【B-2】
結局は女子生徒どころか、誰からも声をかけられる事もなく俺は帰宅の道を一人で歩いている。
賑やかな校舎から離れながら、一人は好都合と考えてみた。
元々の人生。二回目の人生。中学二年生から仕切り直し、それぞれ別の生き方をしてきた。
その事実を踏まえて、俺は三回目となる今回が他の時とまた違う事を考えた。
元の中学時代は地味で特別な思い出などないものだった。
「まぁ中学の時だけに限った話じゃないけどな。」
そして、それを変えたいと二回目は猛勉強をし、学歴も経歴も一回目とは比べられないほど向上した。
ただ、一回目と違い俺は結婚はおろか恋愛すらする事はなかった。それを母は気にしていたようだった。
「まさか足を滑らせて、また中学生まで戻されるとは………。」
とうに四十才を越えた自分が今さら結婚できると多可を括っていたわけではないが、あのまま生きていく内にチャンスはあったかもしれない。が、今更の話だ。
こうして一回目と二回目とを比べても違いは多く大きい。
では、二回目と三回目の『今日』の違いは何なんだろう?
違いとは、あの女子生徒の行動と態度だ。
二回目の時は始業式の前に話しかけてきた。
しかし、三回目である今日は話しかけてこなかった。
この違いはどうして生まれたのか。
俺は二回目の時にヒントがあるとにらんで遠い記憶を絞り出してみた。
マンションから落ちた先は中学二年生となる日の自室。それから俺は支度を整え学校へと向かった。
「………あ。おばあさん、だ。」
それは丁度『将来コンビニとなる畑』の前で閃いた。
確か二回目の時に女子生徒は「畑の前で何してたの?」と声をかけてきた。
けれど今回は横目で見ながら俺は畑を通り過ぎたんだ。
「きっかけ………か。」
二回目の時、女子生徒は畑の前に立ち止まり眺める俺を見た。だから声をかけてきた。今回は通り過ぎたのだから『話しかける"きっかけ"が生まれなかった』となる。
俺が立ち止まったか否かという些細な違いで、女子生徒の行動を変えてしまったのか。
「種を蒔かなければ芽は出ない。芽が出なければ実りはない。」
前の人生のどこかで聞いたか読んだかの言葉が自然と口をつき、溜め息に肩を落としてしまった。
まるで一回目の中学時代、元々の自分に戻ってしまったかのような焦燥感を抱えて帰宅すると、珍しく父親が待っていた。
父と会うのは久しぶりだ。元の人生の時は過労で五十半ばで他界し、二回目の時は仕事中の不慮の事故で亡くなっている。
「おかえり。」
線の細い笑顔。見るからに幸が薄そうな父。確かに幸は薄い生涯だったのだが今回は分からない。
「ただいま。」
それでも死別した父との再会は嬉しい。今回こそは元気に長生きをしてもらいたい。
「ん?どうした?」
「別に何でもないよ。」
このまま部屋に戻らずでは不自然だろう。俺はできるだけ中学生らしく少しぶっきらぼうな態度でその場を後にした。
親子三人。家族団らんの夕食。よそでは普通の光景かもしれないが、うちにとっては珍しい事だ。
父は仕事が忙しく帰宅するのは深夜が多かった。そのため食事は母と二人が我が家の当然だった。
「学校はどうだ?」
たまの家族揃っての食事で父は言葉を探した挙げ句いつも同じ事を聞いてくる。
「どうって………。」
そのいつもの言葉に返す言葉を探せない。
なんせ昨日まで父と同じく額に汗して働くサラリーマンの一人だったのだから。
「変わった事はないよ。」
無難な言葉をみつけて口にしてみたが、またしても中学時代に戻ってきてしまったという『理解できないくらい変わった事』があったなと苦笑いを浮かべてしまう。
「そうか。ま、なんだ、あれだな。」
晩酌のビールが心許ないのかグラスを握るだけ握り、父は苦笑いに苦笑いで返してくる。
「中学生にもなったら彼女の一人や二人、そのうちできるかもだな。」
下手な父の冗談に真顔の母が「彼女は一人にしてよね」と釘を刺すと、居心地が悪そうにグラスのビールを飲み干し風呂のほうに退散していった。
「まったく!まだ彼女なんて早いわよね?」
「………だよね。」
「あら?もしかして、誰か好きな子でもいるの?」
父が去った後は執拗な母の尋問。こうして三回目となる中学二年生初日は過ぎていった。
やはりだ。一回目と二回目、そして今回と明らかに違いがある。
始業式の日に女子が話しかけてこなかった点。
帰宅したら父がいた点。
あと、忘れていたが始業式の行きがけに浅井と出会わなかった点。
「同じように過ごしても、全く同じにはならないのか?」
始業式の日の出来事だけを考えれば、この俺の行動が違っていたからと納得できた。
しかし、父の帰宅と自分の行動が関与しているとは思えない。
久々の家族団らんの後、寝る前に父に「どうして今日は早くに帰ってきたんだよ?」と訊ねると、父はアクビをしながら答えてくれた。
「取引先の担当が車で事故ってな。単独の軽い事故なんだけど、それで予定を変えるしかなかったんだよ。」
「そうなんだ。」
「そういう事もあるって話だ。おまえも事故には気をつけろよ?」
いやいや、不慮の事故でこの世を去った人に言われたくない。
その言葉を飲み込み「ああ。そうだね」とだけ言い俺は部屋で眠りについた。
違いが生まれるのは自分だけでなく、全人類が同じ時間を同じように過ごせないためだ。一瞬一瞬に、ほんの小さな変化が無数に重なって世界は形作られている。
「こんな事が分かっても仕方ないけどな。」
発見した真理に大した価値はなかった。それよりも今回はどんな生き方をしようか。
名前のない毎日の中、ふと老いた母の言葉と、好きな子ができたかとはしゃいだ母の姿が脳裏に浮かんだ。
「………恋愛、か。」
これまでの人生で二の次にしていたもの。それを今度は一番に考えてみてもいい。
元の人生の妻の顔を思い出そうとしたが、もう今の俺には無理のようだった。




