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射次元の蒼弓

 蒼き弓・空越弦(くうえつげん)。優希ちゃんが私の姉である剣崎美影から授かった武器だ。

 その武器を今は私が手にしている。いや、厳密には私の手ではない。彼女自身が、私の姉剣崎美影自身がそれを構えているのだ。


「……美影……なのか……?」


 彩音ちゃんが驚きの声を発した。戸惑うのも無理はない。お姉ちゃんの魂は優希ちゃんの身体を離れ、消えていったはずなのだから。

 それが今は私の身体に宿りて、紫色のネオセイヴァーへと姿を変えたのだ。もっとも、お姉ちゃんは飄々とした態度でいるのだが……。


『やっほー、久しぶりね、彩音ちゃん』

「一体どうやって……?」

『詳しい話は後後。今は――ァッ!!』


 二、三本矢を飛ばし、使い魔の身体を『削り』取る。

 空越弦は……いや、お姉ちゃんのネオセイヴァーは最強クラスの属性能力『次元』属性を秘めている。矢で撃ち抜かれるとその周囲が別の次元へと続く穴へ吸い込まれ、削り取られるのだ。


「すげえ……凶悪な能力。うへぇ、絶対喰らいたかないね」

『貴女の新しい能力こそ色々言われてたじゃない。まぁ、威力に自信があるのは確かだけれどね』


 ただ、相手が相手なのは、お姉ちゃんも理解できている。


 使い魔は魔弾を生成しはじめた。


「焦る必要はないな!アレもどっかに消し飛ばしてやれ!」


 と、彩音ちゃん。余裕満々だ。しかしお姉ちゃんは矢を放った後、彩音ちゃんにこう告げた。


『セイヴァービートを。溢れたのを拾ってちょうだい』


 首を傾げる彩音ちゃんの前に使い魔が放ったと思われるエネルギーがいくつか飛んでくる。全て彩音ちゃん一人で欠き消せる程度のモノだったが、流石に焦りが隠せない様子だ。


「なんで!?空越弦で射抜いたのはどこぞへ消し飛ばされるはずだ!」

『えぇ。確かに消したわよ。大体はね。でも、アレだけ大きな力だと、空越弦で産み出す次元の穴では吸いきれずに溢れ玉が生じてしまうのよ』


 そう、私達が戦っているのは、力だけなら大天使ルシフェルにも匹敵するほどの強敵だ。

 だが知能はない。ただただ攻撃を放つだけの砲台と言っても過言ではない。勝機はそこにある。


『私達の力を合わせれば奴を倒すことは可能なはずよ。……あぁ、こういうのは貴女の方が慣れてるわよね?鞘乃、どう思う?』


 そう言って彼女は身体の所有権を一旦私に返す。私は作戦を手短に述べた。


 そしてそれがさっそくはじまる。と言うのも、敵の力が力なだけに長々と時間を取っていられないからだ。


 ぶっつけ本番。敵が魔弾を放ってきたのを、先程の要領で欠き消してから始まった。

 私達は空越弦を一斉射出。使い魔に炸裂――では意味がない。

 敵の巨大な図体を全て飲み込むのに何本の矢が必要になるかはわからない。合体するまでに使っていた分裂し増殖する能力は実は今の状態の使い魔も使用しているのだ。


 増殖したところでそれは小さな使い魔に過ぎない――要するに現状の奴自身と同じ大きさ、強さを持つ使い魔を産み出すには再び合体を繰り返し、地道に巨大化していくしかない。

 それを待ってやるほど私達も甘くはない。空越弦で融合しそうな使い魔達を一斉に飲み込めば良い話だ。


 だが問題はそこではない。敵はその増殖能力を自らの身体を補い、再生するために使用している。空越弦で射抜かれた部分に小さな使い魔が重なり、再生していく。


「要するに全部飲み込んでしまえば良い」


 彩音ちゃんは音の振動で形をつくり、使い魔の後ろの空気中に壁を作った。そこで空越弦が炸裂。そう、はじめから使い魔自身を狙ったわけではない。

 彩音ちゃんが作った壁に多くの矢が突き刺さり、巨大な次元の穴を作り出した。そう、こいつのデカイ図体を丸ごと飲み込んでしまおうという作戦だ。


 使い魔は穴に引きずり込まれる。……と、思いきや、意外にも耐える。ルシフェルクラス……つまりはこのネオセイヴァーと同じく次元の能力を兼ね備えた天使を凌駕する力を持っている以上、簡単にはいかない。


『だからここからは私に任せてもらうわよ!』


 空越弦に全身の救世主の力を込めていく。


「うわっ、とんでもない力だ……無理しすぎじゃねえか?」

『フッ。少しくらい、妹に良いところ、見せたいじゃない』

「……いや、お前はそれでも良いかもしれんがな?身体は鞘乃のだってこと忘れんなよ」

『ハッ……!』


 ……しっかりしてよお姉ちゃん。


『ま、まぁ、少し疲れるとは思うけど我慢して、ね?その代わり……こいつで勝利は約束するわ!』

「それをぶつけれたらの話だけどな」


 使い魔は穴への抵抗をしながらも魔弾をチャージしている。そこへ彩音ちゃんが勢いよく駆け出していった。


「しゃーねえなぁ!!アタシもぶっちゃけ限界だが、見せてやるよ!良いところってやつをなぁ!」


 セイヴァーサウンダーを創造し、スピーカーモードで音を射出しながら、両拳のラッシュを魔弾目掛けて叩き込んだ。中距離にも届くリーチの長い拳の必殺攻撃だ。


「喰らいやがれ!爆音!セイヴァーフィストォオオオオオ!!」


 それが炸裂し、魔弾は使い魔の超近距離で爆発。使い魔のバランスが崩れる。


「今だ……やっちまえ……美影……鞘乃……!」


 空越弦のエネルギー充填はすっかり完了していた。軌道もバッチリ、目指すは一直線。


『彩音ちゃんありがとう…約束通り勝利を見せてあげるわ』

「行くわよお姉ちゃん!ネオセイヴァー……」

『「アローストライク!!」』


 次元を越える必殺の矢が使い魔を貫く。そして貫通した矢が発生させる次元属性のエネルギーが、次元の穴と交わり凄まじい衝撃を起こした。


「うわわわわっ……!これ不味くないかしら!?この世界ごと吹っ飛んだり……」


 するのかとひやひやしたが、しばらくしてプツリとそれは途絶え、開いた穴も消滅していた。そしてそこに使い魔の姿はない。どうやら、上手く消し去ることが出来たらしい。


「はぁ……どうなることかと。……お疲れ様、お姉ちゃん」

『ふふ。それじゃあ私のことについてちゃんと話さなくちゃね。あっと……彼女を運ぶのが先ね』


 そう言ってお姉ちゃんが指す方には倒れた彩音ちゃんがいた。彼女の協力がなければ勝てなかった。いつもだったら引きずって連れていくところだけど、今回は特別におんぶしてみんなのところへ戻った。


 戻るとすぐにましろちゃんが駆けてきた。よほど心配だっただろう。その後ろには先生もいて……。


「彩音さん!!無事なのですか!?」

「……ん、あぁ……ちょっと疲れただけだから気にするな」

「何がちょっとだ馬鹿者!本当に……どうしてそうやって命に関わりそうな事ばかりするんだアホ!」

「いだっ!やめろよ!結果オーライだろうが!!」


 一発叩いた後、彩音ちゃんに背を向けて先生は言った。


「……無事でよかった」


 彩音ちゃんは笑って自信をもってこう答える。


「アタシは約束を破らねえ女さ」


 それを見て、ましろちゃんも嬉しそうだった。

 と、一段落ついたところで、今回のもう一人の功労者が顔を出す。


『良いわねぇ、彩音ちゃんは人気者で。ウチの鞘乃だって頑張ってたわよ。まぁ一番頑張ったのは私だけれど』


 まず声をあげたのはれいちゃんだった。


「……さっきからそれ、なんなの。貴女、多重人格……?それともただの痛い人……?」


 ……今まで以上に引かれそうなので早く説明しなくては。

 お姉ちゃんの事を知らないのはこの中で先生とれいちゃん、フラッシュの三人のみだ。先生に至ってはどう言うことなのか大体把握してくれているとは思う。なのでそれほど説明に時間はかからなかった。


『……ツマリハ、君ノ姉ノ魂ガ宿ッテイルトイウコトカ』

「……嘘くさい。非現実的ね」

「そんなの今さらじゃない。というか、そんな目で見ないで、普通に傷つくから」


 かつて優希ちゃんの身体で起きた『共鳴』についても話した。しかし、自分で説明していて妙な違和感を感じていた。そして、先生もまた、おかしい、と声を挙げる。


「そなたからはそれを感じぬ。至って普通の人間の身体のままであるぞ」

「やはりそうでしたか」


 ギョウマの気配は捉えられないし、治癒力にも影響はない。そして優希ちゃんはお姉ちゃんの魂と繋がっていたときこう言っていた。心の中で人格をバトンタッチするような感覚だったと。

 でも私にはそんな感覚はない。意識を切り換える時は鍵に力を込める感覚だった。そしてお姉ちゃんと話す時も鍵に向かって話しかけていた。


「つまりは、その鍵に美影さんがいるということですか?」


 ましろちゃんは困惑したように言った。自分が造った鍵なのだ。加えてもいないはずの機能が作動してしまえば、焦るのもおかしくはないだろう。だが実際そうだと思う。鍵の力というのは何が発動するものなのかわからない代物だからだ。

 直接繋がっていない――つまりこれは共鳴ではなくこの鍵が発動させた能力の一つなのだ。共鳴じゃないからこそ、私にはお姉ちゃんの考えは読めない。

 お姉ちゃんだと気づけたのは、この鍵が何故か私の周りを彷徨いていたこと。この時既に彼女の魂は鍵に入っていたんだ。そしてその前に聞いた声も、お姉ちゃんのモノだったのだろう。


「どのタイミングでこの鍵の中に?というか、どういう条件でこの中に入れたの?」

『ましろちゃんがこの世界に入った時点でよ。貴女の鍵は自立して動く……要するにそれそのものに救世主の力の意思が備わっている。かつて私はそれと同化して、優希ちゃんのグローブに宿っていた。つまり入ること自体は容易いことだったわ』

「それを発動できるかどうかは私次第だった、ってわけね」

『えぇ。なんだったら鞘乃に直接憑いても良かったのだけれどもね。『同じ』存在だから、繋がること自体は出来て当然だもの。だけど共鳴のせいで、貴女に優希ちゃんと同じような辛さを与えたくはなかった』


 かつてのそれを悔いるように彼女は一瞬口を閉ざす。それからすぐに、優しい声で私に言った。


『それに信じていたから。鞘乃なら絶対にやってくれるって』

「お姉ちゃん……」


 はっきり言って、素直にありがとうと言えなかった。この戦いの中で私は自分の無力さを痛感する事ばかりだったからだ。


「私、そんな風に思われるほど立派じゃないよ」


 そう言うと、お姉ちゃんは笑った。


『昔からほんとに変わらないわね。実力はあるのに自分以外の尊重ばかりで、当の自分自身にはまるで自信を持てない』

「え……そ、そう……昔から、そうだったんだ……」


 言われて気づく、自分の哀れみ。


『だけど忘れないで。失敗続きでも、自分が如何に他人に劣っている存在に見えても、鞘乃には鞘乃にしか出来ないことがある。だから信じてあげて。他の誰でもない自分自身を』


 それを言い終えると、お姉ちゃんが鍵から消えていく感覚があった。


「……待って。別れなくちゃいけないの?」

『……死者が留まっていつまでも迷惑をかけるわけにもいかないわ。でも大丈夫よ。私の力自体は鍵の中に残せたから』

「そういうことを言ってるんじゃ――」


 叫びかけた私を止めたのは先生だった。


「行かせてやれ。死んだものは絶対に生き返ることはない。そこにあるのは偽物の命だ」

「……っ!」

「辛くなるのはそなた達自身だ。そしてわかってやれ、そなたの姉の想いを」


 先生にはお姉ちゃんの魂そのものが恐らく見えているのだろう。私の隣……何もないはずの場所に視線を移して頷いている。


「立派だの。そなたは」

『そんな事はないわ。ふふ、とにかくありがとう。鞘乃の新しいお友達かしら?これからも鞘乃の事をよろしくね』

「……あぁ、強く心得ておる」


 そう言って先生はギュッと強く拳を握りしめた。

 落ち着かせるように葉月ちゃんとましろちゃんを連れた彩音ちゃんが先生の肩をそっと掴んで、同じようにお姉ちゃんに声をかけていた。


「貴女の勇姿は忘れません」

「一緒に戦えてよかったぜ」

「どうかお元気で、です」


 お姉ちゃんは力強く頷いた。

 そして完全にお姉ちゃんは消えていく。その最後の最後に、彼女はこう残していった。


『何度も辛い別れを味会わせてごめんね。でも、この前も、最初の時もちゃんとお別れを言えなかったから……その事だけは、少し未練が残ってたの』

「……だから成仏してなかったのね」

『あはっ、そうかもね。……ありがとう。本当に今まで、ありがとう。……さようなら』

「……感謝するのはこっちの方だよ」


 ……完全に彼女は消えた。私は泣き崩れながらも、決意を新たに握りしめていた。


「……さよならは言わない。お姉ちゃんの想いは、ずっとここにあるから……!」


 紫の鍵を再びグローブに装填して起動する。私はネオセイヴァーへと変化し、空越弦を構えた。


「お姉ちゃんが教えてくれたこと――私にしか出来ないこと、それを成し遂げる為に……一気に行くわ、この力で!」


 止まっている時間はない。自分自身にしか出来ないこと、その答えは正直なところまだわかっていないが、今はとりあえず、優希ちゃんを助けだす事こそが私のすべき事だ。


 この力ならそれが出来る。お姉ちゃんがくれた絆の光……。


「次元を越えた絆……『ネオセイヴァーディメンション』の力で」


 矢を構えつつ、瞳を閉じる。様々な次元を私の意識が駆け巡り、そして、優希ちゃんの想いを感じとる。


「……見えた。そこだっ!!」

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