69.空の剣
少し長めです。。。
柚子と杉江、冬木と須藤が相対している間、憂と御井は奇しくも十年前の戦いを再現していた。
あの時と同じく指を弾き、円状に広がる衝撃波が瓦礫はおろか木々、献花さえ吹き飛ばしていく。
だが迫りくる衝撃波に御井は逃げも隠れもせずに左目を紅に染め、衝撃波を掻き消していく。憂自身この一発で殺せると考えてはいなかったが、まさかこうも一瞬で無効化されるとは思いもしなかった。
「……」
「なぁ聞いてくれねぇか、ONE」
そう言って右手を握りしめ拳を構える御井。「ここから殴るつもりか」「遠距離攻撃か」と思考を巡らせる憂だが相手との距離は約十m、さらに"遠距離殺し"の【黒鱗】と油断しなければ問題は無い……そう思っていた。
「俺はよォ……最悪の震災からずっと、思ってる事があってなァ!!」
(何だこいつッ、消え)
「ぐはァァ!?」
気付いた時には既に腹を御井に殴られていた憂。瞬間移動ではない。新幹線が通り過ぎるかの如く、目にも止まらぬ速さで御井自身が"加速"したのだ。
(何故だ、何故ただのパンチで俺を殴れる!!)
【黒鱗】を使用している、魔体どころか素手で殴り飛ばすのは不可能なはず。しかし、奇怪な現象はこれだけに終わらなかった。なんと吹っ飛ばされた憂の体が逆に引き寄せられるかの如く"御井に戻って行く"のではないか。
(何が、起きて)
「がはァ!!」
戻って来た憂にカウンターを喰らわす御井。そして顔面に入った憂は鼻から血を流し、そのまま地面に倒れ込んだ。
「あの時戦ったのが俺だったら……誰も死なずにすんだんじゃねぇかってな」
「ッ……!!」
何処か悲し気にそう呟く御井だが、憂にとってはどうでも良い事。すぐさま憂は自身に衝撃波をぶつけ、御井と強引に距離を取った。パンチ二発と自爆一発、開始早々でかなりのダメージを受けてしまったが、お陰で分かった事が一つある。
「てめぇ……殴ってねぇな」
御井が殴った瞬間、拳ではなく"目に見えない何か"に接した感覚があった。恐らく、その強度は【黒鱗】を上回っている。
「流石に気付いたか……だが、それがどうしたァ!!」
「【黒鱗】ォ!! 俺を包めェェェ!!」
先程と同じく、御井は加速し目に見えない何かで殴りつけようとする。しかし何度も同じ手を喰らう憂ではない。左半身を黒く染めた鱗が更に侵食していく。魔具である【黒鱗】は壊れない、まさしく無敵の鎧____がしかし、今は"十年後"だ。
「お前を吹っ飛ばしたのは圧縮した空気でな……だからこういう事もッ」
(何で、体が動)
「出来る!!!!」
「ぐぉおお!!」
次の瞬間、憂は見えない何かに身体を押し潰された。そして身動きが出来ず困惑している隙に、御井は拳に纏っている何かを爆発させる。
見えない何か......その正体は圧縮された空気の塊。
御井 麗水。契約悪魔 《ヴァプラ》の【空間を圧縮する】魔眼使い。
御井はこぶし大に固めた空気の塊を元に戻し、爆発するかのように膨張させた。その際発生した衝撃波によって憂の動きを封じ吹っ飛ばしたのである。いくら無敵の魔具とは言えど使用者ごと飛ばされては意味が無い。
先の加速も空間を圧縮し距離を縮めた結果だ。
そう__御井はONEにとって"もう一人の天敵"。
「さて……お遊びはこれまでだ」
それは亡き恩師の技。
「空の剣」
黒の籠手から引き抜かれたのは"圧縮した空気の剣"。「空間を精製する」魔具【手工の籠手】で精製した御井専用の武器だ。
「アァァァ!!!!」
「死ねェェェ!!!!」
空の剣と【黒鱗】が交差し、凄まじい衝撃波が生まれる。だが、御井にはまだブーストがある。
「解!!」
「何、ぐふ!?」
御井が空の剣の圧縮を解除した瞬間、膨大な圧力エネルギーが憂に襲いかかる。先程拳に纏ったモノと同質な空の剣はリーチがある分攻撃範囲が遥かに上昇していたのだ。しかし、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解縮解ィィィイイイ!!!!!!」
「ァァア!!」
地面に叩きつけられ血を吐き出す憂。【黒鱗】による鎧に傷がつく事は無い。しかし三十を超える衝撃波を完全に防ぐ事は出来ず、憂の内臓はボロボロになっていた。
空の剣の恐ろしさは威力もさることながらその"生産性"にある。抜刀の構えをするだけで【黒鱗】を上回る爆弾を量産し吹き飛ばす事が出来るのだ。
しかし限界を超えた魔具の連続発動は魂にかなりの負荷が掛かる。鳴りやまぬ頭痛と止まらない汗…………だが、それでも憂を、ONEを殺す使命が御井にはあった。
「はぁ……はぁ…………」
十年前、最悪の震災を止められたかもしれない自分は敵の策略に嵌り何もする事が出来なかった。だが、こうして十年来の宿敵が目の前に現れ......死にかけている。
普吾の死に始まり憂の死で終わる。奇妙とも言うべき因縁は御井の手に委ねられていた。
「これで……終わりだッ!!」
御井は空の剣を振り下ろし____憂はその刃を掴んだ。
「何ッ!?」
「…………い」
「あ?」
「……弱い弱い弱い!! 反吐が出る程弱すぎる!! こんなの、絶対ありえねぇ!!!!」
それは誰に向けたモノではない、自分自身に投げた言葉。憂は一方的に嬲られるこの現状が理解出来なかったのだ。いくら相手が悪魔殺しの専門家だとしても自分は指定災害種の魔眼使い、最強の存在に間違いない……はずなのに、これでは余りにも"弱すぎる"。
(俺は何故殺されそうになっている!? ONEには圧倒的な力があるんじゃないのか!!)
「何なんだ、何なんだよぉ…………俺の……"僕"の魔眼はァ!!!!」
「!? まさか、意識を……くッ!!」
無色ではない、厄災の色の風がまるで孵化を待つ卵のように狂った憂を包み込む。
悍ましい黒い風は周囲全てを吹き飛ばし、御井は近づく事すら出来ずにいた。
「いったい、何が起きているんだ……ッ」
先の悲壮に満ちた顏。あれは悪魔の顏なんかではない、後悔に苛まれる人間の顏だった。
(あの顔つき、とても侵食されたようには……なら希望は、まだッ!!)
「戻って来るんだァアアア!!!! 憂ィィイイイイ!!!!」
必死に呼びかける。結局、御井は諦めきれなかったのだ。ONEを殺すのではなく憂を救う方法を。
「このまま消えちまうなんて、そんなの……そんなのあまりじゃないかァ!!!!」
憂がONEの魔眼使いだと判明した時、苦しんでいたのは柚子だけではない。御井もまた、恩師が守り抜いた息子の未来がこんな絶望的だなんて信じたくなかったのだ。
しかし未来が変わる事は__ない。
おまけ(設定説明)
十年前に御井が兎に足止めされたのはそういう事です。。。
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