【B-1】
全身を叩きつけられ俺は今度こそ死んだ。
きっと死んだな。死んだに違いない。死なないわけがない。
と、どうしてこんなに考える余裕があるんだ?
それだけでなく手も足も動かす事ができる。
あのマンションの屋上から落ちれば全身の骨は砕け、もしかすると内臓もグチャグチャになってるはずだ。
それなのに意識もあり手足も動かせられるというのは一体どういう事なのか。
「まさか………またか。」
そのまさかだった。
のそりと上体を起こすと、そこはまたしても実家の自分の部屋。その床の上。またベッドから落ちたらしい。
グルリと見渡せば壁にはポスター。机の上は散らかし放題。どこから見ても中学生の頃の俺の部屋。
「本当に死ぬよりはマシかも知れないが………。」
さすがに三回目の中学生を今から始めなければと考えると、少し億劫にもなってしまう。
どうしてこのような現象が自分に起きているのか。今までにも考えはしたが、当然その明確な答えは分からないままだった。
「こうしていても仕方ない。ひとまず『中学生』を演じるしかないな。」
再び走馬燈の中に引き込まれた俺は溜め息で覚悟を決めるしかなかった。
しばらくして部屋のドアをノックする音。それはきっと母だろうと返事をしながら開けると、やはり母が立っていた。
「あら。おはよう。自分で起きれたの?」
俺が一体いくつだと………ああ、まだ十三か。
「おはよう。」
とりあえず顔を洗いに行こう。
一通り支度を済ませ朝食をとり、気の乗らない中学校までの道を行く。
これまで自家用車での出勤に慣れてしまっているためか徒歩での移動が面倒に感じる。
「やっぱりコンビニにはなってないな。」
そこは小さな畑。おばさんが一人で手入れをしているのを歩きながら横目で通り過ぎ、やがて学校に辿り着く。
新学年のクラス分け。俺は三組。指定された座席に着き、賑やかな教室の中で思わず腕組みをしてしまう。
「(何か少し変じゃないか?)」
もちろん中学二年生を繰り返して三回目という点は往々にして変なのだが、それ故に自分の経験した今日とは何かが少し違っているような気がする。
どこがどう違っているのか。それはさすがに費やした三十年という時の長さもあるため記憶が薄く比べる事は難しい。
「………ん?あの娘は………。」
腕を組んだままクラスメイトになる子供たちを眺める目が一人の少女で止まった。
まっすぐ綺麗に伸ばされた黒髪の女子生徒。その顔を見て少しだけ思い出せた。
三十年前、二回目になる中学二年生となった日に俺に話しかけてきた娘だ。
通学路で後にコンビニとなる畑の前に立っていた事を訊ね、去り際に「優しいね」と微笑みを浮かべた彼女。その微笑みに何も返せなかった俺。
「懐かしいな………。」
二回目の中学二年生は、とにかく勉強漬けの生活だった。友達も作らず、恋愛もせず、ただひたすらに勉強をして、己のサクセスストーリーを輝かしいものにする事だけを考えていた。
そんな俺の人生、いや青春の中で彼女の存在だけが何故か特別に感じた時期があった。
「………青春、か。」
年寄りのように呟くと、今までの自分が青春らしい青春を過ごしていなかったかを痛感させられてしまう。
それならば、せっかく三回目となる今回は青春らしい青春を過ごしてみてもいいのではないだろうか。
「(話しかけてきたら、今度は仲良くなれるように振る舞うべきだな。うん)」
そんな人には言えない決心を固め、俺は大きく頷いていた。
決心を固め、あの女子生徒から声をかけられるのを、まだかまだかと平常心を努めて待ちわびる。
キーンコーンカーンコーン………。
「…………。」
教室に鳴り響くチャイム。それに合わせて担任教師が入ってくる。
おかしい。
前はチャイムが鳴る前にあの娘は声をかけてきて、チャイムが鳴ったから自分の席に戻っていったはず。
未だ自分の席から離れていない彼女を見てみるが、彼女は全く俺の方を見る素振りすらない。
やがて始業式に向かうために廊下に並べと指示が飛び、従い廊下に向かうが彼女は他の女子生徒と談笑するばかり。
いぶかしげにしていると、ふと彼女と目が合った。
できるだけ柔和な表情をと頑張ってみたが、やはりぎこちない笑顔に。
並んだ列が動き始めた時、彼女たちの声が小さく聞こえた。
「なにあれ?キモォ~。」
おかしい。
前とは何かが違う。
また仏頂面に戻り、俺はひどく孤独感に包まれていた。




