第一章 月下の選定
はじめまして。
数ある作品の中から、この物語を見つけていただきありがとうございます。
聖剣と魔剣、そして二つの剣に秘められた過去をめぐる物語です。
少しずつ明らかになっていく謎や、登場人物たちの絆と戦いを楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは、物語をお楽しみください。
月明かりが、静かな村を照らしていた。
山々に囲まれた、小さな村。
大きな街からも遠く、旅人が訪れることもほとんどない。
それでも、この村で暮らす人々にとっては、かけがえのない故郷だった。
村の外れにある丘。
そこに三人の少年少女が並んで座っていた。
「なあ、リュウガ」
カイルが夜空を見上げながら言った。
「いつか俺たちも、この村の外へ行ってみようぜ」
「外に?」
リュウガが聞き返す。
「そうだよ。もっと広い世界を見てみたいんだ」
カイルは楽しそうに笑った。
「この村だけが世界じゃないんだろ?」
隣でセレナが苦笑する。
「二人とも、またそんな話をしてるの?」
「セレナだって気になるだろ?」
「……ちょっとだけね」
三人は笑った。
リュウガは夜空を見上げる。
満月が、静かに輝いていた。
「じゃあ、約束しようぜ」
カイルが拳を差し出す。
「いつか三人で、この村の外へ行く」
リュウガも拳を重ねた。
「そして、ちゃんと帰ってくる」
セレナも二人の拳に自分の手を重ねる。
「うん。帰ってこられる場所を、ちゃんと残しておこう」
三人は笑った。
このときはまだ、誰も知らなかった。
この小さな村で起こる出来事が――
三人の運命を大きく変えることを。
◆
数年前。
この村には、三人にとって兄のような存在がいた。
名前は――ガルド。
力が強く、面倒見もよかった。
村の子供たちが困っていれば、必ず助ける。
リュウガたちも、何度も世話になった。
そのガルドには、一人の妹がいた。
身体が弱く、幼い頃から病気を抱えていた。
村では治療できる薬がなく、日に日に身体は弱っていった。
ある日、ガルドは決意した。
「俺が薬を探してくる」
妹は不安そうに兄を見つめた。
「お兄ちゃん……行かないで」
「大丈夫だ」
ガルドは笑った。
「絶対に治してやる。だから待ってろ」
そしてガルドは村を出た。
妹を救うために。
それから何年もの間、ガルドは各地を旅した。
薬を求めて、遠い街へ。
危険な山へ。
そして、誰も近づかないような土地へも足を運んだ。
何度も諦めそうになった。
それでも、妹の顔を思い出すたびに歩き続けた。
そして――
ついに、ガルドは妹の病に効く薬を手に入れた。
「……これで、あいつを助けられる」
ガルドは薬を大切にしまい、村へ戻ろうとした。
だが、その帰り道。
山中で激しい嵐に巻き込まれ、ガルドは道を失った。
雨に濡れ、体力も限界に近づいていた。
それでも、彼は足を止めなかった。
「……早く帰らないと」
懐の薬を確かめる。
「待ってろよ。もうすぐ帰るからな」
そのときだった。
崖の下から、かすかな声が聞こえた。
「……助けて……」
ガルドは足を止めた。
声のした場所には、崩れた岩場があった。
その奥に、一人の旅人が倒れている。
ガルドは迷わず岩をどかし、旅人を引き上げた。
「おい、大丈夫か!」
旅人は血まみれだった。
その手には、黒い布で包まれた何かを握っている。
「……これを……持っていけ……」
「何だ、これ?」
「この剣を頼む」
旅人は震える手で黒い布をほどいた。
そこにあったのは、一振りの黒い剣だった。
刀身には無数の亀裂のような紋様が走り、柄には赤黒い石が埋め込まれている。
剣を見た瞬間、ガルドの背筋に悪寒が走った。
「そんなもの、捨てろ」
「……俺には……もう……時間がない……」
旅人は苦しそうに息を吐いた。
「その剣は……持ち主を選ぶ……」
「なら、なおさら触れられない」
ガルドは剣から目を逸らした。
「俺は妹を助けるために帰る。こんなものに関わっている暇はない」
その言葉に反応するように、黒い剣が低く震えた。
『妹を……救いたいのか』
ガルドの動きが止まる。
声は、耳からではなかった。
頭の中に直接響いていた。
「……誰だ?」
『薬だけでは、救えぬ』
ガルドは懐の薬を握りしめた。
「黙れ。これは妹を救う薬だ」
『その薬を持って帰るまでに、妹の命が尽きればどうする』
「……」
『お前は、間に合わぬ』
ガルドの脳裏に、弱っていく妹の姿が浮かんだ。
出発した日の、細い腕。
不安そうに自分を見つめる瞳。
そして、何度も繰り返した言葉。
――お兄ちゃん、帰ってきて。
ガルドは剣を睨みつけた。
「俺は帰る。必ず帰る」
『ならば、われを取れ』
「必要ない」
『この山を越える力も』
『妹の命を守る力も』
『お前を待つ者のもとへ、最短で帰る力も』
黒い剣が、まるで心臓のように脈動する。
旅人がかすかに口を開いた。
「……その剣は……ヴァルグレイヴ……」
「ヴァルグレイヴ……?」
「かつて……多くの戦場を……」
旅人の声が途切れる。
「……力を求める者に……力を与え……その代わりに……」
「代わりに、何だ!」
返事はなかった。
旅人はすでに息絶えていた。
ガルドはしばらく黙っていた。
黒い剣と、懐の薬を交互に見る。
剣に触れれば、何かを失う。
そんな予感があった。
それでも。
妹を救うために、ここまで来た。
ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「……俺は、山を越える力が欲しい」
ガルドは低く呟いた。
「妹を救うためなら、何だってする」
『ならば、握れ』
ガルドは黒い剣の柄を握った。
――ドクン。
瞬間、黒い炎が腕を包み込んだ。
「ぐっ……!」
頭の中に、無数の声が流れ込んでくる。
戦場の叫び。
剣が砕ける音。
誰かの怨嗟。
そして、ヴァルグレイヴ自身の声。
『力を与えよう』
『お前の願いを叶えるために』
ガルドは歯を食いしばった。
「俺の身体は……俺のものだ!」
『そうだ』
『今はな』
黒い紋様が、ガルドの右腕を這い上がる。
だが、ガルドは剣を手放さなかった。
「俺は帰る……妹のところへ……!」
ヴァルグレイヴの力によって、嵐が一瞬で吹き飛んだ。
崩れた岩場が砕け、山道が開ける。
ガルドは剣を握ったまま、村へ向かって走り出した。
しかし、彼はまだ知らなかった。
その剣が、力を与えるだけの存在ではないことを。
妹を救うために握った剣が。
帰るために求めた力が。
やがて、彼自身の心を奪っていくことを。
◆
ガルドは、ヴァルグレイヴの力で山道を駆け抜けた。
嵐で崩れた道を越え、谷を渡り、夜通し走り続ける。
以前なら数週間はかかる道のりだった。
だが、魔剣の力を使えば、村までは数日で戻れるはずだった。
「もうすぐだ……」
懐の薬を確かめる。
「待ってろよ。今度こそ、帰るからな」
しかし、村へ近づくほど、ヴァルグレイヴの声は強くなっていった。
『ムーンブレイドを探せ』
「俺は妹のところへ帰る」
『ムーンブレイドを手に入れれば、妹の病を完全に消せる』
「薬がある。もう必要ない」
『薬だけでは、また病に蝕まれる』
ガルドは足を止めた。
「……何?」
『お前は、妹を失う恐怖を二度と味わいたくないはずだ』
「黙れ」
『ムーンブレイドを手に入れろ』
「黙れ!」
ガルドは剣を地面に突き立てた。
だが、ヴァルグレイヴは脈動を続けた。
『村へ戻れば、妹は弱ったままだ』
『薬が効かなければ、また苦しむ』
『お前がいない間に、何かあったかもしれぬ』
ガルドの脳裏に、妹の姿が浮かぶ。
出発した日の、細い腕。
不安そうに自分を見つめる瞳。
そして、何度も繰り返した言葉。
――お兄ちゃん、帰ってきて。
「……俺は、あいつを救う」
ガルドは再び剣を握った。
「そのためなら、何だってする」
ヴァルグレイヴの力が、さらに強く流れ込む。
ガルドは村へ向かって走り出した。
だが、彼の足は村へ向かう道から、少しずつ外れていった。
魔剣が示す場所へ。
最短で帰れるはずだった道は、いつしか遠回りへと変わっていた。
ガルド自身は、そのことに気づいていなかった。
彼はただ、妹を救うために必要な力を求めているつもりだった。
しかし、ヴァルグレイヴは彼の不安と焦りを利用し、何度も進む方向を変えさせた。
数日で戻れるはずだった旅は、数週間になった。
数週間は、数か月になった。
そして、数か月は――数年になった。
その間、ガルドは何度も村へ戻ろうとした。
だが、魔剣はそのたびに囁いた。
『まだ足りぬ』
『このまま戻れば、妹を救えぬ』
『ムーンブレイドを手に入れろ』
ガルドは魔剣の声に抗いながらも、少しずつその言葉を信じるようになっていった。
やがて、彼の中で目的はすり替わっていった。
妹を救うために力を求めていたはずが。
ムーンブレイドを得るために、妹のもとへ帰ることを後回しにしていた。
その頃、ガルドは各地の街や辺境の集落を渡り歩いていた。
魔剣の力を使い、盗賊や魔物を退ける一方で、彼は次第に名を知られるようになっていった。
「黒い剣を持つ男が、魔物の群れを一人で倒した」
「報酬さえ払えば、どんな護衛も引き受けるらしい」
「いや、あの男は金では動かない。強い敵と、力のありそうな場所を探しているそうだ」
そんな噂が広がるにつれ、ガルドのもとには、行き場を失った者たちが集まってきた。
戦場を追われた傭兵。
故郷を魔物に奪われた狩人。
借金から逃げてきた盗賊。
教団を追放された魔術師。
彼らは皆、力を求めていた。
ガルドは最初、彼らを仲間にするつもりなどなかった。
だが、ヴァルグレイヴは彼らの心の隙間を見抜き、ガルドに囁いた。
『一人では、ムーンブレイドを探し出せぬ』
『力を求める者を集めよ』
『お前の目的を果たすために、使える者を使え』
ガルドは彼らに、食事と寝床を与えた。
そして、魔物退治や護衛の仕事を通じて、少しずつ自分のもとへ縛りつけていった。
彼らにとって、ガルドは恐ろしい男だった。
同時に、誰よりも頼れる男でもあった。
ガルドは約束した報酬を必ず払い、仲間を見捨てなかった。
危険な仕事では自ら先頭に立ち、傷ついた者がいれば薬を分け与えた。
その姿は、かつて村で子供たちを守っていた頃のガルドと変わらなかった。
だからこそ、彼らはガルドについていった。
やがて、彼らはガルドを「隊長」と呼ぶようになった。
ガルドは彼らに、ムーンブレイドのことを詳しく話さなかった。
ただ、白銀の剣を探していること。
その剣が、世界のどこかに眠っていること。
そして、それを手に入れれば、すべてが変わることだけを伝えた。
「その剣を手に入れれば、俺は妹を救える」
ガルドは何度もそう語った。
「だから、力を貸してくれ」
部下たちは、その言葉を信じた。
彼らもまた、ガルドが妹を救うために戦っているのだと思っていた。
だが、年月が経つにつれ、ガルドの目的は変わっていった。
妹を救うために剣を探していたはずが。
剣を手に入れることそのものが、目的になっていた。
そして、彼の部下たちもまた、いつしかガルドの執念に取り込まれていった。
彼らは各地の古文書を集め、遺跡を調べ、古い伝承を追った。
その中で、ムーンブレイドに関する一つの記録を見つけた。
――月の光が最初に届く場所。
――山々に囲まれた、古き守りの地。
――選ばれし者が現れるまで、剣は眠り続ける。
その記述に、ガルドは強く反応した。
「山々に囲まれた場所……」
彼の脳裏に、故郷の村が浮かぶ。
村の周囲には、いくつもの山が連なっていた。
古い石碑や、村の地下に残る空洞のことも思い出した。
幼い頃、村の大人たちは決して近づくなと言っていた場所。
「……まさか」
ガルドは、初めて自分の故郷とムーンブレイドを結びつけた。
ヴァルグレイヴが、低く笑う。
『ようやく気づいたか』
「俺の村に、ムーンブレイドがあるのか?」
『お前が帰るべき場所に、求める剣は眠っている』
ガルドは拳を握った。
「なら、今度こそ帰る」
だが、その言葉に込められていたのは、妹のもとへ帰る決意だけではなかった。
ムーンブレイドを手に入れるという、魔剣に植えつけられた執念だった。
ガルドは部下たちを集めた。
「目的地が分かった」
「どこです、隊長?」
「俺の故郷だ」
部下たちがざわめく。
「故郷……?」
「そこに、ムーンブレイドが眠っている」
ガルドは黒い剣を掲げた。
「今夜、村へ向かう」
「村人たちはどうします?」
一人の部下が尋ねた。
ガルドはしばらく黙っていた。
「抵抗するなら、排除する」
その言葉に、かつてのガルドを知る者なら耳を疑っただろう。
だが、ガルドの瞳には、もう迷いがなかった。
「ムーンブレイドを手に入れる。それが最優先だ」
部下たちは互いに顔を見合わせた。
それでも、誰も逆らわなかった。
彼らはガルドに救われ、ガルドの力に依存していた。
そして何より、彼ら自身もまた、ヴァルグレイヴの力に魅せられていた。
こうしてガルドは、旅の途中で集めた者たちを率い、故郷の村へ向かった。
村の人々は、いつかガルドが帰ってくると信じていた。
妹も、ずっと兄を待ち続けていた。
だが、待つ時間が長くなるほど、村人たちの中には不安と諦めが広がっていった。
それでも、誰もガルドを恨みきれなかった。
彼が妹を救うために村を出たことを、皆が知っていたからだ。
◆
その夜。
村に、異変が起きた。
――カンッ!
――カンッ!
警鐘が鳴り響く。
「敵だ!」
村の入口から叫び声が上がった。
リュウガたちが丘から駆け下りる。
「何があった!?」
村の入口には、武器を持った男たちがいた。
剣。
斧。
弓。
その中には、ガルドが旅の途中で集めた傭兵や狩人、魔術師たちがいた。
彼らはそれぞれ異なる土地の出身だったが、長い旅の中でガルドに従う一つの部隊となっていた。
だが、その中央に立つ男を見た瞬間――
リュウガの足が止まった。
「……え?」
見覚えのある顔だった。
やつれた顔。
伸びた髪。
そして、黒い剣を握った右手。
「……ガルド……兄ちゃん?」
カイルも息を呑んだ。
「嘘だろ……」
セレナが呟く。
「ガルド……?」
ガルドは三人を見る。
その瞳には、かつての優しさがなかった。
黒い魔剣――ヴァルグレイヴが、低く脈動している。
『……探せ』
ガルドの頭の中に声が響く。
『ムーンブレイドを探せ』
「……分かっている」
ガルドが呟く。
「この村のどこかにある」
リュウガは叫んだ。
「何を探してるんだよ!」
ガルドは答えない。
代わりに、部下たちへ命令する。
「探せ」
「地下も、倉庫も、家の中も全部だ」
「白銀の剣――ムーンブレイドを見つけろ」
リュウガは目を見開いた。
「ムーン……ブレイド?」
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが反応した。
――ドクン。
だが、リュウガにはその意味が分からない。
「なんで……そんなものを探してるんだよ!」
ガルドの表情が歪む。
「……俺が探しているんじゃない」
「え?」
「俺は……」
ガルドは頭を押さえた。
「……やめろ……」
黒い魔剣が脈動する。
『探せ』
「黙れ……!」
『ムーンブレイドを手に入れろ』
ガルドの身体が震える。
「やめろ……!」
一瞬だけ、ガルドの目に昔の光が戻った。
「……リュウガ……」
「ガルド兄ちゃん!」
だが次の瞬間。
黒い紋様がガルドの首筋まで広がる。
「……邪魔をするな」
その声は、ガルドのものではなかった。
◆
敵が村へなだれ込む。
「みんな逃げて!」
セレナが叫ぶ。
村人たちが家から飛び出す。
「子供を先に!」
「家の裏へ!」
リュウガが剣を握る。
「カイル!」
「ああ!」
二人は同時に走った。
セレナも後ろから魔法を放つ。
光の壁が敵の進路を塞ぐ。
「今のうちに村人を逃がす!」
「分かった!」
リュウガが敵の武器を弾き飛ばす。
カイルも別の敵を受け止める。
三人の連携は、幼い頃から一緒に過ごしてきたからこそ完璧だった。
「リュウガ、左!」
「任せろ!」
「カイル、後ろ!」
「分かってる!」
敵は普通の武器しか持っていない。
それでも数が多い。
少しずつ村の奥へ押し込まれていく。
そのとき。
ガルドがヴァルグレイヴを振った。
――ズガァン!
地面が大きく裂ける。
「うわっ!」
カイルが吹き飛ばされる。
「カイル!」
「大丈夫だ!」
立ち上がったカイルがガルドを見る。
「……あんなの、ガルド兄ちゃんじゃない」
ガルドは何も答えない。
ただ、魔剣が笑うように揺れていた。
◆
リュウガは村の奥へ走った。
「まだ人が残ってる!」
燃え始めた家の中から、子供の泣き声が聞こえる。
「助けなきゃ!」
リュウガは炎の中へ飛び込んだ。
「リュウガ!」
セレナの声が響く。
建物の奥へ進んだ瞬間。
――ズン。
地面が崩れた。
「うわっ!」
リュウガの身体が地下へ落ちていく。
◆
そこは、古代の遺跡だった。
壁には見たことのない文字。
中央には、石台。
その上に――
一振りの白銀の剣が突き立っていた。
月明かりのような光を放つ剣。
リュウガは吸い寄せられるように近づいた。
「……なんだ、この剣……」
柄に触れる。
――ドクン。
剣が光った。
頭の中に、名前が浮かぶ。
「……ムーンブレイド……」
その瞬間。
白銀の光が遺跡を満たした。
リュウガは剣を握りしめる。
身体の奥に、温かな力が流れ込んできた。
「……俺を、選んだのか……?」
答えはなかった。
ただ、剣は静かに輝いていた。
◆
地上では、カイルとセレナが敵を食い止めていた。
「リュウガはどうなった?」
「分からない!」
そのとき、ガルドが二人へ向かって歩き出す。
「……どけ」
「嫌だ!」
カイルが立ちはだかる。
「昔のガルド兄ちゃんを知ってる俺たちが、簡単にどくと思うか!」
ガルドの目が揺れた。
「……カイル……」
一瞬。
昔のガルドに戻る。
「……逃げろ」
カイルが目を見開く。
「ガルド兄ちゃん!」
『邪魔をするな』
ヴァルグレイヴが黒い炎を噴き上げる。
「ぐああああっ!」
ガルドが苦しむ。
そして、魔剣に身体を奪われる。
『ムーンブレイドを探せ』
「……あそこだ」
ガルドの視線が、崩れた地面へ向く。
「リュウガ……!」
◆
地下からリュウガが戻ってきた。
その手には――
白銀の剣。
「リュウガ……!」
セレナが息を呑む。
ガルドも立ち止まった。
ヴァルグレイヴが激しく震える。
『見つけた』
ガルドの口元が動く。
「……ムーンブレイド」
リュウガは剣を構えた。
「ガルド兄ちゃん……」
「俺は……」
ガルドが頭を押さえる。
「……お前とは……戦いたくない……」
リュウガの目に涙が浮かぶ。
「だったら戻ってきてよ!」
『殺せ』
ヴァルグレイヴが唸る。
ガルドが襲いかかる。
――ガキィン!
白銀と黒の剣がぶつかった。
衝撃が村中に響く。
リュウガは必死に耐える。
「ガルド兄ちゃん!」
「……逃げろ……!」
「嫌だ!」
「俺は……もう……」
ガルドの右腕が震える。
「俺は……俺じゃ……」
リュウガは剣を握り直した。
「だったら、俺が止める!」
ムーンブレイドが強く輝く。
ガルドの魔剣が暴れる。
二本の剣が激しくぶつかり合う。
最後の一撃。
――ズガァァン!
ムーンブレイドの斬撃がヴァルグレイヴを弾き飛ばした。
ガルドの身体が地面に崩れ落ちる。
「ガルド兄ちゃん!」
リュウガが駆け寄る。
「……リュウ……ガ……」
ガルドがかすかに目を開けた。
「……妹を……村人たちを……」
「分かってる!」
リュウガは強く頷く。
「俺が守る!」
ガルドは、ほんの少しだけ笑った。
そして意識を失った。
◆
その直後。
「隊長がやられたぞ!」
敵の部下たちが騒ぎ始める。
「ムーンブレイドは見つかった!」
「なら、あのガキから奪え!」
残った敵たちが一斉にリュウガへ向かう。
「させるか!」
カイルが前へ出た。
その足元に――
黒い剣があった。
ヴァルグレイヴ。
カイルは剣を見る。
怖い。
触れてはいけない。
そんな気がした。
だが。
後ろには村人たちがいる。
「……俺がやる」
カイルがヴァルグレイヴを握った。
――ドクン。
黒い紋様が右腕を走る。
「ぐっ……!」
頭の中に声が響く。
『力を貸そう』
カイルは歯を食いしばった。
「……好きにしろ」
そして、はっきりと言った。
「でも、身体は俺のものだ!」
黒い炎が刀身を包む。
カイルが敵へ踏み込む。
――ズガァン!
敵の武器が次々と弾き飛ばされる。
「な、なんだこいつ!」
「隊長の魔剣を持っているぞ! なぜだ!」
「違う!」
カイルが剣を構える。
「俺はガルド兄ちゃんとは違う!」
セレナも魔法で援護する。
「カイル、右!」
「任せろ!」
リュウガもムーンブレイドを振る。
「セレナ、後ろは頼む!」
「うん!」
三人は再び並んだ。
白銀の聖剣。
黒き魔剣。
そして、それを支える少女。
敵は次々と武器を失い、逃げ始める。
「退け!」
「もう無理だ!」
「逃げろ!」
敵たちは村の外へと逃げていった。
カイルも追おうとする。
「待て!」
しかし、リュウガが肩を掴んだ。
「もういい!」
「でも……!」
「村を見ろ!」
カイルが振り返る。
そこには、傷を負いながらも生きている村人たちがいた。
焼けた家。
壊れた道。
荒れた畑。
それでも、人々は互いに支え合っている。
カイルは剣を下ろした。
「……そうだな」
「俺たちの村だ」
◆
戦いが終わった。
村は大きな被害を受けた。
だが、村人たちは生きていた。
リュウガは瓦礫を運ぶ。
カイルも倒れた柱を持ち上げる。
セレナは怪我人に治癒魔法をかける。
「こっちは大丈夫!」
「怪我人を家へ!」
「水を持ってきて!」
そのとき。
村の奥から、小さな声が聞こえた。
「……お兄ちゃん……?」
三人が振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
顔色が悪く、身体も細い。
セレナが駆け寄る。
「無理しちゃ駄目!」
少女を支える。
「あなた……ガルドの妹?」
少女は頷いた。
そして、倒れているガルドを見る。
「……お兄ちゃん……」
少女が涙を浮かべながら近づく。
「どうして……」
「帰ってきたのに……」
ガルドは意識を失ったままだ。
少女は兄の手を握った。
「ずっと……待ってたのに……」
そのとき、ガルドの懐から小さな袋が落ちた。
――コトッ。
リュウガが拾い上げる。
「……これ……薬?」
袋の中には、丁寧に包まれた薬が入っていた。
セレナが驚く。
「ガルドが……?」
妹は震える手で薬を見つめた。
「……これ……」
「私の薬……?」
リュウガは黙って頷いた。
妹の目から涙がこぼれる。
「……見つけてくれたんだ……」
ガルドが何年も帰ってこなかった理由。
ただ逃げていたわけじゃない。
妹を救うために、ずっと旅をしていた。
そして――
ちゃんと薬を手に入れていた。
それなのに。
帰ってきた兄は、魔剣に支配されていた。
リュウガは拳を握った。
「……ガルド兄ちゃんを助けよう」
セレナが頷く。
「うん」
妹も涙を拭った。
「……お兄ちゃんを……助けて……」
リュウガは強く頷いた。
「絶対に」
◆
村人たちは、倒れたガルドを見つめていた。
彼は村を襲った。
家を壊し、畑を荒らし、村人たちを傷つけた。
許されることではない。
それでも、誰もすぐに彼を殺せとは言わなかった。
ガルドが村を襲ったのは、彼自身の意思だけではないと分かっていたからだ。
何年も妹のために旅を続け、薬を手に入れ、ようやく帰ってきた。
その帰り道で魔剣に心を奪われた。
村人たちは、かつてのガルドを知っている。
子供を助け、老人の荷物を運び、困っている者を見捨てなかった男を知っている。
だからこそ、彼を受け入れることは、罪をなかったことにすることではなかった。
「……ガルドは、村を襲った」
村長が静かに言った。
「その罪は消えない。目を覚ましたとしても、償ってもらう」
村人たちは黙って聞いていた。
「だが、今の彼を魔剣の犠牲者として見捨てることもできない」
ガルドの妹が、兄の手を握る。
「お兄ちゃんは……悪い人じゃない……」
「分かっている」
村長は頷いた。
「だから、まずは生かす。罪を償う機会を奪わないために」
リュウガはガルドを見つめた。
「俺たちが、ガルド兄ちゃんを見張る」
カイルも頷く。
「逃げたら、俺たちが止める」
セレナが続けた。
「でも、助けられるなら助けたい」
村人たちは互いに顔を見合わせた。
やがて、一人の老人が口を開いた。
「ガルドは、昔からこの村の子供たちを守ってきた」
別の村人も続ける。
「今度は、俺たちがあいつを見捨てない番だ」
それは、無条件の許しではなかった。
罪を忘れることでもなかった。
それでも村人たちは、ガルドを敵として処刑するのではなく、罪を償うべき一人の村人として受け入れることを選んだ。
◆
カイルは手にしたヴァルグレイヴを見る。
黒い刀身が、静かに揺れている。
『……ムーンブレイド……』
「……何だ?」
カイルが眉をひそめる。
『……求める……』
「誰を?」
返事はなかった。
ただ、魔剣だけが不気味に脈動していた。
◆
夜が明け始めていた。
焼けた村を、朝の光が照らしていく。
村人たちは疲れ切っていた。
それでも、誰も一人ではなかった。
互いに声を掛け合い、壊れた家を直し、怪我人を運ぶ。
リュウガはムーンブレイドを見る。
カイルはヴァルグレイヴを見る。
セレナは二人を見る。
まだ誰も知らない。
この二本の剣が、やがて世界を揺るがすことを。
そして――
村の外。
山道から、白銀の鎧をまとった騎士たちが姿を現した。
その先頭に、一人の騎士が立つ。
「……間に合わなかったか」
彼らは、ガルドたちを追ってきた教団の騎士団だった。
騎士の視線が村へ向く。
そして――
白銀の剣。
黒き魔剣。
二本の剣を目にした瞬間、表情が変わった。
「……なぜ、あの村に……」
朝日が昇る。
ムーンブレイドが、静かに輝く。
そして。
三人の少年少女の運命は、ここから大きく動き始める。 第1章完
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これから物語が大きく動いていきますので、引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。




