後編
病院を退院した私は明日から高校に登校することになった。
困ったことが発生したら二人の幼馴染がフォローしてくれる手筈になっている。
何とも心強い幼馴染に私は感謝した。
そういえば入院中、空野君がいない時を見計らって月森さんにカバンの中から見つかった宛先不明のラブレターについてこっそり聞いてみた。
月森さんなら私が好きな人を知っていると思ったのだ。
しかし月森さんは「知ってるけど教えてあげない」と教えてくれなかった。
私は「意地悪しないで教えてよ。ケチ」と言ったのだけど、月森さん曰く「学校に行けば分かる。行ってのお楽しみ」とのことだった。
学校……そこに私の好きな人がいることは分かった。
同級生なのか、それとも上級生もしくは下級生なのか……
私は自分の好きな人について早く知りたかった。
何故なら……空野君のことを好きになり始めていたからだ。
おかしなことではないと思う。
自分に好意を持っていると知っていて意識せずにいられるほど私は鈍感ではない。
毎日、入院している私のお見舞いに来てくれて、自分の知らない思い出を楽しそうに話す男の子のことが気になって仕方がなかった。
しかし、この感情は間違いである。
記憶を失う以前の本当の私が好きな人を好きにならないといけないのに、私の心はどうしても空野君に惹かれてしまう。
本格的に好きになってしまう前に、私は本当に好きな人に会ってこの感情が間違いなのだと確信しなければならない。
そう思った。
登校初日――
「それじゃあ、二人とも聖をよろしくね」
自宅の玄関にて、母は迎えに来た空野君と月森さんに学校での私の世話をお願いした。
「黒船に乗ったつもりで任せて!」
「ミャコちゃん、それを言うなら大船だよ」
私は月森さんのボケにツッコミを入れた。
ボケにツッコミを入れるのももう慣れたものだ。
「おお、そうとも言う」
「そうとも言わねーし。黒船で学校に何を伝来させるつもりだよ」
さらにボケる月森さんに今度は空野君がツッコミを入れた。
「ミャコちゃんが黒船なら、私は黒船に乗って来日した大型外国人グラビアアイドルってところか!」
「ひじりんはどう見ても純日本人じゃん」
「グラビアアイドルはないわー」
私のボケに二人が笑う。
ツッコミだけでなくボケることも覚えた。
今日はツッコミもボケも絶好調だ。初登校でドキドキだけど、これならきっと同級生とも仲良くなれる気がする。
「はいはい、三人とも遊んでないで早く学校に行ってらっしゃい」
「はーい、行って来ます」
母に見送られて私達は家を出発した。
私の通う高校は徒歩で通える距離にあるそうだ。
二人の先導のおかげで見知らぬ通学路を迷うことなく進み、あっという間に学校前まで到着した。
歴史を感じさせるやや汚れの目立つ三階建ての白い校舎を見上げながら思う。
ここが私の通う高校……
そして私の好きな人がいる場所……
学生服を着た生徒達がたくさん歩いており、この中に私の想い人がいるのかと思うと落ち着かない。
周りの人から私は挙動不審に見えたことだろう。
キョロキョロしていると空野君が声をかけてきた。
「聖、もしかして初登校で緊張してるのか?」
「あ、うん。聞いてはいたけど生徒が多くて驚いた」
こんなに生徒がいるのに想い人を見つけられるだろうか……
不安になりかけたその時だ。私の頭に空野君がポンと手をのせた。
「安心しろよ、クラスの奴らはみんないい奴だし、何か困ったことがあったら俺がフォローしてやる」
「ありがとう。頼りにしてる」
空野君の手は温かく、頭にのせられると安心してしまう。
でも、違うんだ。私は空野君に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
私は記憶を失う前にラブレターを渡そうとしていた相手を探せるか不安になっていたのであって、学園生活が不安だった訳ではない。
記憶を失う前の私は空野君を振ったというのに、空野君は私に対してとても優しい。
これ以上優しくされると私は……
「ひじりん、邪魔して悪いけど、私もフォローするからねー」
「べ、別に邪魔なんて思ってないし。ミャコちゃんも私のフォローよろしくね」
危ない危ない。すっかり考えごとに没頭していて月森さんの存在を忘れていた。
月森さんは私が空野君のことを好きになりかけていることに気づいている。
でも、そのことに対して何か言おうとはしてこない。
月森さんが何を考えているのか不明だ。
「おはよう、宗方さん。無事退院したんだね」
校門をくぐったところでイケメンに声をかけられた。
「お、おはようございます」
反射的に挨拶をしたはいいけど誰だ?
この高校の制服を着ているので生徒なのは分かるけれど、私の知り合いなのか?
イケメンは爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「ひじりん、この人は生徒会長の日向誠先輩だよ」
月森さんが私の耳元で囁き、目の前の人物が誰なのか教えてくれた。
そういえば生徒会に所属してるなんて伏線もあったな……
「聞いてはいたけど記憶喪失っていうのは本当のようだね。俺は三年の日向誠。この学校の生徒会長をやってる。宗方さんも生徒会に所属してるっていう話は聞いてるかな?」
「は、はい書記をしていると聞いてます」
「うん、生徒会の皆も心配してるよ。学校に慣れたら生徒会の方にも顔を出してよ」
「日向先輩、ご心配ご迷惑おかけしてすいません。なるべく早いうちに生徒会に復帰したいと思います」
少しだけ雑談した後、日向先輩は「それじゃ、また」と言って爽やかな笑顔を振りまきながら去っていった。
私は感心してため息をついた。
「いやー、うちの高校の生徒会長ってイケメンなんだねぇ」
「でしょう。サッカー部キャプテンでテストの成績も常に上位で女子の憧れの的だよ」
「へぇー」
「生徒会選挙の時、日向先輩目当ての人が結構いて合計七人も書記に立候補したくらい」
ん、ということはその七人の中に私も含まれるのか。
月森さんの言葉で私が生徒会の書記なんて面倒そうな役に立候補した理由と私の好きな人が判明してしまった。
私の想い人は日向先輩なのか……
しかし確かに格好いいとは思ったけれど、それ以外に何も感じなかった。
そう、何も感じなかったのだ。
本当に好きな人に会えば胸が高鳴ったりするかと思ったのだけど何もなかった。
私は日向先輩を好きにならないといけないのに……
「生徒会選挙の時は俺たちも聖の選挙活動の手伝いをしたんだぜ。ポスター作ったり、校門のところで一緒に挨拶活動したり。あれはあれで楽しかったな」
「そうだったんだ。書記になれたのは二人のおかげだね」
空野君は私が日向先輩に近づきたいがために書記に立候補したというのに選挙活動を手伝ってくれたのか。
恋仇に塩を送る行為だというのに空野君は全然気にしている様子はない。
記憶を失う前の私は空野君の気持ちを知りながら利用したというのに……
私は自分の最低な行いに気持ちが沈んだ。
「まあ、聖の熱意が皆に伝わって立候補者七人の中から書記として選ばれたんだから自信を持っていいと思うぞ。実力だよ。実力」
きっと暗い顔をしていたのだろう。
そんな私を空野君は励ましてくれた。
空野君は優しい。いつも私のことを気にかけてくれて、力になってくれる。
空野君を振った記憶喪失になる前の私は馬鹿だ。
私は記憶喪失前の自分のことが嫌いになっていた。
そして日向先輩に会ったことで私は逆に空野君への感情がはっきりしたものに変わった。
記憶喪失前の私には悪いが、今の私は――
空野君のことが好きだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
私が学校に復帰して恐るべき事実が発覚した。
それは私の学力低下である。
記憶喪失前の学力は高い順に、空野君>私>月森さんであったが今は空野君>月森さん>私である。
アホそうな月森さんよりも学力が低いとはショックだ。
今は一学期後半で期末テストを控えているのだけど、このままでは赤点だらけで留年することになってしまう。
記憶が戻れば学力も元に戻るのだろうけど、戻るかどうか分からないものに頼ってはいられない。
私は猛勉強を開始した。
放課後は幼馴染二人が私につきっきりでお勉強だ。
結果、期末テストで数学はさすがに赤点であったが、その他は赤点を免れた。
「終わったああ!」
数学の期末テストの補習が終わり、後は夏休みが始まるのを待つのみだ。
「お疲れさん、コンビニでアイス買って帰ろうぜ」
「ひじりん。今日は新商品のアイスが発売される日だよ」
「いいねー。ゴリゴリ君の新しい味がネットで話題だよ」
学校の生活に慣れて友達が増えた。生徒会の仕事も復帰した。
放課後は空野君と月森さんと寄り道してコンビニでアイスを食べたり、ファミレスでだべったり、コンビニでアイスを食べたりした。
楽しく日々を過ごし、あっという間に夏休みがやって来た。
「暑いからプールに行こうぜ」
「帰りにアイス食べよう」
「明日近所の公園で祭りやるんだってさ」
「屋台でカキ氷食べよう」
「花火大会見に行こうぜ」
「アイス食べながら見よう」
「夏といえば海だろ、海」
「スイカ割りしよう。あとアイス」
夏休み中、空野君と月森さんにいろんな所に連れまわされて遊んで過ごした。
「カブトムシ捕まえに行こうぜ」
空野君の親戚の田舎までカブトムシを捕まえに行ったりもした。
数日お泊りのちょっとしたキャンプ気分だ。
小学生の頃は夏休みになったらよく遊びに行っていたらしい。
山でカブトムシを捕まえたり、川原でバーベキューをしたり、花火をしたり、魚釣りをしたり、川で泳いだり。
もちろんアイスもたくさん食べた。
幼馴染二人との夏休みは楽しく、充実した日々を送った。
そして二学期――
やはり私の記憶が戻る気配はない。しかし、記憶が戻らなくてもいいと私は思い始めていた。
家族や友人との関係は良好。
何よりも私は空野君が好きだ。
でも、記憶が戻ってしまえば今の私の空野君への感情は消えてしまうかもしれない。
そして私は日向先輩のことを再び好きになってしまうのだろう。
だから記憶は戻らなくていい。
空野君と月森さんは私の記憶が戻るように未だにいろいろとしてくれているが、もう諦めるように言おう。
そう思った。
「聖、ブルームパフェ食いに行こうぜ」
ある日の放課後の教室で空野君から記憶喪失前によく行っていた喫茶店「ブルーム」に行こうと誘われた。
好きだったパフェを食べれば何か思い出すかもしれないという考えである。
話によるとものすごいボリュームがあるらしく食べに行くのが楽しみだ。
教室を出ようとしたその時、携帯が振動した。
携帯の画面を開くと日向先輩からのメールであった。
「ごめん、日向先輩から生徒会室に呼び出しが。用件を聞いてくるからそれまで待ってて」
「分かった。それじゃあ教室で待ってるわ」
すぐに終わるような内容なら良いのだけど。
生徒会室に行くと部屋には日向先輩だけで他のメンバーはいなかった。
私は部屋の中央で爽やかな笑みを浮かべながら佇む日向先輩に話しかけた。
「日向先輩、他の人達は? 用事って何ですか?」
「ごめん、ここに他のメンバーは来ないよ。生徒会の用事っていうのは嘘だ」
「嘘?」
「あと少しで俺の生徒会での任期が終わる。その前にどうしても宗方さんに伝えたいことがあってね」
「伝えたいこと?」
これはまさか……
日向先輩は真剣な表情をして口を開いた。
「宗方さん、好きだ。俺と付き合ってほしい」
「ええええっ!?」
日向先輩が私を呼び出した理由。それは私に告白するためだった。
急な告白に私は動揺した。
私は空野君が好きで、でも記憶喪失前の私は日向先輩が好きで……
思考がグルグルと回り、答えが出ない。
記憶喪失前の私の願いは日向先輩と相思相愛になることだったのだから、もしも日向先輩の告白を断った後に記憶が戻れば後悔することになるに違いない。
部屋の中は静まり返り、目の前の日向先輩は熱い視線を私に向けて今か今かと私の返事を待っている。
返事を……返事をしなければならない……
ううう……
誰か助けてくれ……
私が返事を出来ずにいると廊下から足音がして生徒会室に誰かが近づいてくるのが分かった。
足音は生徒会室の扉の前でピタリと止まり、扉の上部についている窓ガラスから知ってる顔が覗いた。
空野君と月森さんだ。
ノックの後、ガラガラとスライド式の扉が開かれる。
「失礼しまーす。日向先輩ちわっす」
「ひじりーん、生徒会の用事ってなんだった? まだ結構かかりそう?」
「教室で待ってようかと思ったんだけど、俺たちも手伝えることなら手伝ったほうが早いと思って様子を見に来た」
「えっと……」
どう説明したらいいのだろうか?
生徒会の用事はなくて日向先輩に告られていたなんて言えない。
それに日向先輩への返事もまだしてない。
「ああ、用事はもう終わったよ。宗方さん、さっきの話の続きはまた今度」
告白に邪魔が入り、日向先輩は肩をすくめ「それじゃ、また」と言って生徒会室を出て行った。
足音が聞こえなくなり、戻って来ないのを確認してから私は安堵のため息をついた。
「ひじりん……なんか邪魔したかな?」
「ううん、むしろ助かった」
「よく分かんねーけど、用事が終わったなら早くブルームに行こうぜ」
私は空野君が好きだ。でもブルームに行ったことで記憶が戻れば今の私の気持ちは消えてしまう。
「……行かない」
「は? 何言ってんだよ? さっきまで行くの楽しみにしてたじゃねーか」
私の悩みなんて知らないで空野君は私の記憶を戻そうとしている。
それはきっと空野君が好きなのは今の私ではなくて記憶喪失前の私だからだ。
「ブルームのパフェを食べれば記憶が戻るかもしれないんでしょ? 私は記憶なんて戻らなくていいっ!」
「聖、何怒ってんだよ。記憶が戻らなくていいってどういうことだ?」
「ひじりん、ちょっと落ち着きなよ」
ああ、これは八つ当たりだ。
記憶喪失前の自分への嫉妬と怒り。
「二人ともそんなに私の記憶が戻って欲しいんだ? そんなに記憶喪失前の私が好き? 今の私じゃ駄目なの? もう私に構わないで! 二人とも大嫌いっ!」
「聖……」
「ひじりん……」
ああ……言ってしまった。
二人は怒るでもなくただ悲しそうな顔をしている。
怒りに任せて心にもないことを言って二人を傷つけてしまった。
私のためを思って記憶を戻そうとしてくれていたのに……
私は最低だ……
「私は……私は……」
言ってしまった言葉は過去に戻ることはない。
時は無情に未来へと流れて行く。
覆水盆に返らず。
それでも今言った言葉をなかったことにしたくて。
私が取った行動は。
「聖っ! 待て!」
「ひじりんっ!」
呼び止める声を背に感じながら私は全力で走って逃げた。
どこをどう走って逃げたのかよく覚えていないけれど気づくと私は校舎裏に来ていた。
私がラブレターの呼び出し場所に指定した場所でもある。
記憶喪失前に私がラブレターで呼び出しなんて時代錯誤の手段を使った理由を調べて分かったのだけど、この校舎裏の桜の木にはいわゆる伝説というか迷信のようなものがあった。
手紙で想い人をこの桜の木の下に呼び出して告白すれば永遠に結ばれるというものだ。
どうやら私もこの迷信を信じていたらしい。
どうして記憶喪失前と後で好きな人が違うのだろう。
私は校舎の壁を背にしてうずくまって泣いた。
どのくらいそうしていただろう。
泣き終わり、気持ちが落ち着いたところで帰ろうと思った。
しかし荷物を全て生徒会室に置いてきてしまったことに気づいた。
二人はもう帰っただろうか?
生徒会室に戻って二人がまだいたら気まずいことになる。
「見つけた」
声の主は私が今一番会いたくない相手――空野君だった。
私を探していたらしい。
私は逃げようとしたが、腕を空野君にガシっと掴まれて阻止されてしまった。
「逃げんなよ。また探すのが面倒だろ」
「……離して」
「逃げないならな」
「逃げない」
空野君が私の腕を離すと掴まれていた部分が少しだけ赤くなっていた。
「よくここだって分かったね」
「下駄箱を見たら靴はまだあったからな。校内のどこかにいることは分かってた。ちなみに月森は下駄箱を見張ってくれてる」
「なるほど」
見事な推理と連携プレイだ。
私は昔からかくれんぼが下手だったとは聞いていたけど二人には敵わないな。
「聖、その悪かったな。俺達は良かれと思って記憶を思い出さそうとしてたんだが、逆に追い詰めてたなんて気づかなかった」
「ううん、私こそごめん。さっき言ったことは全部嘘。二人には感謝してる。それに子供の頃の話をしてる時の二人は本当に楽しそうで、私も話を聞くのが好き」
「じゃあ、なんで怒ったんだ?」
「……えとね、さっき日向先輩に告白されたんだ」
「そ、そうか。それで……返事はしたのか?」
「ううん。まだしてない。でも記憶喪失前の私は日向先輩が好きだったみたい。だけど、今の私は……」
今の私は――
「私は空野君のことが好き」
言ってしまった。
言った後から恥ずかしくなって顔から火が出そうなくらい熱い。
私の告白に空野君は驚いていた。無理もない。一度振った相手に告白されたら驚くと思う。
でもすぐに落ち着いた表情に戻って返事を返した。
「ありがとな。嬉しいよ。俺も聖のことが好きだ。記憶喪失前とか後とか関係ない。聖は聖だ。たけのこ王国が好きで、アイスが好きで、ボーとしているようで色々考えていて友達思いの聖が好きだ」
「ありがとう」
「俺は半年前に振られた。でも、だからといって聖に記憶喪失のままでいて欲しいとは思わない」
「でも記憶が戻ったら私は……」
「うん。分かってる」
私の言葉の続きを空野君が遮った。
「記憶が戻って俺のことを好きじゃなくなったとしても、楽しかった思い出を覚えていて欲しいって思うんだ。俺って……変かな?」
「変……ていうか空野君は馬鹿だよ」
私達の中で子どもの頃の思い出は宝物なのだ。
だから、それがたとえ自分が振られるという結果になったとしても覚えていて欲しいのだろう。
「それにまだ勝負は終わってないぜ。記憶喪失前より俺はイケメンになってるはずだしな」
「うん。私も記憶喪失前の私が日向先輩を好きだった気持ちよりも、私は空野君を好きになってみせる」
私は記憶喪失前の私に負けない決意をした。
一人ならくじけそうだけど二人でなら乗り越えられる。
そう思った。
「それじゃ、そろそろブルームに行こうぜ。下駄箱で腹空かして待ってる奴がいるはずだ」
「ミャコちゃんにも謝らないと」
私達が下駄箱に向かって歩き出したその時だ。
ドカッ
頭に衝撃を受けて私の意識は闇に沈んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
私は保健室のベッドの上で目を覚ました。
「聖、大丈夫か?」
「ひじりーん、私のこと分かる?」
彼方にミャコちゃん。うん、覚えている。
記憶喪失にはなっていない。
それどころか私は全て思い出していた。
そうか、そういうことだったのか。
「彼方、ミャコちゃん、私、記憶が戻ったみたい」
「まじか」
「ひじりん、よかったねー」
今までオフになっていた電源がオンになったかのように全てがクリアだ。
保健室には私、彼方、ミャコちゃん、保険医の先生、そしてなぜか部屋の隅で泣いている下級生が一人。
何故に泣いているのか聞いてみると、どうやらこの下級生が四階からゴミ袋を落とし、それが私の脳天に直撃したらしい。
放課後の教室掃除当番は通常、班での掃除だというのに一人だけで真面目に掃除をしていたそうだ。
ゴミ袋が重く、一階まで運ぶのが億劫だったのと、自分だけに掃除を押し付けて帰ってしまった他の班員への怒りからゴミ袋を四階から地面に向けて落としたそうだ。
運の悪いことにちょうど真下に私がいたわけだ。
うーむ。ゴミを窓から捨てるのは良くないが情状酌量の余地があるな。
私は泣いてる下級生に怪我をしていないし、それどころかおかげで記憶が戻ったと泣き止ませた。
今度、生徒会で放課後の掃除をサボった生徒へのペナルティーについて話をしようと思う。
「彼方、ミャコちゃん、私の記憶喪失回復祝いにブルームに行こう!」
「その前に病院だろ!」
「えー!?」
私は過保護な幼馴染に引きずられるように病院に連れて行かれ、パフェを食べることが出来なかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
記憶が戻ってから数日後――
私は記憶喪失前にラブレターを渡そうとしていた相手を校舎裏の桜の木の下に呼び出した。
「それで、これは一体どういうことなんだ?」
私が呼び出した相手は空野彼方、その人であった。
日向先輩のことが好きだというのは私の勘違いであった。
私は元々彼方のことが好きだった。しかし私は幼馴染三人の関係を壊したくなくて、半年前に彼方を振ってしまった。
いつか別れることになったとしたら私達は幼馴染なので顔を合わさない訳にはいかない。
それならばいっそ今のままがいいと思ってしまったのだ。
付き合う前から別れることを考えるなんて本当に自分でも馬鹿だと思う。
それからしばらくして私は校舎裏の桜の木の下で告白すれば永遠に結ばれるという伝説を知った。
永遠――それならば私達の関係が壊れることがない。
そう思ってラブレターを渡そうと考えたのだけどその前に記憶喪失になってしまったのである。
「なんていうか、私、最初から彼方をラブレターで呼び出すつもりだったみたい」
「日向先輩のことが好きだったんじゃないのか?」
「いや、私、記憶喪失前から別に日向先輩のこと好きじゃなかったみたい」
「なんだよ。それ」
いったい今までの私の苦悩は何だったのか。
私は苦笑いしてごまかした。
「まぁ、いいじゃん。それより、この伝説は順番が重要なんだから私の言うとおりにやって」
「はいはい」
ミャコちゃんは学校に行けば好きな人が分かると言っていた。
時間がかかってしまったけれど、たしかに私が好きだと確信した相手は間違っていなかった。
私は校舎裏の桜の木の下で彼方に告白した。




