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少女的妄想趣味者の微妙なレッスン  作者: 森戸玲有
番外
38/43

番外 ②

  数年前、両親を亡くしたリアラは、都の裏通りの小さな一軒家で一人暮らしをしていた。

  部屋数二つの、ほぼ本で占領されている狭い空間で、一人で本を読み、一人で妄想に励み、日々、にやけた顔で過ごしていた。

  今まで、読書以外のことに注意を払う気もなかったし、興味もなかったのだ。


  ――それなのに。

  最近、怪奇現象が起きている。


  王子と薄幸ヒロインが恋に落ちる話は王道で、リアラの好物であるが、どうも、最近、自分がその立場になりかけているようなのだ。


  いよいよ、現実と虚構の区別がつかなくなって、頭がおかしくなってしまったのかと、何度も何度も、考えこんでみたものの、やはり、リアラの勘違いではないようで、第二王子レイヴィンは、本の中でしか読んだことがない台詞をリアラにぶつけてきたり、行動で示そうとしたりする。


  以前、リアラは彼の策にはまって、本当は恋愛本になどまったく興味のないレイヴィンに、自分の知っている恋愛本のネタを、教える羽目になってしまったのだが、彼はまだその延長戦をこなしたいようだった。


(まあ、あれは、ネタのお芝居だったから、フリもできたんだけどね……)


  ――風呂場でバッタリ。

  ――添い寝でうっとり。

  ――床ドンでどっきり。


  どれを取っても、リアラにとって、垂涎ものの流れだが、それもこれも、あくまで非現実だから、ときめくことができるのだ。


  自分でやるなんて万に一つも想定していない。

  だけど、レイヴィンは律儀に、それを実践することこそ、リアラを喜ばせることだと勘違いしている節がある。


  リアラは、レイヴィンの優しいところや、変態の話に耳を傾けくれる柔軟な精神を好んでいるからこそ、友人としてなら、これから先も上手く関係を維持できるのではないかと、期待しているだけなのだ。

  レイヴィンと恋愛関係になろうだなんて……、そんな恐れ多い危険思想、考えたらおしまいだと思っていた。


  しかし、彼はリアラの思いとは裏腹に、一時的な勘違いで突っ走っている。


 つい先日なんて、本気で風呂場でバッタリを仕掛けて来られそうになったものだ。


(恐ろしいわ……)


  とても、生きた心地がしない。

  大体、リアラの貧相な体など眺めて、彼は何がしたいのだろうか?

  胸もそれほどないし、形も可愛いとは思えないから、鑑賞してもつまらないだろう。

  彼がその気になれば、素晴らしい体型の女性たちがみな喜んで、風呂場でばったり鑑賞大会を開いてくれるはずだ。

  むしろ、そちらの方がリアラにとっては興味深い。

  紙の世界でも、現実でも、美しい人はそれだけで、鑑賞対象となるのだ。

  ……と、そんなことを言いきってしまう自分自身をリアラは、決して正常だとは思っていない。自覚はあるのだ。


  変態なのだと……。


  ……それなのに。

  こんな変態・新人類に、この国の偉い王子様が興味を持っているそうなのだ。


(そろそろ、世界が滅ぶんじゃないかしら?)


 クオーツ王国の一国民として、こんな醜聞はない。机があったら、ひっくり返したい衝動にかられながら、レイヴィンが口にする世迷言を気持ち半分で聞いているのが、最近のリアラである。


 だから、昨夜も……。

 リアラは、妄想もしていたが、レイヴィンの話もちゃんと聞いていた。 

 大体、あんな煌びやかで華やかな場所で、うっとりと妄想になんて浸れるはずがない。

 ドレスで食事だなんて、マナーも何も知らないリアラにとって、恐怖でしかなかった。緊張のあまり、何を食べたのか、まったく覚えていない。

 もし、粗相でもして、払った金を返せとレイヴィンに言われたら、どうしようと、リアラの脳内はそればかりで、レイヴィン相手に上の空になった挙句、滅茶苦茶なことを口走ったような気もしないでもない。

 彼の話は記憶しているのに、自分が話したことを覚えていないというのは、滑稽な話だが……。でも、許して欲しかった。  


  ……リアラは、知らなかったのだ。


  まさかホテルで食事だなんて、思ってもいなかった。

  いきなり、レイヴィンが自宅に来て、外に連れ出された。訳も分からないまま、正装を着せられ、化粧を塗りたくられて、あのホテルに放り込まれたのだ。


  ある意味、犯罪めいてはいるが、年季の入ったひきこもりであるリアラが、あそこまで頑張ったのは、一重にレイヴィンのことが嫌いではなかったからだ。

 相手が王子であろうと、駄目だと思ったら、リアラは逃走していたはずだ。


  ……きっと。

  レイヴィンは、貧しいリアラを気遣ってくれたのだ。

  金に困ると、落ちたパンを拾って食べる習性があることを、彼だけは知っているのだから……。器の大きな王子様が、最下層のリアラに施しを下さったのだ。

 現に彼からは、昨夜の食事代の支払請求はされていなかった。多分、これからも、されることはないだろう。


(…………そうよね。もう、そういうことでいいのよ)


 さあ、この難題は永遠に後回しにしようと、リアラは夜の部の読書に励むつもり満々で、愛用の居間のソファーにどかっと座った。

 今日買ったばかりの本を開く。

 王道の看病ネタが見どころの三巻目だ。

 冊数的にも、主人公が自分の気持ちを自覚するのに良い節目で、リアラの期待も高まっていた。何度、読み返しても良質な本は飽きが来ないものだ。

 今日読むのは、これで六回目である。

 鼻歌混じりに、頁を開いて、顔中の筋肉をおもいっきり弛緩させる。

 山場の看病シーンだ。

 熱を出した少年をまめまめしく看病する少女。咳き込んで薬をこぼしてしまう少年に対し、少女は意を消して口移しで薬を飲ませようとするのだ。

 まあ、要するに、そのシーンくらいしか、リアラはちゃんと読んでいないのだが……。


(さあ、少年よ! そこで、少女にがつんといくのよっ!)


「さあ、いけっ!」


 握りこぶしを作って、本の中の人物に声援を送る。

 結末なんて、知っているくせに……。

 こんな姿誰にも見せられやしないと、一方で冷静な自分が自覚をしていたら……。


(…………あれっ?)


 そこで、初めてリアラは気がついた。

 自分の前に、何かが立っているらしい。

 その影が邪魔して、本が読みにくくなっていた。

 いい加減、邪魔なんだけどな……って。


(………………おいおい?)


 そういえば、リアラは一人暮らしのはずだった。

 リアラの自宅に、わざわざ不法侵入を果たそうと企む人間は恐ろしく限られている。 


 ……じゃあ、一体誰が?


 実際、声を出す余裕もなかった。


 宝石のように澄んだ青の瞳を、おもいっきり不機嫌に眇めて、レイヴィンは、リアラの前で仁王立ちになっていた。


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