力か……!」
「でも《竜翼の旅団》に負けてたよな? 案外勝てるんじゃね」
「おま……」
「あーあ、それ言っちゃマズイよ」
「え? なに? 負けたのは事実だろ?」
言ってはならないのは、敗北のことではない。
『ワンチャン火餓に勝てる』──それを口にしてしまえば、バトルジャンキーの地獄耳は100%聞き逃さない。
「──そこのお前、言うじゃねぇか! さては強いな!? ちょっと戦ろうや」
「えっ!? いや、今はちょっと装備がその」
「まーまーまー、俺は武器使わないからさ!」
「いやっアンタのスキルのことは知ってるから!」
「HP以外は取りゃしねぇよ! ほれほれぇ! 早く決闘承認して♡」
「やらんから! あ、やべミスった──ちょ、待って! 操作ミス! 操作ミスだからァァァァアアア!!!」
火餓に引き摺られてバトルフィールドに連れていかれる友人を見送り、取り巻き二人は呆れながらポップコーンを口へ放り込んだ。
「死んだなアイツ」
「ま、いい経験だろ」




