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プロローグ

 





 嵐の中、私はただ走る。どこに向かっているのかなんて知らない。何日も走り続けた。



 何度も教えろ、答えろ、と念じたが粗悪品として産まれた私の目には何も映らない。今ほど自分の能力の酷さを恨めしく思ったことはない。もう知らなくてもいい。後ろにいるやつらが止まることを許さないだけだ。追いつかれたら終わる。それだけは考えるまでもなくわかる。


 雨が全てを消してくれたらいいのに何も消えない。ただ冷たくて痛い。痛みが私を叩き続ける。止まらないように壊れてもいいように私を前へと無理やり進ませる。


 腕の中のこの子だけが私の動力源だった。この子だけは守らなければならない。この子がいなければ、私はきっと、もう私じゃない。どれだけ壊れても、どれだけ無様でも、この子を失ったら私は消える。


 この子以外の全てを失った。あの人も、笑顔も、故郷も、未来も。追っ手が全部奪った。誰もいない。誰も残らなかった。それでもやつらは私たちの命まで追ってくる。逃げるしかない。生きるしかない。


 足が砕けそうだ。肺は引き裂かれるみたいに痛む。日が沈んで薄暗くなった視界は雨に埋もれていく。それでも止まらない。終わるわけにはいかない。追いつかれたら終わる。ただの肉塊になるだけだ。


 未来を見る力があるって笑える。確かにこの子はすごい。だから狙われる。でも私にはほとんど何も見えない。見えたところでどうにもならない。未来を掴む力がないのになぜ命を狙われなきゃいけない?「ははっ」と、かすれた声が喉を突いて出た。自分でも笑ったのか泣いたのかもわからない。ただそれさえも噛み潰して走る。


 霧が薄れ、光が見えた。ぽつんと立つ一軒家。丘の上に佇む灯りが雨の中に浮かんでいる。助かるかもしれない。そんな未来があるなら私は足を向けるしかない。


 獣道を抜け舗装された道に出る。少しだけ足が軽くなる気がした。息を切らしながらその家へ向かって走る。見えた。少年が立っている。ドアが開いた。傘を閉じている。その動作がどうしようもなく遅く見えた。


 視線が交わる。時が止まりかけた。でも、私は止まらない。ガラス戸へ飛び込むように体を滑り込ませた。濡れた体がドアにぶつかる音と少年が驚く顔が交錯する。ドアが閉まった。外の雷雨が少し遠のく。


 それでも嵐は続いている。私は震える声で叫んだ。


「どうか……この子を……」


 言葉が途切れる。嵐の音に負けた。それでも祈りだけは彼に通じて欲しかった。


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