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白黒の英雄 ~ちょっと記憶力の良い俺が、魔法を無効化しながら異世界を救う話~  作者: アキラ・ナルセ
第三章 風の国編

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第92話 赤いヒロインと青いヒロインが交わる日 ~中編~

 

 ミーナは駅前に出ると、目の前に広がる彼女にとっての“異世界”のような光景に目を丸くしていた。


 そのとき――


「わっ……!」


 ゴンッと、ミーナの肩に衝撃が走った。


「いたっ……!」


 ふらついた拍子に、ミーナは背中から地面に尻もちをついた。前方には、黒いローブを全身に被った男が、すれ違いざまに歩き去っていく。


「悪いな、嬢ちゃん」


 低い声が耳に残った。


(な、なにあれ……?)

 ぼんやりと立ち上がったミーナに、近くの女性が駆け寄ってくる。


「あなた、大丈夫? ここは駅前だから、観光客狙いのスリが多いのよ。気をつけなさい」

「スリ……?」

「あなたの持ち物、何かなくなってない?」


 ミーナは首を傾げながら荷物に手を伸ばした瞬間――


「……え?」


 手に持っていたはずの荷物がなかった。


「あわわ、なくなってます!!」


 声を張り上げると、周囲がざわめく。


「ほら、きっとさっきの黒ローブの男よ! さっきぶつかった人が犯人よ! まだ近くにいるかもしれないわ!」

「ええっ!? お、追いかけなきゃ!!」


 ミーナは慌てて走り出した。



 * * *



「……情報となると、まずはギルドね」


 ゼクスラントの街路を歩きながら、赤い髪のリシアは静かに呟いた。人混みに紛れ、地図も見ず、かつての記憶を頼りに歩く。


――まずは情報。どんな些細な手がかりでもいい。黒瀬凪やユーリス・エルグレイドの痕跡を見つけるには、人の出入りが激しく、信頼できるかつての顔見知りがいるギルドが最適なのだ。


 だがその途中、不意に人混みの向こうから小さな騒ぎが聞こえた。


「……?」


 リシアはブーツの歩みを止め、ローブのフード下から視線を上げる。

 雑踏をかき分けてくるのは、青い髪の少女。その目は必死で、走りながら何度も人に謝っていた。


「すみません、すみませんっ! 通してくださーい!」


 その先を行くのは、黒いローブの男。


(スリかしら……? この国は相変わらずね)


 リシアの瞳が鋭くなる。


 周囲は誰もその事件に目を留めない。騒ぎがあっても、誰も関与しないのがこの街の暗黙の空気。


(あの子を思うと可哀想だけど……)


 リシアも同様に踵を返しギルドへ向かおうとした――が、


 ――『助けに行くぞ! リシア!』


 脳裏に、不意に響いたあの声。あの、青臭くてまっすぐで、時々どうしようもなく無鉄砲な青年の声。


「……アイツなら、そう言うでしょうね」


 肩をすくめながらも、リシアの足は止まった。


 ローブの男と少女の距離は、どんどん離されていく。スリを働く方もプロで命がけなのだ。この街の形を知り尽くしているに違いない。


(なら……その先を読むしかない)


 目を細め、男の逃げ道を予測する。


「この辺りの構造なら……抜け道は、あの路地裏かしらね」


 彼女は即座に判断し、静かに雑踏から姿を消した。



 * * *



「はぁっ……はぁっ……!」


 ゼクスラントの石畳の上を、靴音が空しく響く。必死に走るミーナの呼吸は乱れ、額には汗が滲んでいた。


「もう、だ、だめ……あんなに早いなんて……!」


 ローブの男はすでに角を曲がり、姿を視界から消していた。


(魔法を使えばすぐにでも……でも、こんなところで魔法なんて使ったら……!)


 ミーナの脳裏に、歩行者たちの姿がよぎる。商人、親子連れ、旅人――不用意に魔法を使えば、誰かを巻き込むかもしれない。


「うぅ……どうすれば……!」


 足が止まる。心も身体も、限界だった。


 膝に手をついてうずくまるその背を、ただ喧騒が通り過ぎていく――。



 * * *



「へへっ……撒いたな。ここまで来りゃ、もう追ってこねぇだろ」


 薄暗い裏路地の隅で、黒ずくめの男は懐から盗んだ品を取り出す。指先で革財布をつまみ上げ、金貨と銀貨の重みを確かめながらにやりと笑った。


「あの小娘。思った通りなかなかの金持ちみたいだな……こりゃ儲かったぜ、じゃ――」


 彼が勝ち誇った瞬間だった――


「――あらそう。じゃあそれ、私に譲ってもらえる?」


 女の声。それも、ぞわりと鳥肌の立つような、冷たく鋭い音色だった。


「……誰だっ!?」


 男は周囲を見渡した。だが、薄明かりの路地には自分しかいない。


 そのとき――


 カラン、と何かが屋根を蹴ったような音がした。男が上を見上げた刹那、視界を焼くような西日を背景に、ひらりと赤い髪がなびく。


 煉瓦造りの古い教会の屋根の上。そこに立つ影――夕日の逆光に染まったシルエットは、まるで裁きを下す神の使い。


「……なんだ貴様! ここは裏路地。人目もない。殺しだって、躊躇しねぇぜ?」


「ふぅん――それで脅したつもりかしら?」


 声にはまったく動揺がなかった。


「……誰にモノを言ってるのかしら?」


 赤い髪の女戦士は、フードをめくり、ゆっくりとその長い髪を束ね始めた。余裕のある仕草。


「これでよし」


 髪を縛り終えた彼女は、煉瓦の屋根の縁から軽やかに身を投げる。


 ふわり、と赤いポニーテールが風にたなびき、静かな足音と共に裏路地の石畳に降り立った。


 黒ずくめの男は唾を飲む。


「馬鹿なやつめ……例え女だろうと、容赦はしねぇ!」


 腰の後ろから短剣を抜き放ち、一直線に突っ込んでくる。


「死ねぇッ!!」


 ――しかし、その短剣が獲物を捕らえることは無かった。


 目の前にいたはずの赤い女は、瞬きの間に霧のように姿を消した。


「……なに!?」


 次の瞬間。


 ゴンッ――!


 鈍い音が、彼の脳に響いた。


 後頭部から頸椎へ、強烈な衝撃が突き抜けた。剣を抜くことすらせず、刀の柄尻で一点を穿つ。まさに一撃。


「う、ぐぉ……っ!?」


 男の身体は崩れ、地面へ叩きつけられた。


「……しばらくは、痛みで声も出ないんじゃないかしら?」


 男の呻き声が、静まり返った裏路地に虚しく響いた。


「うぐ……」


 リシアは倒れ伏す男を見下ろし、ため息混じりに言葉を落とした。


「安心なさい。致命傷じゃないわ。しばらくすれば動けるようになる」


 そう告げたとき――


「大丈夫ですか!?」


 背後から駆け寄る声。慌てた様子で小さな足音が石畳を鳴らした。


 思わず振り返るリシアの視線の先、青髪の少女が息を切らしながら駆けてきた。ミーナ・サフィールだった。


「待っていてください。今、治癒術を――」


 彼女が杖を構えると、淡く輝く青い魔法陣が男の下に浮かび上がった。柔らかな光が彼の身体を包みこむ。


「あなた、この男に荷物をスられたんでしょう? なぜそんな情けをかけるの?」


 ミーナは魔法に集中しながらも、ふとその手を止めた。


「……そうでした! でも……」


 男の苦しそうな顔を見て、ミーナの表情が曇る。


「苦しそうなのを、放っておくのは……嫌なんです」


 リシアはその言葉に、なぜか言葉を返せなかった。


 やがて腕章をつけた男たちがやってきた。


「このあたりで、スリの目撃通報があったのだが――」


 通りの入り口から声が響いた。ゼクスラント警備隊の数人が、訓練された足取りで現れる。


 リシアは振り返った。


「ちょうどよかったわ。それなら――この男が」


 だが、その瞬間――


「ちぃっ!!」

 地面に伏せていた男が、突如として身を起こし、一気に路地裏を駆け抜けていく。


「待て、キサマ!!」

 警備隊は即座に反応し、男の後を追って走り去った。


 残されたのは、やや拍子抜けしたような空気と、赤と青の二人の少女。


「……まぁ、あとは任せましょう」

 リシアが軽く息を吐く。


 そこに、心からの安堵の声が重なった。


「よかったです……」

 ミーナの顔がほっと綻ぶ。


「はい、これ。盗まれていたものよ」

 リシアが手渡したのは、さきほど奪われた財布とカバンだった。


「わぁ! ありがとうございますっ!! これがなかったら、本当に路頭に迷ってました……!」

 ミーナは礼を言いながら顔を上げ、改めて恩人の顔を見つめた。


 ――その瞬間、時が止まったかのようだった。


 夕日のオレンジが建物を染める中、目の前の人物は鮮やかな赤髪を光に透かし、ポニーテールがゆるやかに揺れている。紅い瞳はどこか強く、そしてどこまでも優しく。腰に下げられた長尺の刀が、その姿に確かな“凛とした気配”を与えていた。


 ミーナは、確信を抱くように呟いた。


「……あれ、この人……」


 リシアが首を傾げる。


「?」


 ミーナは、記憶の中の“彼”が語ったとある人の姿と、目の前の少女の姿を重ねていた。


 黒瀬凪が、憧れと敬意を滲ませながら口にしていた名前。


 ――リシア・F・アルステッド。

☆今回の一言メモ☆

リシアの強さとミーナの優しさが光る回。とはいえ、リシア特別に冷酷というわけではなく、自分に殺意を向けてくる相手にわざわざ情けをかけてあげています。

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