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アナザーレイド  作者: うーーーーちん
完結編
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つみかさね

その夜、私は眠れなかった。


布団に入って目を閉じても、シロマちゃんの言葉が何度も頭の中で繰り返される。


もしも、今までのことが無かったとしたら。


過去に戦ってきたこと。

助けることができた人たち。

守ろうとした命。


それらが無かったとしたら、私は今、これほどの無力感を感じていただろうか。


分からなかった。


分からないまま、朝が来た。


世界は相変わらず、止まったように見えた。


人通りの少ない道。

離れる距離。

お互いに疑うような気遣い。

誰もが疲れていた。


それでも。。

病気は待ってくれない。

怪我も、痛みも、不安も、世界の都合なんて知らない。


私はいつものように白衣に袖を通した。


何も救えないと思いながら。

それでも、目の前の誰かに手を伸ばすために。


午前中、ひとりの患者さんが退院することになった。


感染の不安で、面会も思うようにできない中で入院していた人だった。

何度も不安を口にしていた。

何度も、家族に会いたいと言っていた。


私はそのたびに、ただ話を聞くことしかできなかった。


治療方針を決めるのは医師だ。

薬を作るのは薬剤師だ。

病気そのものを消し去る力なんて、私にはない。


私にできたのは、声をかけること。

体調を確認すること。

不安そうな表情に気づくこと。

少しでも元気になってほしいから。


それだけだった。


退院の準備を終えたその人は、病室を出る前に私を見て、小さく頭を下げた。


「春田さん、ありがとうございました」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「私、何もできていませんよ」


思わず、そう返してしまった。


すると、その人は首を横に振った。


「そんなことないです。夜、お話しに来てくれたでしょう。あれだけで、その後少し眠れたんです」


胸の奥が、苦しくなった。


何もできなかった。


ずっと、そう思っていた。


けれど、その人にとっては違ったのだろうか。


病室を出ていく背中を見送りながら、私はシロマちゃんの言葉を思い出していた。


今までのことが無かったとしたら。


救えなかった命はある。


それは消えない。


でも。


救えたものも、本当に何も無かったのだろうか。


仕事が終わる頃には、外は薄暗くなっていた。


病院を出た私は、人気の少ない道を歩きながら、ぽつりとつぶやいた。


「ねえ、シロマちゃん」


「はい、メイ様」


いつものように、すぐそばで声がした。


「救えなかった命は、消えないよ」


「はい」


シロマちゃんは、静かに答えた。


「消えません」


優しい言葉で誤魔化さないその返事に、少しだけ救われた気がした。


「私がどれだけ頑張っても、届かない場所がある。間に合わない命がある。どうにもできないことがある」


「はい」


「それが、怖い」


声が震えた。


「もう一度戦って、また誰かを救えなかったらって思うと、怖い」


言葉にした瞬間、胸の奥に溜まっていたものが少しだけほどけた気がした。


シロマちゃんは、しばらく黙っていた。


それから、ゆっくりと口を開いた。


「メイ様。救えなかった命は消えません。ですが、救えた命もまた、消えません」


私は、足を止めた。


「メイ様が手を伸ばしたことで、今も続いている時間があります。メイ様が戦ったことで、消えずに済んだ世界があります」


「でも、私は……」


「全てを救えなければ、何も救っていないことになるのでしょうか」


その言葉に、返事ができなかった。


全てを救えなければ意味がない。


いつの間にか、私はそう思っていたのかもしれない。


神様でもないのに。


全てを救えるはずなんて、ないのに。


それでも、全てを救えない自分を責めていた。


「私は……神様じゃない」


「はい」


「全部は、救えない」


「はい」


「でも」


私は、自分の手を見た。


何度も誰かに触れてきた手。

何度も迷って、震えて、それでも伸ばしてきた手。


「この手が届いた人も、いたんだね」


シロマちゃんは、少しだけ微笑んだような気がした。


「はい。確かに」


そのときだった。


『少しは顔を上げる気になったようだね、メイ君』


創造主様の声が響いた。


私は顔を上げた。


空は暗く、街の灯りがにじんで見えた。


『次のレイドが決まったよ』


心臓が強く鳴った。


怖い。


今でも怖い。


また誰かを救えないかもしれない。

また何かを失うかもしれない。

また、自分の無力さを思い知らされるかもしれない。


それでも。


私は、今度は目を逸らさなかった。


「……分かりました」


震える声で、私は答えた。


「行きます」


救えなかった命は消えない。


けれど、救えた命も消えない。


なら私は、もう一度だけ。


この手を伸ばしてみようと思った。


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