【B-3】
生まれながらの仏頂面で人見知り。お洒落というのは別次元の人間たちのものだと信じていた。
そんな俺が男性ファッション誌を生まれて初めて買うには勇気がいった。
なんせ人生を三回目にして初めての買い物だ。本屋のファッション誌コーナーを何度も通り過ぎる不審な姿は、万引きかエロ本を買おうとしているようにしか見えなかっただろう。
レジに客がいない事を確認し、サッとファッション誌を手に急ぐ。似つかわしくない物を買ってると思われるのでは?と落ち着かない俺とは対照的にレジ係の中年女性は淡々と業務をこなすだけ。
「まだネット通販とか電子書籍はないからなぁ。」
本屋の名前が印刷された茶色い紙袋を小脇に思わず未来の『当たり前』が懐かしくなった。
自宅に着き、そこからダッシュで自室に戻る。あたかもそれはエロ本を買ってきたかのように。
別に親に見られて困りもしないのは分かっている。だが、どうしてだかファッション誌を買った事が知られてしまうのが恥ずかしかった。
部屋に辿り着き、紙袋をベッドの下に隠し、ひとまずリビングに向かう。
「帰って来たかと思えば何をドタバタしてるのよ?」
台所で夕飯の支度をする母の後ろを無理矢理に通り、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「別に。」
そんなに牛乳を飲みたかったわけではなかったがグラス一杯を飲み干す。
そうやって平常心、平常心と努める必要はないんだが努めてしまう。
「そう?ふーん。」
素っ気ない態度で母は肩を小さくすくめ、何も追及されない事を確かめられた俺は自室に戻る事にした。
さてと、だ。
しばらく母は夕飯の支度で来る事はないだろう。今なら安心してファッション誌が読める。
ベッドの下から紙袋を引っ張り出し、中から最新のそれを取り出し机ではなく床に広げてみる。
ページをめくる音と時計が刻む音が不規則なリズムを生み出し、やがて一冊を読み終える。
閉じたファッション誌の表紙で男性アイドルが白い歯を輝かせているのを見つめて俺は率直な感想を口にした。
「………ダサい。」
このアイドルは三十年後には芸能界から姿を消し、どこで何をやってるのかも分からない人物だ。
それだけではなく読んだ紙面の全てがダサかった。
「そりゃそうだよな。三十年前のトレンドは三十年後にはレトロってか。」
あれだけハラハラしながら買い、ドタバタと隠し、コソコソと読んだ内容が真似たくもない古臭いものだったという結果に落胆するしかなった。
どんよりとした気分のところに母の「ごはんよー!」という声が届き、俺は今日一日を無駄にしたような喪失感と共に食事にありつく事にした。
テーブルで母と対面に座り箸を進めながら顔を横に向けると、テレビにさっきも見た男性アイドルがCMに出ていた。
髪型、ファッション、セリフ。その全てがダサい。おまけに宣伝している物もダサい。
「こういう人が今はモテるのね。母さんには分からないけど。」
うん。今、この時代は、ね。
母の言葉に笑いかけたがなんとかこらえ、CM後のバラエティ番組の金のかけ方とハチャメチャさに笑ってしまった。
それから俺は『モテる』とはそもそも何なのか考えるようになった。これは教科書や参考書では勉強できない。モテる要素とは時代の流れの中で刻一刻と変化していく厄介なものだ。
「とりあえず今は『今』に合わせてみるか。」
一旦は『ダサい』で片づけたファッション誌を改めて開き、まずは自分に似合いそうな髪型にでもしようと目星をつけてから、覚悟を決めて休日に床屋へ向かった。
「…………(やっぱりダサいぞ)」
その床屋の鏡に映った自分に覚悟は後悔に化けた。
さすがに店員の前では言えはしなかったが、このまま店の外に出るのを躊躇うほどの仕上がりだ。
「ありがとうございました~!」
代金を支払いニコニコ顔の店員に見送られ、出入り口のカランコロンという音と共に外気にさらされた俺は、どうか同級生に出会わぬようにと神に祈ってみる。
「あっ………。」
その目の前で一台の自転車が止まり、見ればあの女子生徒が。
どうやら神に祈りは通じなかったか、神なるものは存在しないか、そのどちらかのようだ。
「や、やぁ。」
無言で無視して行くわけにもいかず、社交辞令的に愛想を良くしてみた。
「髪型、変えたの?」
「ま、まぁ、うん。」
「その髪型って………。」
彼女は俺が真似たアイドルの名前を持ち出し「私、ファンなの」と妙に嬉しそうに語り始めた。
「実はね、前から似てるなって思ってたの。」
「俺が?」
好きなアイドルの良さをひとしきり並べてから、彼女は少し言うか言わまいか間を開け、小さな声で付け加えた。
自分に似合う髪型をと選んだのは確かだが、似ているかどうかまでは考慮していない。しかし、結果として顔立ちなど系統が近いモデルの髪型を無意識にチョイスしてしまうのは有り得る話だ。
「うん。だから、とってもいい………と思う。」
「そうかな。それならいいんだけど。」
あまりのダサさに外を歩く勇気が出せずにいた俺は彼女の言葉に一言「ありがとう」と加えた。
「じゃ、じゃあ私、行くね!」
急にソワソワしはじめた彼女。
「うん。また学校で。」
「う、うん!」
ソワソワしながらも満面の笑みで彼女はペダルに足を乗せ、黒髪をなびかせながら去って行った。
その日から少しずつ周囲が俺を見る目に変化が現れた。
ただ髪型を変えただけ。それなのにだ。
それほど流行りというのは大きな要素だったのか。それとも他に何か要因があるのか。
「きっかけ………か?」
髪型を流行りに合わせる。それをきっかけに変化が生じたのかもと、過去に繰り返した中学時代との違いについて考えた時の事を思い出した。
それならば、これからも『今』の流行りやトレンドを取り入れて生活していけば『モテる人生』になるのではないだろうか。
教室で以前と違う中学生たちの反応に俺はニヤリとしてしまった。