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白黒の英雄 ~ちょっと記憶力の良い俺が、魔法を無効化しながら異世界を救う話~  作者: アキラ・ナルセ
第三章 風の国編

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第93話 赤いヒロインと青いヒロインが交わる日 ~後編~


 ミーナはスプーンをそっと皿に置くと、背筋を伸ばし、あらためて向き直った。


「気を取り直して――私はミーナ・サフィールと申します。セルナから来ました」


「セルナ……。そしてサフィール……。もしかしてあなた――」


 リシアはその単語を聞いてその国の統治者のことを思い出していた。


「まぁ、私のことは後回しでいいんですが――実は、ナギさんとは数日前までセルナで一緒にいました」


「――なんですって!?」


 リシアの右手のスプーンが、音を立てて床に落ちた。


 黒瀬凪への手がかりにこれほど早く繋がるとは思ってもいなかった。


「いったい、どういう――」


「ちょっと端折りすぎましたね。ちゃんと順を追ってお話しします」

 ミーナは苦笑すると、手元のナプキンを整えた。


「そう……ね。私も……一旦落ち着くわ」


 リシアは深く息を吸い、少しだけ前屈みになって、ミーナの話に耳を傾けた。

 

ミーナは息を吸い込みゆっくりと語り始めた。

「……ナギさんは、突然私の外出先に現れました。転移という力で」


「あの後、レイって子と凪はあなたのいる国へ飛んでいたのね」


「はい。私は二人を放っておけませんでした。だから……私の家に住んでもらっていました」


(住んで……?)


 胸の奥がかすかに軋む。だが、感情を抑えるように口を結び、次の言葉を待った。


「私がリシアさんのことを知っていたのは、ナギさんがセルナに来るまでの経緯を語ってくれたからなんです。そして、ナギさんが一番深く語っていたのが……リシアさんのことでした。だから、こうしてお会いしても、なんだか初めて会った気がしないんですよ」


 リシアは言葉を失っていた。

 何を話していたのか。どんな顔で。どんな声で――。


 リシアはゆっくりとグラスの水に手を伸ばしながら言葉を投げかけた。


「一緒に住んでたってところはちょっと引っかかるけど、それは後でいいわ。私は凪ももちろんだけど、ユーリスという人も探してイグナスを出たの。……なにか聞いたかしら?」


「いえ。ナギさんもユーリスさんのことは気にしていました。私が出会ったのはナギさんと記憶を失ったレイさんだけでした。」


「記憶を!?」


 ミーナは静かに目を伏せて、そして言葉を置いた。


「はい。ナギさんによると無理に転移という規格外の力を使ったのに加えて、転移直後の落下の衝撃で記憶を失くしたんだという見解でした」


「……そう」


 ――その後も二人の間で黒瀬凪を中心とした直近の情報を交換し合った。


「それで……彼は、凪はあなたのところで、どう過ごしていたのかしら?」


 リシアの問いは穏やかだった。


「えっとそうですね。……一緒にお風呂に入ったり、一緒に洞窟で一晩明かしたり、一緒に秘密の場所に行ったりしました!」


 ミーナは笑顔で、記憶を辿るように答えた。


 ――全て事実だ。悪気など、まったくない。


 しかし。


 ピキ。


 リシアのこめかみあたりで、小さく何かが“はじけた”ような音がした。


 ……気のせいだろうか。


 ミーナは無邪気な笑顔で空を見上げる。


「楽しかったなぁ」


 リシアの横顔に黒い影が差した――。


「どんなにしおらしく過ごしていたかと思えば……」


 リシアの声が一段と鋭くなる。


「――あぁ、そうですか! まあ、こんなに可愛い女の子と一緒に住んでたら、楽しいでしょうけどね!!」


 リシアのティーカップの取っ手に亀裂が入った。


 ミーナはきょとんと目を瞬かせる。


「え……? あれ? わたし、何か変なこと言いました?」




 * * *



 一方その頃――



「……どうした?」


 ゼロの居場所に向かっている道中。ハクが立ち止まった俺に声をかけた。


「いや。でも、今……とてつもない寒気が……」


 もちろん、彼に伝わるはずもない。


 だが、確かに――強烈な何かを感じたのだ。




 * * *



 風が心地よく流れる、ゼクスラントのとある広場。石畳の先に噴水が湧き、子どもたちの笑い声が遠くで響いていた。

 その片隅の木陰にあるベンチに、リシアとミーナは並んで腰かけていた。


 ミーナは、少し恥ずかしそうに手を組みながらも、凪との思い出を丁寧に語っていた。洞窟での夜、水辺でおにぎりを食べたこと、彼が去った朝のこと——。


「……すみません。ちょっと端折りすぎちゃって。……そして今に至ります。誤解は、解けましたか?」


 リシアはわずかに息をついてから、視線を前へ戻した。


「……もちろん、最初から分かってたわよ! 別に、取り乱したわけじゃないしね」


 そう言いつつも、彼女の顔は赤かった。


「……それと本当にありがとう。凪が無事にヴェントへ旅立てたのは、間違いなくあなたのおかげよ。いずれ……あなたのご家族にも、感謝を伝えたい」


「はいっ!」


 ミーナはぱっと笑顔を咲かせた。


「楽しみにしてます!」


 リシアは、並んで座るミーナの横顔をちらと見ながら切り出した。


「大枠は理解できたわ。でも……最後に一つだけ、聞かせて」


「はいっ」


 ミーナは真っ直ぐに姿勢を正した。


「どうして……あなたに別れを告げて出て行った彼を追いかけてまで、危険な旅を一人でしようと思ったの?」


 ふいに風が吹き、ミーナの青い髪が揺れた。


「そんなの、簡単です」


 ミーナは胸を張るようにして答えた。


「好きな人の力になるためです!」


 その言葉は真っ直ぐだった。


「……え?」


「です!」


 ミーナは笑顔で、誇らしげにそう繰り返した。


 リシアは反応に困り、目をぱちぱちと瞬かせる。


(な、なんなのこの子……! まぶしすぎる……!!)


 リシアは、目の前の少女を見つめた。


 複雑な感情が胸の奥で渦を巻く。

 けれど——この子のまっすぐな覚悟から目をそらすべきではない。

 自分よりも小さな身体で、こんなにも大きな決意を抱いているのだから。


「……リシアさんはどうなんですか?」


 ミーナが、少しだけ首を傾げて問いかける。


「なんでここまで来たんですか?」


 その問いに、リシアはわずかに目を伏せる。


 迷いのような、照れのような。けれど、やがて口元に笑みを浮かべて答えた。


「そうね……あなたと同じ、かしら」


 ミーナの顔がぱぁっと明るくなる。


「やっぱり!」


「もちろん変な意味じゃないわよ! 私は、あくまで“仲間”としてだから!」


 慌てて付け足したリシアの声に、ミーナはくすっと笑った。


 風が吹く。


 同じ想いを持ったふたりの、少し不思議な絆が、そこに生まれはじめていた。

☆今回の一言メモ☆

二人のヒロインの出会いの物語でした。次回からは再び主人公視点でのお話に戻ります。

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